5話 アメリアさんと私

「アメリアさん、少し良いかしら」

 私がそのように話しかけると、アメリアの顔がどんどん青ざめていく。

「は、はいいい」

 い、が静かに消えていった。

 私は青ざめたままのアメリアを連れて、庭園へと向かった。昼休みも相まってか、廊下には数人の生徒がいたが、庭園にはいつも人がいない。まるで、魔法がかけられたかのように。

「アビゲイル様。すみませんんん」

 庭園に着くなり、アメリアは土下座をした。

「あ、アメリアさん?」

「ごめんなさい。私、何か粗相をしたんですよね。ごめんなさい。お、怒らないで、いじめないで、ごめんなさいいいいい」

 アメリアは地面に頭を擦り付けた。

 私は慌てて、しゃがみ、アメリアに顔を上げるように言った。

 顔を上げたアメリアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。私はハンカチを差し出して、顔を拭くように言った。

 アメリアはそれをおずおずと受け取って、顔を拭く。

「私は怒っていないわよ。アメリアさんと仲良くしたくて、呼んだの」

「はへ?」

 アメリアは何もわからないという顔をした。

「で、でも、だって、アビゲイル様は私をいじめるんですよ? そういうゲームだって聞きました! 何を言っているのかわからないかもしれませんが、とにかく私はアビゲイル様に嫌われて、いじめられるんです!」

 アメリアは早口で捲し立てた。

 ゲーム? 彼女は今、そう言ったか?

「アメリアさん。ゲームというのは」

「ご、ごめんなさい! よくわからないですよね」

「そうじゃないの。ゲームはよく知っているわ。私の勘違いじゃなければ、あなた……」

 土下座もするし、ゲームの話もする。ゲームのアメリアは、優しく、可憐で、正義の心を持つ芯の強い女性。今の彼女とは似ても似つかない。

「日本からの転生者?」

 アメリアはその言葉に目を丸くした。

「はえ? なぜ、日本を? 転生者って……」

「違ったら、ごめんなさい。私も転生者なの」

「わ、私もです!」

 アメリアは今日一番の大声を出した。

「神っていう知らないお兄さんに、ゲームの世界に転生したなんて言われて、それは最近なんですけど。記憶が戻ったのも最近で。ゲームの世界って言われてもよくわからないし、ずっと一人で心細かったんです」

「私も記憶が戻ったのは最近よ」

「アビゲイル様もですか。混乱しますよね」

「ええ。でも、私はこのゲームの世界を知っているの。前世で、プレイしたことがあったから」

「私はゲーム自体したことがないんです。ゲームのルールとか、そういうのがわからなくて」

「そうなの。……私たち、お友だちになれるかな」

 元々の目的はそうだ。アメリアと仲良くなり、断罪イベントを回避する。ついでに、アメリアとオリバー様が結ばれるルートに行くと良いなと思っていたが、アメリアが転生者なら、そう簡単には行かないかもしれない。中の人が違うからだ。

「お友だち?」

「そうよ。同じ転生者だもの。仲良くできるはずだわ」

「良いんですかあ?」

「もちろんよ」

「あ、あわわわっ。アビゲイル様ー!」

 アメリアは思い切り私に飛びついた。重い。

 アメリアはわんわんと泣き始めた。心細かったと言っていた。転生させられ、記憶を思い出して、混乱しているのだろう。

 そういえば、気になる単語があった。

「神様っていうのは、何?」

「記憶の神だと言っていました。アビゲイル様は会ったことがないんですか?」

「ないわ」

「そうですかあ。たまに現れては、助言にならない助言をして、去っていくんです。私がアビゲイル様にいじめられるストーリーだというのも、その神から聞きました」

「そう……」

 神がいるのか。会ってみたいが、出現は気まぐれらしい。

 アメリアの前に現れて、私の前に現れないのには理由があるのだろうか。

 考えることが増えた。

「アビゲイル様。ここで何を?」

 突然、低い声で話しかけられて、ドキリとした。後ろを振り向くと、ノアさんが難しそうな顔をして立っていた。

 膝をつき、アメリアに抱きしめられている姿は、変だろうか。

「えーっと。お友だちと仲を深めていたのです」

「そうですか。それは素敵ですね。でも、お召し物が汚れますので、立ち上がった方が良いのでは?」

 そうだ。制服が汚れるといけない。カンナに怒られてしまう。

 私はアメリアを抱えながら、立ち上がった。アメリアはひしっと私に抱きついたままだ。

「羨ましい」

「ノアさん、何か言いましたか?」

「いえ、何も」

 ノアさんはにっこりと笑い、私の手を取った。

「そろそろ教室に戻った方がいいですよ。そちらのお友だちと一緒に教室まで送ります」

「ええ! 良いです。大丈夫です」

 オリバー様に見られたら、大変なことになる。

「そう言わずに。さあ」

 ノアさんは私の手を引く。

 これは逃げられなさそうだ。

「わかりました。……アメリアさん。行きましょう」

「はい。アビゲイル様」

 アメリアはようやく私から離れ、渡したハンカチで顔を拭った。

「ノアさん。逃げないので、手を離していただいても良いですか?」

「ダメです」

「困ります」

「オリバー王子に見られたら?」

「そうです」

「あの方は真にあなたを愛していませんよ?」

「え?」

「いえ、何でも。今日のところは、手を繋ぐのは諦めます」

 ノアさんは手を離してくれた。

 さあと言って、私たちを教室まで護衛してくれることになった。

 道中、なぜか聞いたら、美しい女性が二人で歩いていたら、周りの男たちが放っておかないからだそうだ。


 教室に戻るとオリバー様が近づいてきた。

「アビゲイル。そいつに近付くなと言っていたと思うが」

「ごめんなさい。教室まで送ってくださると言われて……」

「アビゲイルに強引に迫ったのか!」

 オリバー様はノアさんを睨みつけた。

「無理強いはしていませんよ。提案しただけです」

 無理強いはしていない、か。圧はすごかった気がするが。

「アビゲイルに近づくな」

「おや。そういう独占欲は嫌われますよ」

「俺の婚約者だ」

「女性として愛しているわけではないくせに」

 ノアさんがボソッと何か言ったが、私にはよく聞こえなかった。

「何か言ったか? 文句があるなら聞くぞ」

「文句などありません。オリバー王子がアビゲイル様の婚約者なのは、重々承知です。ですが、恋心というのは止められないものなのです。アビゲイル様を愛しているあなたなら、よくお分かりでしょう」

 オリバー様は何も言えないのか、口を閉じたままノアさんを睨んでいる。

 二人の会話を女生徒たちは見つめて、キャーキャー言っている。

「とにかく、今日は帰れ。そして、アビゲイルに二度と近づくな」

「私も授業がありますし、戻りますが、アビゲイル様への愛は止まりませんので」

 オリバー様はその言葉に真っ赤になり、怒りを露わにしたが、ノアさんは私に手を振り、また会いましょうと言って、去っていった。

「アビゲイル!」

「はい、オリバー様」

「あいつが近づいてきたら、すぐ俺のところに来るんだ。いいな」

「はい」

 神出鬼没な気がするから、逃げられるかは不明だが、ここでノーと言うとオリバー様は拗ねるからなあ。

「アビゲイル様ぁ。大丈夫ですか?」

 アメリアが私の後ろからひょっこりと顔を出した。

 オリバー様は、今気づいたのか、アメリアを見て固まってしまった。

「大丈夫よ」

「それなら、良かったです。あの、放課後もお話しできますか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます! では、また」

 アメリアはそう言って、自分の席に戻っていった。

「彼女と仲良くなったのか」

「ええ。共通の話題があることを知ったので」

「共通の話題?」

「秘密です」

 オリバー様は少しむっとしたが、何かを納得したようで、うなづいた。

「女性同士にしかわからないこともあるだろう。仲良くするんだぞ」

「はい」

 私とオリバー様も自分の席へと着席して、授業の始まりの鐘が鳴るのを待った。

 アメリアが転生者と知り、仲良くなれそうで、私はホッとしていた。

 しかし、ノアさんの求婚がさらに過激さを増すのを、まだ知らなかった。

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