6話 エドワード・モーガン登場

 私を呼ぶ声がする。

 教室で、昼食を食べに行く準備をしていたら、ノアさんがやってきたのだ。

 オリバー様はちょうど先生に呼ばれて職員室へ行っているところだ。

 女生徒たちの黄色い声が聞こえる。ノアさんが訪れるといつもこうだ。とても人気があるのだろう。

「アビゲイル様。こんにちは」

「ええ。こんにちは」

「今日はとても良い天気ですね」

「ええ。そうですね」

 世間話をしてきた。オリバー様からは、ノアさんと話すなとまでは言われていない、はず。はずだ。

 世間話をされると、断りずらい。

 オリバー様がここにいなくて良かった。この二人は仲が悪そうだからなあ。

「今日はアビゲイル様に見ていただきたいものがありまして」

「何でしょうか?」

 ノアさんは制服のポケットから、小さな箱を出した。

 赤い布地の小さな箱。

「これを」

 ノアさんが箱を開け、中を見せてくれた。

 中には、ピンクの宝石があしらわれた綺麗な指輪が入っていた。

「特注のものです。もちろん、アビゲイル様の指のサイズに合わせてきましたよ」

 指のサイズに合わせてきた? なぜ、私の指のサイズを知っているのか。

 というより、指輪は受け取れない。私は断ることにした。

「すみませんが、オリバー様以外の方から贈り物をいただいていないのです」

 これは、本当だ。

 オリバー様が嫌がるので、もらっていない。今までも何度か男性が私にプレゼントをしたいと言ってくれたのだが、オリバー様がその度にむくれるので断っているのだ。

「あなたのために作らせたのですが」

 それは申し訳ない事をした。だが、受け取ることはできない。

 というより、一介の騎士がなぜ特注の指輪を作らせることができたのだろう。この人、謎が多いわ。

「すみません。オリバー様に怒られてしまいますので」

「そうですか。今回は諦めます。いつか受け取っていただきますね」

 ノアさんはにっこりと笑い、箱を閉じ、ポケットにしまった。

「アビゲイル!」

 呼ばれた方を見ると、教室のドアの前にオリバー様が立っていた。

「オリバー様。あの、これは」

「お前、またアビゲイルを困らせていたのか」

「そんなことありませんよ。アビゲイル様と楽しく談笑していました」

 オリバー様は怒りを露わにし、ノアさんはニコニコと笑っていた。

 ノアさんの方が余裕がありそうだ。

「……アビーに関わるな」

「アビー? ああ、愛称ですか。突然のマウントですね。私もいつか呼びたいものですね」

「何を言っている!」

「ふふふ。俺は、欲しいものは必ず手に入れるタチなんだよ」

 ノアさんはいつもの優しそうな声色ではなく、ずっと低い声で、私とオリバー様にしか聞こえない程度でそう言った。

「お邪魔したら、申し訳ないので」

 ノアさんが言い終わる前に、教室のドアが勢いよく開いた。

 そこには、赤く短い髪に紅色の瞳を携えたエドワード・モーガンが立っていた。攻略キャラの一人で、アーサーの騎士でノアさんの上司。

 顔を真っ赤にしたエドワードはドカドカと大きな音を立てて、こちらへやってきた。

「ノア! お前、またサボっているな!」

 唾が飛ぶくらいの大きな声を出した。

「何のことですか?」

 ノアさんは何のことかわからないという風で、ニコニコと笑ったままだ。

「今日の昼はお前がアーサー様を護衛する時間だろ」

「ああ。そうでしたっけ」

「そうでしたっけ……じゃない! 真面目に護衛をしろ! 騎士を真っ当しろ!」

「すみません。愛しいアビゲイル様に会いたくて、つい」

「アビゲイル?」

 エドワードは私の方を怪訝そうな目で見た。ジロジロと品定めをしているみたいで、良い気分ではない。

 私は立ち上がり、会釈をした。

「アビゲイル・ウォーカーです」

「ああ。丁寧にどうも。エドワード・モーガンだ。二年生で、アーサー・スミス様の護衛隊長をしている」

「美しい方ですよね。ああ、エドワードさんにはアビゲイル様の美しさはわかりませんか」

「どういう意味だ! こんなちんちくりんに熱をあげるな」

 ち、ちんちくりん! 酷い!

 アビゲイルの容姿は、可愛いんだ! そんな事を言うなんて、酷い!

「誰がちんちくりんだと」

「アビゲイル様のどこがちんちくりんですって」

 オリバー様とノアさんが同時にしゃべった。

「アビゲイルはちんちくりんじゃない。可憐で美しい」

「そうです。そうです。気高く、愛の妖精のような方」

「わかってるじゃないか、お前」

「オリバー王子も、さすがです」

 二人はなぜか意気投合していた。

 あと、そんなに褒めないで。私は少し恥ずかしくて、俯いた。たぶん、顔が赤い。

「す、すまん。ノアの趣味に文句を言ってしまったな」

「わかれば良いんですよ」

「って、お前の女の趣味の話じゃないんだよ!」

「そんなことより、エドワードさんも私もここにいるということは、アーサー様はお一人ということですよね」

「あ……」

 エドワードの顔がどんどん青ざめていく。

「まずい! 戻るぞ! ノア」

「はいはい。わかりましたよ」

 エドワードは駆け出した。

「では、アビゲイル様、また会いにきますね」

「二度と来るな」

「オリバー王子も、また」

「二度と来るなと言っている!」

 ノアさんは聞こえていないとでも言うように、優しく手を振り、教室から出ていった。

「エドワードさんって、嵐のような方ですね」

「エドワードさん?」

「あ! あー、先輩なので」

 オリバー様は私が男性をさん付けで呼ぶのが嫌らしい。

「まあ、良い」

 あ、今回は納得してくれたようだ。

 私たちは、遅くなった昼食をとりに、食堂へ向かうことにした。


 昼休み後の授業……。初めての錬金術学の授業だ。

 忘れていたが、錬金術学の授業の先生は攻略キャラの一人、ダニエル・デイビーズが担当している。

 ゆっくりとドアが開き、ダニエル先生が入ってきた。栗毛色のボサボサの髪に、モノクルを付けたブルーの瞳がとろんとしていた。眠そうだ。

「皆さん、初めまして。ダニエル・デイビーズです」

 ダニエル先生は生徒たちを眺めてから、にっこりと笑った。

「好奇心旺盛な生徒が多いことを祈っていますね」

 ダニエル先生は、では授業を始めますと言い、黒板に向かった。色とりどりのチョークが先生の周りを飛び、次々と先生の手に移る。

 読みやすく綺麗な字で、綴られていく錬金術学の基礎が私の目に煌びやかに見えた。

「錬金術は僕たちの世界を美しく……」

 先生が全て言い終わる前に、ズドンと大きな音がして、教室全体が揺れた。

「何でしょう。僕、少し見て来ますので、皆さんは教室にいてください」

 ダニエル先生は、そう言って、教室から出ていった。

 生徒たちはどよめき始め、不安が教室中に渦巻いた。

 そこへ、オリバー様がいらっしゃって、私のそばに立ってくれた。

「オリバー様……」

「大丈夫だ。何かあっても、俺が守る」

「ありがとうございます」

 本当はアメリアの近くにも行きたいだろうに。

 そう思っていたら、アメリアが近くに来た。

「アビゲイル様。これって、ゲームのイベントとやら何ですか?」

 アメリアは私に耳打ちをした。

「うーんと」

 私は思い出そうとしたが、ゲームでこんな展開あったかな。入学してすぐにあったイベントといえば、攻略キャラたちとの出会いだが、アメリアはオリバー様以外の攻略キャラともう出会ったのだろうか。

 中の人が違うから、話が変わってしまったのではないかと、少し不安になった。もし、展開が変われば、アメリアと仲良くするだけでは、断罪イベントを回避できないかもしれない。

「ごめんなさい。私もわからないわ」

「そうですかあ。アビゲイル様にわからないなら、どうしようもないですね」

 私たちは、教室の外へ出ていったダニエル先生を心配しながら、帰ってくるのを待つことにした。

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