【未完】乙女ラグナロク〜断罪イベントを回避したくて動いてたら、イケメンモブ騎士に愛されちゃった!?〜

夜須香夜(やすかや)

第1章 はじまり

1話 私はアビゲイル・ウォーカー

 手をそっと握られた。彼は私の手を口元に持っていきキスをした。

 彼の漆黒の髪がさらさらと風でなびく。綺麗な顔ね。

 私は気づいた。

「ここはどこ?」

 外ではない。辺りを見渡すと、白い空間がずっと続いている。ここには、彼と私しかいない。

「あなたは誰?」

「俺は……」

 名前の部分が聞き取れなかった。

 そういえば……。

「私は誰?」

「あなたは、アビゲイル・ウォーカー様です」

 アビゲイル……。アビゲイル・ウォーカーですって! 私が愛してやまない乙女ゲーム「乙女ラグナロク」の悪役令嬢のアビゲイル・ウォーカーになれたってこと?

 わかった。これは夢なのね。

 じゃあ、彼は誰? 漆黒の髪に、アクアマリンの瞳。髪をかけてる左耳には瞳の色と同じピアスが付けられている。

 攻略キャラにこんな人はいない。

 でも、何となく見覚えがある。なんだろう。

「あなたは誰なの?」

 もう一度聞くと、彼は笑顔になり、言葉を綴ったが何も聞こえない。

 彼の姿が歪む。

 段々と目の前が白くなってきて、何も見えなくなった。

 瞬きで目を閉じて、また開くと天井のようなものが見えた。私はベッドで寝ていた。ゆっくり起き上がる。

「ここは?」

 ベッドの周りはカーテンが降りていて、部屋は見渡せなかった。私は静かにカーテンを開けて、部屋を見てみた。

 見慣れた部屋だ。

 そうだ。ここはウォーカー邸の三階にある自室だ。

 頭が痛い。

 確か、私は階段を踏み外して……頭を打ったのか。

 ベッドから下りて、私は鏡の前に立った。

「この小悪魔顔、豊満な胸、前髪パッツンにウェーブのかかったセミロング……間違いない」

 私は全てを思い出した。

「アビゲイル・ウォーカーになってるーー!」

 起きたばかりなのに大きな声が出た。

 その後すぐ、ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。

「アビー! 目が覚めたのか!」

 扉が勢いよく開き、お父様とお母様が入ってきた。

 アビーとは、アビゲイルの愛称だ。

「アビー良かった。痛いところはないかしら?」

 お母様が駆け寄ってきて、私の頬や頭に触れた。

「頭が少し痛いけど大丈夫ですよ。お母様」

 私と同じ髪色のピンクブラウンの髪が揺れ、泣きそうなお母様の顔がよく見えた。

「心配したのよ」

「そうだぞ。階段から落ちたと聞いた時は、気が気でなかった」

 お父様は小さい子どもをあやすかのように、頭を撫でてくれた。

「大丈夫ですよ。お父様。でも、起きたてで、少し疲れました」

「おお、そうだな。私たちは部屋を出ていくよ。何かあれば呼ぶんだぞ」

「はい。お父様」

 心配そうなお母様の背を押して、お父様は出ていった。

 私は、ふうと溜息をつき、化粧台の椅子に腰かけた。また、鏡で自分の顔をまじまじと見た。

 やっぱり、アビゲイル・ウォーカーになっている。何周もした乙女ラグナロクの悪役令嬢だ。見た目は可愛くて好きだったが、性格が腹黒くて、とても小悪魔じみていたのは苦手だ。

 私は日本の大学生だったはずだ。確か、雪で足をすべらせた所までは覚えている。その後、どうなったのかな。死んでしまったのか。そして、この世界に転生したのが一番しっくりくる。こちらの世界では、幼少期からの記憶がある。今回、頭を打ったことで、日本人だったことを思い出したってことかな。

 悪役令嬢だとしても、好きな乙女ゲームのキャラクターになれるなんてラッキーだ! 攻略キャラに会えたりするのかな! 聖地巡礼もしたい!

 コンコンとノックの音が聞こえた。

「はーい」

「アビゲイル様」

 カンナの声だ。カンナはメイドで、私の世話をしてくれる女性だ。自分が日本人だったことを思い出して思ったが、カンナの名前は日本風である。私の知らない、日本に近い国があるのかもしれない。

「オリバー様がいらっしゃいました」

「わかった。着替えてから行く」

「かしこまりました。オリバー様に伝えましたら、着替えのお手伝いに参ります」

「ありがとう」

 オリバー様は私の婚約者で、乙女ラグナロクの攻略キャラだ。王位継承者で、正義の心を持ち、とても誠実な男性。でも、私は悪役令嬢。ヒロインは別にいる。

「あれ?」

 私は疑問に思った。悪役令嬢ということは、婚約者のオリバー様はヒロインに惚れてしまう。そして、私はゲームの通りに行けば……。

「あああっ」

 学園の十二月の舞踏会で断罪される! 一家離散する! 辺境の村に連れていかれる!

 それは、避けなければならないことでは?

 幸い、まだ三月で、学園の入学は来月だ。オリバー様はまだヒロインと出会っていない。ヒロインと出会うことは止められないだろう。でも、私がヒロインをいじめたりしなければ、仲良くできれば、断罪はされないのではないか。

「よし!」

「アビゲイル様、入ってもよろしいでしょうか?」

「あ! ええ、カンナ。入ってちょうだい」

 とにかく、今は断罪イベントに向けて、作戦を練らないと!


 私は着替え終えて、オリバー様の元へと行った。

 オリバー様は金髪にコバルトグリーンの瞳が美しい男性だ。私を射抜くような目で見る。

「アビゲイル。頭を打ったそうだな。歩いて、大丈夫なのか」

「もう大丈夫です。心配して来てくださって、ありがとうございます」

「かまわん。大丈夫なら、俺はもう行く」

「はい。本当にありがとうございます」

「気にするな。また……学園の入学式で」

「はい」

 オリバー様は颯爽と帰って行った。

 わざわざ来てくださったんだ。今は、とても優しくしてくださっている。

 正義の心を持っている方だから、ゲームの中で悪役令嬢のアビゲイルがヒロインをいじめていたのを放っておけないのだ。

 私がヒロインをいじめることがなければ、オリバー様がヒロインに惚れて婚約を解消されるだけで終わるのではないか。

 よし! 決めた。清廉潔白、優しく、お淑やかに過ごすぞ!

 私は決意を新たに学園の入学に向けて、準備を進めることにした。


 遅刻してしまった。お母様とお父様が心配してなかなか離してくれなかったのだ。入学式に向かうために、廊下を走っている。

「きゃっ……」

 曲がり角に差し掛かった時、誰かとぶつかり尻もちをついてしまった。

「すみません。大丈夫ですか?」

 声のする方を見ると、漆黒の髪にアクアマリンの瞳をたずさえた男性が立っていた。制服を着ている。手を差し出していたので、その手を取り、立ち上がった。

「すみません。ありがとうございます」

 私は深くお辞儀をした。

「いえ、私が不注意でぶつかってしまったのです。痛いところはありませんか?」

「大丈夫です。体だけは頑丈なので」

 本当のことだ。頭を打っても、この体は死ななかった。前の体では、雪に滑って、頭を打ち、死んでしまったらしいのに。

 あれ? そういえば、この男性、見たことがあるような気がする。

「あの、失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

「いえ、初対面ですが、私はあなたを知っていますよ。オリバー王子の婚約者、アビゲイル・ウォーカー様」

「そうですか。すみません、人違いですね」

「アビゲイル様、そろそろ広間へ向かわないと行けませんね。私がご案内します」

「ありがとうございます」

 私は軽く会釈をして、彼についていくことにした。

 攻略キャラでもないし、いつ彼を見たのかしら。あ、そういえば。

「お名前は?」

「すみません。名乗りもせずに。私はノア・ブラウンです。この学園の二年です」

「よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いしますね」

 彼はにっこりと笑った。かっこいい。

 攻略キャラじゃなくても、かっこいい男性はいるわよね。

 私は彼に連れられて、広間へと向かうことにした。

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