4話 ヒロインはアメリア・ミラー

 ノアさんとは、三日ほど会っていない。休日も挟んでいるが。諦めたようには見えなかったので、多分どうやって私に振り向いてもらえるか考えているんだろうな。

 今日は、放課後、オリバー様とのお茶会がある。そして、イベントが起こる日だ。アビゲイルと一緒にお茶会へ向かう途中のオリバー様がヒロインのアメリアとぶつかり、オリバー様がアメリアに惚れるイベントだ。そこで、アビゲイルがアメリアを敵視するのよね。

 私は、ヒロインと仲良くするのよ! でも、最近ずっと女生徒に、ノアさんの事で囲まれるから、なかなか話しかけられないのよね。

「アビゲイル。そろそろ、行くぞ」

 考え事をしていたら、オリバー様に話しかけられてしまった。

「はい。オリバー様」

 オリバー様は、スッと手を差し出した。

「えっと……」

「手を握れ。あいつに連れて行かれても困るしな」

 あいつ……ノアさんの事だろう。

 私は、教室だし、皆の前だし、恥ずかしかったが、ここで断るとオリバー様に恥をかかせるから、手を取った。

 女生徒たちの黄色い声が聞こえる。恥ずかしい。

 でも、オリバー様が嬉しそうに、はにかんだので、良いか。可愛い人だなと思った。やっぱり、弟だ。

「昔を思い出しますね」

「そうだな。よく手を繋いでいた」

 学園の入口へ行くために、廊下を歩いている。もう少しで、ヒロインと出会う。でも、おかしい。スチルでは、オリバー様はアビゲイルとは離れて歩いていた気がする。このままヒロインとぶつかったら、私はどうなるんだろう。弾き飛ばされるのか。

「手を繋いでいないと、アビーはどこかに行ってしまいそうで」

 アビー……お父様やお母様、親しい人が私をそう呼ぶ。

「その呼び方も懐かしいですね」

 私は何だかくすぐったくて、クスクスと笑ってしまった。

「何がおかしい」

「いえ、嬉しくって」

「それなら、俺も二人きりの時は、アビーと呼ぼう」

「はい。オリバー」

「あ、ああ……」

 こういう所が、弟っぽいのよね。

「あ……」

「どうかしたか」

「いえ、何でもないです」

 もうすぐで、十字路に差し掛かる。ああ、足音が聞こえる。

 オリバー様と仲良く手を繋いでいられるのもここまでか。

 私は、ゆっくりと、オリバー様の手を離した。

「アビー?」

 私は、後ろへ下がる。

 その時、足音が大きくなり、オリバー様の胸に彼女が飛び込んだ。反動で、彼女は転んでしまう。

「きゃあっ」

「おい。大丈夫か」

 オリバー様は、すかさず手を差し出した。優しい人だ。

「ありがとうございます」

 彼女は手をとり、立ち上がった。

 ブラウンの長い三つ編みに、漆黒の瞳。少し潤んだ瞳が、オリバー様を捕らえる。

「あっ……。オリバー王子……す、すみません!前を見ずに!」

「い、いや。だ、大丈夫だ」

 オリバー様が動揺している。どんな顔をしているんだろう。スチルや立ち絵……いえ、普段のオリバー様では、見られない顔をしていそうだ。

「あああっ。本当に申し訳ありません!」

 アメリアは、突然土下座をした。

「な、何をしている?」

 あれ? この世界に土下座はあるのか?

 それより、アメリアはこの後、すぐに去って行ったはずだ。

「申し訳ありません」

「気にしていない。気にしていないから、立ってくれ」

「打首だけは、ご勘弁を」

「うちくび?」

 言い方がいちいち日本人みたいだ。まさか、同じ転生者? ……そんな訳ないか。

「打首にはなりませんよ。顔を上げて、立ち上がらないとオリバー様が困ってしまいます」

「は、はい……ふぁ!」

 彼女は私の顔を見て、目を丸くした。と思うと、焦ったような顔になり、立ちあがろうとした。

「あ、立ちます! 立ちます!」

 アメリアは立ち上がり、今度はお辞儀をした。

「オリバー王子、アビゲイル様。すみませんでした。では、私は失礼します。お邪魔しました!」

「あ、おい。……名前を」

 オリバー様が名前を聞く前に、アメリアは去って行ってしまった。

「アメリア・ミラー」

「え?」

「彼女の名前ですよ。同じクラスですよ」

「そ、そうだったのか……」

 オリバー様の顔を覗くと、顔を赤くしていた。

 やっぱり、ゲームと同じように彼女を好きになってしまったのだろう。

 ちょっと寂しいけど、弟みたいに思っているオリバー様が幸せになることを祈った。

「アビー?」

 ぼーっとしていたら、オリバー様が私の顔を覗きこんでいた。

 綺麗な顔が近くにあって、不覚にも心臓が跳ねた。

「ごめんなさい。考え事をしていたのです」

「そうか……」

 オリバー様は、少し気まずそうに手を差し出した。

「ん?」

 オリバー様は、アメリアに惚れてしまったのだから、これはおかしい。手を繋いでほしいのか?

「さっき、なぜ手を離した」

「えっと……」

「言いにくい事なのか」

 眉が下がる。

 うーん。その顔に弱いのだ。

「言えませんが」

 私は、その手を取った。

「手は繋いで行きましょう」

「あ、ああ!」

 オリバー様は、嬉しそうに笑って、私の手を引いて歩いた。

 

 馬車に乗って私の屋敷へ行き、庭園でお茶会をすることになっていた。

 オリバー様のご厚意で少しのお菓子と、サンドイッチが並んでいる。香りのいい紅茶を飲みながら、談笑した。

「オリバー様」

「オリバーと呼べと言っただろう」

「すみません。オリバー。あなたは、先ほどのアメリアさんをどう思いますか?」

 オリバー様はアメリアの名前を出すと、頬を少し赤く染めて、私から目を逸らした。

「どう思うも何も、知らないやつだからな。何とも言えん」

「可愛いですよね」

「な! 何を言っている」

「あら、可愛くないんですか」

「アビーの方が綺麗だ」

「わ、私の話はしていないのですが」

 急に褒めるので、心臓が跳ねた。でも、可愛いのはアメリアらしい。

 うん。綺麗と言われるのは嬉しいが、アビゲイルの容姿はどちらかというと可愛い方ではないか。オリバー様の目には綺麗に映っているのか。

 何だか気まずくなって、私は紅茶を飲んだ。

「アビーの方が美しい」

「こ、言葉を変えて、言わなくてもいいです!」

「本当のことなのに」

 オリバー様は少ししょんぼりして、私を見る。子犬のような目で見られると弱いのよ。

「ありがとうございます。褒めていただけて、嬉しいですよ」

「そうか!」

 オリバー様は嬉しそうに顔を輝かせた。

 うーん。かっこいいより可愛いが勝る。こういう所が弟っぽいな。

「アビー。この菓子はとても甘くて、美味しいぞ」

 オリバー様は、砂糖が乗った焼き菓子を差し出した。

 私はそれを受け取り、口に運んだ。

 甘さが口いっぱいに広がった。

 こんな優しいひと時も、終わってしまうのだろうと思うと、寂しかった。オリバー様は婚約者としては見れていなかったが、可愛くて素敵な人だ。幸せになってほしい。どの攻略キャラのルートにも行かず、アメリアがオリバー様を選ぶといいのに。

 私はそんな事を考えながら、オリバー様がアメリアと幸せになる日を祈った。

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