最終話
学園に通うようになって、しばらくしたある日。
「もう僕の側にいないで」
突然、メルから言われた。頭が真っ白になった。
「何で? 私、何かした?」
メルは苦しそうな顔をして、首を振った。
「ヴィーが悪いわけじゃないんだ。どちらかというと悪いのは僕なんだ」
「どういうこと?」
「とにかく。学園では僕に近づかないで」
そう言い残して、メルが立ち去る。その言葉の意味を理解できず、私はその場に立ち尽くしていた。
――メルを護るって、誓ったのに。どうして……
「大丈夫?」
かけられた声に振り返ると、そこにはウィルフレッド王子がいた。
彼が近づくたび、呼吸が乱れていく。
――お願い……それ以上、近づかないで。
(顔色が悪い。具合が悪いのかな? 彼女は――)
王子の心の声が聞こえる。
――純粋に心配してくれている?
視界がぼやけ、少しずつ暗くなっていく。いつの間にか私は気を失っていた。
目が覚めると救護室のベッドの上だった。近くの椅子には一人の青年が腰掛けている。
「目が覚めたかな?」
「……ウィルフレッド第一王子殿下……」
「いいよ。ウィルで。学園だし」
「いえ! ……お呼びできません」
(気を遣わなくていいのに)
――心から思っているのね。堅苦しいのは嫌いなのかしら? あ。そうか! 彼も転生者なんだ。ゲームの内容は知っているのかな?
「私はヴァイオレット・オルセウスと申します。この度は殿下に助けていただき、なんと御礼を申し上げればよいか……」
「気にしないで」
(君が無事で良かった)
「でも何故、殿下が?」
「君があまりにもキラキラと輝いて見えたから……話してみたいと思ったんだ」
「……え? 私と?」
――メルではなく?
あの時、直前までメルがいたのだ。キラキラしていたのはメルであって、私ではない。
――王子は勘違いをしているんだ!
「あの! 勘違いをしていらっしゃいます!」
「え?」
「キラキラしていたのは私ではないです」
「えっと……どういうこと?」
(確かに君がキラキラしてるのを見たんだけど)
「直前まで私と一緒にいたメリル様です」
「彼は――カーティス伯爵子息だね」
「はい」
「君は彼と仲が良いの?」
(僕の攻略対象を狙うなんて。でも確か彼はモブじゃなかったか?)
「……え?」
「彼とはどういう関係なの?」
(彼女は――男性恐怖症だったよな。なのに何で伯爵子息のモブと一緒にいるんだよ?)
――なっ、何これ? 王子は何を言ってるの?
「ヴァイオレット。君は彼と仲が良いの?」
(やめて。それ以上、近づかないで……助けて。助けて! メル!!)
すると突然、ガラリと扉が開いた。たった今、呼んだ名前の張本人が肩で息をしている。
「第一王子殿下。
「
「はい。ヴァイオレットは
「「え?」」
王子だけでなく、私まで変な声が出てしまった。
「殿下では彼女の側にいることは出来ません」
「何?」
(何を言っている? 彼女は
メルは私の側に来ると、耳元で囁いた。
「ごめんね。ちょっとだけ辛いかもしれないけど、後で僕が上手くやるから、我慢して?」
私は小さく首を捻り、にっこり笑うメルを怪訝な顔で見上げた。
「ではウィルフレッド殿下。ヴァイオレットに近づいていただけますか?」
私は目を見開いた。
――そんなことしたら、大惨事だ! 王子が✕✕まみれになるよ!!
(へぇ。僕に喧嘩を売ってるのかな? モブなのに……まぁいいや。僕だけには大丈夫だってところを見せてあげればいいのかな?)
私は眉間に皺を寄せた。
――最悪だ。王子の心の声もだが、メルも!
王子が近づいてくる。私の身体から血の気が引き、震えるのが分かる。
――ううっ。キモチワルイ。
王子が私の手をこの上ない笑顔で握った瞬間――
うぇぇぇーっ。(大惨事)
――と、すぐにキラキラが舞う。王子の身体も、私の身体も、キラキラに包まれる。
「ね。ヴァイオレットには僕が必要なんです」
メルが幸せそうに、にっこりと微笑む。
王子は色々浴びたのがショックだったのか、放心状態だ。
私は俯いた。そして、震えた。
そう。怒りに震えた。
――何なんだ! 自分から近づくなって言っておいて。『ヴァイオレットには僕が必要』って。しかも勝手に婚約者になってるし! そもそもメルとは結婚出来ないでしょ!
私は黙って起き上がると、救護室を出た。慌てて追いかけてくるメルを無視する。
「待ってよ、ヴィー!」
メルが私の腕を掴む。
「離して」
「嫌だよ」
「学園で近づくなって言ったでしょ?」
「それは……」
口ごもるメルに私は振り返ると、彼のキラキラと輝く瞳を睨み付けた。
「メルには分からないよ」
「何が?」
「私の気持ちなんて、メルには分からないよ!」
メルは悔しそうに唇を噛んだ。
「近づくなって言ったのは僕のせいだって言ったでしょ?」
メルは私を真っ直ぐ見つめた。
「僕の能力が君をキラキラさせてしまうんだ」
「……え?」
「それで! 他の男たちがヴィーのこと、どんどん好きになっちゃうから、焦って……」
「……ええ?」
「婚約だって、ずっと話はあったんだけど。ヴィーにちゃんと僕から直接、言いたかったんだよ」
「えええ?」
「ヴァイオレット。僕の婚約者になってください」
「でっ、でも……メルは
「――はぁ?」
メルは大きくため息を吐くと、まるで納得したかのように呟いた。
「なるほどね。それでか。何か、いっつもおかしいなぁと思ってたんだよね!」
「へ? 何が?」
「ヴィーはさ、他の男には拒否反応を起こしてたけど、僕だけは平気だっただろう?」
「うん」
「幼い時から一緒だったからだと思ってたんだけど何か違うなと思うことがよくあったんだよね。あぁ最悪だ。女友達だと思われていたのか!」
「違ってたの? え? メルは――男の子?」
「そうだよ! 脱ごうか?!」
「いやぁ!! 結構です!!」
私が手で顔を覆うと正面からメルが両手を掴む。顔を覆っていた手を外すと、じっと見つめられる。両手を掴まれて動けない。
メルが男の子だと分かっても大丈夫だった。
ゆっくりとメルの顔が近づく。
私の額にメルの柔らかい唇がくっつく。
「……どう? 嫌じゃない?」
「……嫌……じゃない……」
「良かった」
ホッとした顔をするメルとは反対に、私の顔は真っ赤になっていった。
「でっ、でも……じゃあ、どうしてだろう?」
「何が?」
――何でメルの心の声は聞こえないんだろう? 男の子なのに。異性なのに?
「実はね、私にも能力があるの」
「え?」
「私の能力はね、『異性が自分に対してどう思っているかを読む能力』なの」
「何それ? それで男性恐怖症に?」
「違うの。男性恐怖症は元々。でも追い討ちをかけるようにこの能力でしょ? 余計に酷くなったの」
「それは辛かったね……って、僕の心も読めてたってこと?」
「それが……メルの心が読めなかったから、女の子だと思ってたの」
「ああ! なるほどね。ということは僕の能力が関係しているのかも」
「どういうこと?」
「僕の能力は『色々なものを綺麗にしてしまう』だろう? 多分、僕の考えていることや心の声もきっと綺麗になっちゃうんだよ」
「え?」
「浄化されちゃうの。だから君に届かなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん。もしヴィーが僕の心の声を聞いていたら、きっと、ぶっ倒れていただろうからね」
「どんなヤバイこと考えてたの!?」
「教えて欲しいの? 教えてあげるよ?」
「いやぁ!! 全力で遠慮します!!」
両手で耳を塞ぎかけるとメルがその手を抑える。
「でも。これで分かったね」
「何が?」
「君には僕が必要で、僕には君が必要ってこと」
さらっと言うと、にっこり笑った。私はまた顔が赤くなった。
「ねぇ、メル」
「何?」
「メルは何で能力が使えるの?」
「え?」
「私はね、転生者なの」
「ああ。前に僕にも聞いたよね」
「うん。転生する時に女神様に貰った能力なの」
「ごめん、ヴィー。僕は一つ、君に嘘を吐いたよ」
「え?」
メルは目を伏せて言った。
「僕も転生者なんだ」
「やっぱり。そうだったんだ」
「うん。それでね、君は――攻略対象なんだよね」
「あ、王子の心の声を聞いたから知ってるよ?」
「でも、君は不思議に思わなかった?」
「何を?」
「君が転生者なのが」
――へ? なんで?
理由が分からず、一度、首を捻る。
――あーっ! そうだ! 攻略対象は転生者じゃないはずなのだ。……え? じゃあ何で私は転生者なの?
「僕のせいなんだよね」
「どういうこと?」
「僕が前世での名前を封じられなかったから」
「え?」
「すみれちゃん」
「………」
「ずっと会いたかった」
「……
「うん」
「なっ、何で?」
「ずっと後悔してた。自分の気持ちを君に伝えなかったこと」
「え……?」
「だから……君が死んで、追いかけて来ちゃった」
「何、やってるの……?」
「でも、今は後悔してない」
私は俯いて唇を噛んだ。泣きそうになった。
そんな私を彼は優しく抱き締めて耳元で囁いた。
「大好きだよ」
転生モブ令嬢の能力には、転生モブ子息の能力が必要不可欠でした。
転生モブ令嬢の能力には、キラキラ光るエフェクトが必要不可欠でした。 夕綾るか @yuryo_ruka
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