3話 オリバー様とノアさん

 朝、教室に着くと、女生徒たちが賑やかに話していた。

「何かあったの?」

 私は隣の席の女生徒に話かけた。

 昨日、入学式の前に少しだけ話をしたが、気さくでとても話しやすい女性だ。

「アビゲイル様。実は先ほど、ノア様がいらっしゃったの」

「ノアさんが?」

「ええ! あなたに用事があるって!」

 彼女は嬉しそうに言った。

 それと、同時に女生徒たちがこちらに駆け寄ってきた。

「アビゲイル様、ノア様とはどんな仲なのですか」

「秘められた恋というものですか」

「そうよね。アビゲイル様にはオリバー王子がいらっしゃいますし」

 おいおい。話が大変なことになっている。

「ノアさんとは、ただの知り合いですよ」

「まあ! ただの知り合いが教室までいらっしゃるかしら」

「そうよ。そうよ。素敵な秘め事があるのかしら」

「ノア様はミステリアスですものね」

 女生徒たちは、楽しそうに話している。

 まあ、嫉妬で虐められたりするよりは、マシだが、ちょっと困る。

 というか、ノアさんはとても人気のある方なのね。攻略キャラたちは、もちろん学園の中でも人気があるが、他にもそういう人がいるとは……。ゲームの中だとしても、やはり現実と変わらないものなのか。

「ほら、噂をすれば」

「きゃあ。ノア様よ」

 ドアの方を見ると、漆黒の髪にアクアマリンの瞳、瞳と同じ色をしたピアスを左耳につけたノアさんが立っていた。

「アビゲイル様。おはようございます」

 丁寧にお辞儀をしてから、こちらにやってきた。

 女生徒たちの黄色い小さな声がする。楽しそうだ。

「授業まではまだお時間がありますよね。よろしければ、私とお話ししませんか?」

 どうしよう。私は困った。

 ここで断るのも、ノアさんに恥をかかせるし、でもオリバー様に見られたら、厄介だし。

 いや、オリバー様はまだ登校されていない。今のうちに、どこかへ行ってお話しして、気が済んでもらえれば、良いのではないか。

「少しだけなら」

「ありがとうございます。さあ、こちらへ」

 私は、ノアさんの後へついていくことにした。

 女生徒たちは、きゃーっと嬉しそうに悲鳴を上げていた。

 全然秘めてない。秘めてないよ、ノアさん。

 

 私たちは、昨日の庭園に来ていた。今日も誰もいない。

「ノアさん。何のお話しなのですか?」

「一晩考えたんです。どうしたら、アビゲイル様が首を縦に振るか」

 振りませんけど。婚約者がいるって言いましたよね。

 とは、言えなかったので、別の言葉を紡ぐことにした。

「何か案は出たのですか?」

「アビゲイル様は菓子は好きですか?」

 お菓子? お菓子は大好きです。でも、この世界、まだ砂糖が高くて買えないのよね。ヒロインとオリバー様のイベントで、砂糖の実がなる木の話があるので、それ以降は食べられるかもしれないけど。

「好きですよ」

「え? 俺のことが?」

「何を言ってるのですか! お菓子のことです」

「ああ、そうでしたか。やはり、女性は菓子が好きですよね」

 この人、初対面の時と性格が全然違うのではないか。

「俺と結婚すれば、菓子は食べ放題になりますよ」

「そんなの無理ですよ。一介の騎士様が買える値段ではないでしょう」

「さあ、それは、どうしてでしょうね」

 何か含みのある言い方だ。

 この人は、普通のモブ騎士よね? 何か秘密でもあるのかな。

 確かに、女生徒たちから、エドワードとしか話さないミステリアスな人だと言われていた。

「とりあえず、嘘はダメですよ」

「嘘じゃないですよ。本当のことです。どうですか? 結婚する気になりますか?」

「ならないです。嘘か本当かわからないし、お菓子で釣れる人間だと思わないことです」

「んー。それは残念ですが、ますます好きになっちゃいましたね。気高いあなたを」

 それは勘弁してほしい。かっこいい人に言い寄られるのは、嬉しいが、なんかこの人変じゃないか?

「では、またあなたに振り向いてもらえる事を考えてきますね」

「え、ちょ、ちょっと……」

「では、失礼いたします」

 ノアさんは、そう言って、去っていってしまった。

 言いたいことだけ言って去るのはずるいのではないか。

「アビゲイル!」

 私が、思考しようとした矢先に声をかけられた。

 振り向くと、オリバー様が走ってきた。

「オリバー様。おはようございます」

「ああ、おはよう。……そうではなくてだな!」

「は、はい」

「ノアという男について行ったそうじゃないか」

「ええ、ちょっとした知り合いでして」

「変な男について行くんじゃない」

「えっと」

「心配するだろう」

 オリバー様は眉を下げ、私を見つめた。

「ごめんなさい」

「し、心配しただけだ。気にするな」

「はい。オリバー様、ありがとうございます」

「もう、変な男とは会うな」

「わかりました」

 オリバー様は本気で心配してくださった。今度、誘われたら、断ろう。


 次の日、オリバー様と食堂で食事をとっていたら、話しかけられた。

 ノアさんに……。

 まさか、オリバー様と一緒にいる時に話しかけられるとは思わなかった。

「アビゲイル様は、魚が好きなのですね」

 そう言って、私の隣に座った。反対側の隣に座っているオリバー様がどんな顔をしているのか見れない。

「お前は誰なんだ!」

 ああ。オリバー様が怒ってらっしゃる。

「オリバー王子。初めまして。ノア・ブラウンと申します。アーサー・スミス様の騎士をしております」

 ノアさんは一度立ち上がり、オリバー様にお辞儀をした。

 オリバー様は勢いよく立ち上がり、ノアさんを睨んだ。

「ノアさん。今は私、オリバー様とお食事しているので」

「ノアさん?」

 オリバー様が私の方を見た。何だか私にも怒っていらっしゃる?

「なんだ。その呼び方は」

「ええ? 騎士の方ですし、先輩ですので」

「それなら、俺のこともオリバーと呼べ」

「ええ? 王子のオリバー様を呼び捨てだなんて、できません」

「オリバー」

 オリバー様はにっこりと笑ったが、目が笑っていない。

「醜いですね。嫉妬ですか」

 それを眺めていたノアさんが呟いた。火に油を注がないで!

「何だと」

「自信がないから、そうなるんでしょうか。私は、アビゲイル様に好きになっていただく自信がありますので」

「アビゲイルが俺の婚約者だと知っていてのセリフか」

「ええ。私の方がアビゲイル様を幸せにできるとも思っていますよ」

「ほーう」

「それに、あなたはアビゲイル様を真に愛していない」

「そんなことはない」

「どうでしょうか。……アビゲイル様が困っているようなので、私は別の席で食べますね」

 ノアさんは、そう言って、料理の乗ったお盆を持って去ってしまった。

 オリバー様は怒った顔のまま、席にどかりと座った。

「アビゲイル。あいつとは話すな」

「はい。オリバー様」

「オリバー」

 オリバー様は意外と頑固だ。

 これは、呼び捨てしないといけなさそうだ。

「あの、二人きりの時でしたら、良いですよ」

 オリバー様はその言葉に目を輝かせた。

 うーん。オリバー様って、素敵な男性というより、弟って感じなのよね。

 攻略キャラの中でも、特に弟属性が高い。実際、弟だし。

「そうか。そうしろ」

「はい」

 私はにっこりと笑ってから、目の前の食事に取り掛かることにした。

 ドッと疲れた。ノアさんが来ると、疲れる。

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