第18話 彼女との日々(13)


 次の日。

 昼休み。


「十六時にいつもの公園で――」

 雅人にしか聞こえない声でそう言った。


 立ち去る詩織の背中向け、雅人はゆっくりと頷く。



 十六時。

 すでに公園のベンチには詩織がいた。


 緊張しているのか、どこか落ち着かない雰囲気をしている。

「今日は?」

 そう言いながら、雅人は迷わず詩織の隣に座った。

 彼女がわざわざ呼んだからには行きたいところがあるはず。

「塾はお休み」

「あ、そうなんだ」

 だから、この時間なのか。

「そう。だから、今日はあなたの番」

 顔を上げ、詩織は何食わぬ顔で言う。

「僕の番?」

 いつから順番制だったのか。

「約束したでしょ?」


 約束。


 君の身体は僕が。

 僕の時間は君が。


 無論――か。

 雅人は彼女の言葉の真意を察した。


「――それじゃあ、行こうか」

 立ち上がり、彼女の右手を掴む。



 雅人の家。

 結果、雅人は詩織を家に連れてきた。


「両親は帰って来るの?」

 玄関に入ると、詩織は玄関に靴が無いことに気づく。

「ううん。父さんは年に二、三回しか帰って来ない。母さんは夜勤の仕事。だから、今日は誰もいないよ」

 雅人は冷めた顔で靴を脱いだ。


 両親とは家で会ってもほとんど話さない。

 と言うより、話す内容が無かった。


 父なんて技術者と言うことだけで、どこで何の仕事をしているのかもわからないし、いつ帰って来るのかも知らない。

 父も僕も互いに興味は無かった。


 詩織の父親も海外らしいけど、

 実は父親同士で知り合いだったりして。


 ――そんなこと無いか。


 この多くの人が生きる世界でそんな狭き偶然。

 奇跡の様な偶然など無いだろうに。

 雅人は自身の妄想をすぐさま否定した。


「そう――なら、良かった」

 今、この家には自分と雅人との二人。

 良くも悪くも二人だけの空間なのだ。

「でも……不安じゃないの?」

 建前の恋人とは言え、彼女は不安にならないのか。

「不安?」

「その――自分の身体触られるの」

 本当の恋人ならば、それはむしろ嬉しいことなんだろうけど。

「……そんなに。でも、前に告白して来た人には、触れられるのは嫌だと思ったわ」

 思い出す様に詩織は顔を上げた。

「あ、そうなの?」

「うん。あ、やっぱり、男の人に触られるのは嫌かも」

 想像してか気がついた顔で、ゆっくりと首を左右に振った。

「え……、それじゃあ、止めた方が良い?」


 触る。

 その単語を超えた行為。

 彼女が嫌なら、改善案を考えなければならない。


 改善案。

 それ以外に何があるか。

 雅人には何も浮かばなかった。


「構わないわ。それに今はあなたに触られるのは怖く無いもの」

 最初のは少し怖かったけど。

 彼女はため息交じりに言った。

「……本当?」

「ええ。多分、あなただからだと思うわ」

 少し彼女は考え、曖昧な顔で言う。

「僕だから?」


 なぜ僕だからなのか。

 僕は男として認識されていないのか。


 ――ここまでして。


「自分を理解してくれている人。だから、落ち着くみたいな感じだと思うの」

 ゆっくりと頷く詩織。

 その動作までもが、愛おしく思えた。

「それなら良いけど……」


 理解している。

 果たして、僕は本当に彼女を理解しているのか。


 理解出来ているのだろうか。

 結局、彼女が死にたい理由もわからないままだった。

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