8話 レオ兄様がやって来た!
今日は休日だ。アメリアを呼んで、庭でお茶会を開いている。
「この前は大変でしたよね。アルフィーさんでしたっけ? 変わった方でしたよね」
「そうね。でも、他人事じゃないのよ。攻略キャラなんだから」
「攻略キャラ?」
アメリアは全くわからないという顔で私を見た。
「この世界は、乙女ゲームなの。攻略できる男性キャラクターが何人かいるの」
「ん?」
「攻略キャラっていうのは、恋愛できる人……好きになってくれる人のことよ」
「なるほど」
「あなたが攻略するの」
「え、ええええ!」
アメリアは驚き、目を丸くした。
「わ、私、恋愛なんて、生まれてから一度もしたことないですううう」
「乙女ゲームなんだから、誰かと恋愛しないと」
「無理ですよう」
アメリアは涙目になった。私は、ため息をつき、紅茶を口に含んだ。
今日はサンドイッチやキッシュ、甘い香りのする紅茶のあるお茶会だ。オリバー様がいないので、お菓子はない。公爵令嬢でも易々とお菓子は買えないのだ。
「私はアビゲイル様とこうやってお茶を飲めるだけでいいです」
「そういう訳にも行かないでしょ」
「ゲームの通りに動かないといけないのでしょうか」
「うーん。それが、私にもわからないのよ」
アルフィーはゲーム通りに登場しなかったし、まずアビゲイルに興味を持つことはない。アメリアというヒロインだけを狙うはずだ。
オリバー様もなんだか様子がおかしいし。アメリアに惚れてからは、アビゲイルには冷たくしていた気がするが、いまいちそういう感じがしない。
第一、アビゲイルがアーサーのモブ騎士であるノアさんに惚れられているのが、すでにおかしい。そんな描写はゲームにはなかった。
「ゲームの通りにするなら、アビゲイル様は私をいじめないといけないのですよね」
「それは、しない」
断罪イベント回避のために。あと、同じ転生者同士でいがみ合っても仕方ないし、仲良くしたいもの。
「それなら、ゲーム通りに恋愛しなくても良いですよね」
「うーん」
それはそれで良いかもしれないが、オリバー様が振られてしまう。アメリアの気持ちを考えると、無理にくっつける必要はないが、最初から恋愛しませんと宣言されると困る。少しくらい希望は欲しいものだ。
「恋愛のことは、すぐに考えなくても良いけど、攻略キャラとは交流していこう」
「えー! なんでですかー!」
「私、このゲームが好きなんだもの。最近、目まぐるしくて忘れていたけど、攻略キャラと直接話せたり、実際の学園や世界を堪能できるなんて、なかなかない機会よ。楽しまないと」
「そうですかあ」
アメリアは、アビゲイル様が楽しいのであればいいとは、言ったが、嫌そうではあった。
「アビゲイル様」
「カンナ。どうかしたの?」
「レオ様がいらっしゃいました」
「え? レオ様が?」
レオ様とは、レオ・オスカー・テイラー。オリバー様のお兄様だ。そして、もちろん攻略キャラ。隠し攻略キャラだ。アルフィー以外の攻略キャラをクリアしたデータがあれば、攻略できるようになる。
ただし、私は実際のレオ様は少し苦手なのだ。ゲームの中のレオ様は好きなんだけどなあ。
「アメリア。私、ちょっと行ってくるね」
「わかりました」
私は、足早に、レオ様がいる客室へと向かった。
客室に行くと、首のあたりで束ねた金髪が綺麗なレオ様がいた。持っていたティーカップをテーブルに置いた。
「レオ様。お久しぶりでございます」
私はゆっくりとお辞儀をした。
「かしこまらなくていい」
「はい……」
私は、下げていた頭を上げた。漆黒の瞳が私をじっと見据えていた。目力がすごい。この瞳に見られるのが弱いというか、怖い。オリバー様の婚約者の身をいつも品定めされてる気分になる。
「怪盗が出たそうだな」
「オリバー様から聞きましたか?」
「いや……お前が狙われているらしいな」
「はい。私と友人のアメリアさんが」
「アメリア?」
「はい。今も一緒にお茶会をしています」
「そうか。それは邪魔したな」
「いえ、大丈夫です」
レオ様は顎に手を当てて、考えるような仕草をした。
「身辺警護をつけるべきか考えている」
「そこまでしていただかなくても」
「お前はオリバーの……王位継承者の婚約者なんだ。未来の女王であることを忘れるな」
「はい……」
私は女王になることはないのだけど。
でも、待てよ。私が断罪されず、オリバー様とアメリアの仲が進まなかったら……婚約は破棄されない?
モヤモヤする。なんでだろう。ずっと、オリバー様と婚約すると思っていた。転生前の記憶を取り戻すまでは。でも、今は違う。オリバー様は可愛らしくて、弟みたいというのが拭えない。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
「騎士を何人か付けよう」
「わかりました」
騎士か。ノアさんなら良いなと思ったが、彼はアーサーの騎士……。私は、何を考えているのだろう。別に私はノアさんと一緒にいたいとは考えてない。ただ、アルフィーの魔法を破ったから気になっているだけだ。
「アメリアとやらにも騎士を付けるべきか?」
「私の護衛をする騎士に、学園の中にいる間は警護していただけると良いのではないですか」
「そうだな。アメリアに会わせてくれ」
「かしこまりました」
私とレオ様は、アメリアの所へ向かうことにした。
「アビゲイル」
「はい」
「その、なんだ」
レオ様は、少し顔を赤らめて、口元に手を持っていき、ごほんと咳払いをした。
「たまには、レオ兄様と前のように呼んでもいいんだぞ」
「え?」
「いや、なんでもない」
レオ様ってこういうキャラでしたっけ?
いつも厳格で、真面目で……。そして、王位継承権を弟のオリバー様に奪われていることを気にしているっていう設定だったような。
「レオ兄様。参りましょう」
「あ、ああ!」
レオ様の声色が明るくなり、少し喜んでいるように見えた。
アメリアの所に行くと、アメリアはカンナと話をしていた。
「アビゲイル様! あら、そちらの方は!」
アメリアは、さっと立ち上がり、お辞儀をした。
「は、初めまして! レオ王子。私はアメリア・ミラーと申します」
「君がアメリア?」
「はい……」
アメリアは早口でまくし立てたのが恥ずかしかったのか、頬を両手で包んで顔を隠した。
レオ様の顔がカーッと赤くなった。
そういえば、レオ様もアメリアに惚れるんだったな。どのルートでも。
それで、オリバー様と喧嘩になる話もあったなと思い出していた。
でも、惚れるのはまだ先だった気がする。やっぱり、ゲームのシナリオから、変わり始めてる?
「あ、ああ。君の警護を騎士にしてもらうことになった」
「え? なぜですか?」
「怪盗アルフィーに狙われているだろう」
「は、はい」
アメリアは納得したように頷いた。
「では、騎士を手配してくる。アビゲイル、あまり無理はするなよ」
「はい。レオ兄様」
レオ兄様は、また来ると言って、去っていった。
「はあ。緊張しましたあ」
「レオ兄様は厳しい方だからね」
「やっぱり、そうですよね。そんな感じを受けました」
アメリアはそれより、と言い、にっこりと笑った。
「アビゲイル様! カンナさんから聞いたんですけど、この世界……あー、この国はお菓子があるんですね。知らなかったです」
「希少だから、あまりないけれどね」
「そうなんですか。残念です」
「今度、オリバー様からいただいてくる。アメリアが食べてみたいと言えば、くださると思う」
「本当ですか!」
アメリアは顔をキラキラと輝かせて、喜んだ。
「甘いもの食べたかったのですよ」
「私も甘いものは好き」
アメリアは、一緒ですねと嬉しそうに言った。
今度のお茶会には、オリバー様も呼ぼうかしら。三人で食べれば、もっと楽しいかもしれない。ついでに、アメリアとオリバー様の仲が進展すればいいのになと思った。
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