2話 彼はノア・ブラウン
ノアさんのおかげで、入学式には間に合った。
入学式では、新入生代表の挨拶として、オリバー様が選ばれていた。確か、ここでヒロインが初めてオリバー様を見るのよね。ヒロインはどこにいるのかな。
私は、はしたなくならない程度に辺りを見渡した。
すると、前の方にブラウンの長い髪を三つ編みで束ねた女生徒を発見した。ヒロインと悪役令嬢は同じクラスだったはずだ。あの子がそうなのだろう。デフォルト名は、確か、アメリア・ミラー。オリバー様や他の攻略キャラと仲良くなるのが彼女だ。どのルートでもオリバー様は彼女を好きになる。しかし、他のキャラはルートによって動きが変わる。どのルートでも私は断罪されるのだが。
彼女をいじめると、断罪ルートへとまっしぐらなのだから、仲良くなれば良いのではないか。同じクラスだし、あとで話しかけてみよう。
そう考えていると、入学式は閉会の時間となり、私たちは教室へと戻ることになった。
実は楽しみなことがある。この世界は魔法と錬金術が盛んな世界で、私はこのゲームの育成要素が大好きなのだ。魔法や錬金術などを学び、パラメータを上げて、攻略キャラの好感度を上げる。魔法と錬金術を学べるなんて、異世界の醍醐味よね。授業は明日からか。基礎は家庭教師から学んでいたけれど、ちょっと難しかった。普通の日本の勉強なら得意なんだけどな。
私は胸を躍らせながら、歩いて行った。
「アビゲイル様」
廊下で声をかけられ、振り向いた。
ノアさんが立っていた。
「ノアさん。先ほどはありがとうございました」
「いえ、ぶつかってしまったのは、私の不注意ですから」
ノアさんは私の目をじっと見つめた。
かっこいい男性に見られるのは、慣れていなくて、少し目線を外した。
「アビゲイル様。少しお時間をいただいても良いですか? 近くに庭園があるので、そちらでお話ししたいことがありまして」
「ええ、今日はもう荷物を教室に取りに行くだけなので、少しなら」
「ありがとうございます」
ノアさんは深くお辞儀をした。綺麗な立ち振る舞いだ。どこかの貴族の方なのかな。
私は、ノアさんの後をついていき、綺麗な庭園へと足を踏み入れた。色とりどりの季節の花や植物が植えられている。日本では見たことがない植物もある。中央に、ガラス張りの小さな温室らしきものがある。
みんな教室に戻ったのか、誰もいなかった。
あれ? これってまずいのではないか。婚約者がいる身で、見知らぬ男性と二人きりというのは、いかがなものだろうか。
ノアさんは悪い方ではないだろうが、世間的に見れば、よくない気がする。
手短にすまそう。
「アビゲイル様……お会いしたかった」
ノアさんはこちらを見つめて、熱っぽく呟いた。
「え?」
私は聞き間違いだと思った。
「とある舞踏会で、アーサー様の騎士として訪れて、あなたを一目見た時から、あなたが好きだったんです!」
「え? えええっ!」
アーサーとは攻略キャラの貴族だ。
アーサーの騎士……。
あ。あああっ!
思い出した。アーサーの騎士として、モブ騎士がいて、その容姿にノアさんはそっくりだった。顔は書かれてないので、イケメンかはわからなかったが。この人は、アーサーのモブ騎士だ。こんなにかっこよかったとは、思わなかった。
「私、婚約者がいるのですが」
「そんなことは関係ありません! 私……俺はあなたのことを一番愛してる自信があります」
「いやいや、そんなこと言われても」
ノアさんは、ぐいぐいとこちらに迫ってくる。私は、どんどん後ろに下がっていく。
勢いがすごい。
「一目惚れなんて、まやかしだと思っていましたが、あなたを初めて見た時から、胸の高鳴りが抑えられないんです!」
「あの、それはよくわかりましたが、私は婚約者が」
「関係ありません。関係ないのです」
大事なことなのか、二回も言われた。
「俺の妻になってくれませんか?」
話が飛躍した。
「いやいやいや、私、契約は守るタチなので」
まあ、十二月の舞踏会の後なら、考えることもできるが、今はダメだ。スキャンダルになる。
「そうですか……。アビゲイル様は、契約を守る立派な方なんですね」
ノアさんは考え始めた。うーんと唸った。
「アビゲイル様。俺、考えます。俺たちの未来のために、どうすれば良いのか。では、今日は失礼いたします」
ノアさんは、勝手に考え終わり、勝手に帰って行った。
何だったのだ。
唐突だったので、断るのに必死だったが、あんなかっこいい人に好きだと言われたのは、初めてだ。
うん。単純に嬉しい。嬉しいが、今はオリバー様と婚約しているから、ダメだ。
少し残念な気分になったが、私は気持ちを切り替えて、教室へを向かった。
「アビゲイル様、ノア様とどちらに行っていたんですか?」
教室に戻ると、女生徒たちに囲まれた。
「新入生の中では、噂の方なのですよ。とてもかっこいい方で」
「アーサー様の騎士で、エドワード様の部下なのですもの」
エドワードも攻略キャラだ。二人と関係のある騎士なのは、わかる。ゲームの中でも、二人のルートだとよく出てくるモブ騎士だった。アーサーもエドワードもゲーム内では女生徒から人気のあるキャラだ。
「今日、助けていただいたので、お礼を言っていただけなの」
私は、とりあえず告白されたことは、伏せて話した。
「まあ、そうなの。さすが、ノア様」
「素敵ね」
「ノア様に助けていただけるなんて、羨ましいわ」
女生徒は口々にノアさんを褒めた。
「でも、ノア様って謎の多い方よね」
「そうそう。エドワード様以外と話している姿を見ないとか」
「ミステリアスで素敵よね」
女生徒たちは、すっかりノアさんの話題で盛り上がっていた。
私はその子たちにバレないように、教室から静かに出た。
「アビゲイル」
名前を呼ばれ、ハッと見ると、オリバー様が立っていた。
「何をコソコソしている」
「オリバー様。先ほどの挨拶は素晴らしかったです」
私は話を逸らしたくて、褒めることにした。
ノアさんと会っていたのが後ろめたかったし。
「そ、そうか。まあ、大したことではない」
オリバー様は照れたように笑った。嬉しそうだ。
私が褒めるといつもこうだ。嬉しそうに笑ってくれる。これが、ヒロインに惚れてしまうと、変わってしまうのだろうなと思うと、少し寂しくなった。
「どうかしたか?」
「いいえ。何でもありません」
「そろそろ馬車が着く頃だ。アビゲイルも俺の馬車に乗るといい」
「でも、私は家の馬車が」
「それには断りを入れている。さあ、行くぞ」
オリバー様はたまに強引な所がある。
私はオリバー様の後ろにつき、馬車のある学園の入口まで向かった。
明日からは、授業が待っているのだから、楽しまなくっちゃ。
私の平穏は、今日までだということを、私はまだ知るよしもなかった。
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