第17話 彼女との日々(12)


 遊園地の帰り。


 電車のソファーに二人仲良く座る。

 向かいの窓から映る僕らは、ただの高校生のカップルの様だった。


 僕は彼女の願いを叶えられているだろうか。


 線路を走る車輪の音。

 その雑音すらも、雅人は心地良いと感じていた。


「寄りたいところあるの」

 乗り換えるために降車した駅で詩織は言った。


 ここからだと彼女の最寄り駅は二駅ほど。

 いったいどこに寄ろうとしているのか。


「うん」

 これもまた彼女の願い。無論、断る気は無かった。



 改札口を出て、歩いて十分。


 街灯の少ない国道。

 その道路は自然と落ち着いた雰囲気が漂っていた。


 一歩前を歩く彼女が立ち止まる。

 雅人は立ち止まる詩織の視線を追った。


 目の前にあったのは、道路に面した喫茶店。

 店前の上部、木製の看板に描かれた『喫茶 杏』と言う言葉。

 それが喫茶店の名前の様だ。


 詩織は少し緊張した表情で喫茶店の扉の前に立つ。

「よく行くの?」

 いつもと詩織の雰囲気が違う。

 目で見てわかるほどだった。

「お母さんがいた頃はよく。幼稚園の帰りとか、小学校の帰りとかが多かったかな。今は時々来ているけど」

 ドアノブを掴み、詩織は思い出した顔で言う。

「――そっか」

 微笑み、雅人も扉へと向かった。


 ここは母親の思い出の場所。

 だから、君はこんなにも明るい雰囲気なのか。


 そして、詩織はゆっくりと扉を開いた。

 同時にドア上のベルが鳴る。


「いらっしゃいま――あら」

 カウンターにいた女性はベルの音に気づいたのか、視線を扉側へと向けた。


 スタイルの良い明るい雰囲気。

 容姿だけ見れば二十代の様に見えた。


「優香さん、こんにちは」

 詩織と女性の目が合うと、挨拶する様に会釈する

「詩織ちゃん、もしかして――彼氏さん?」

 後ろにいた雅人を驚く様にまじまじと見つめた。

「い、いえ、違います。その……友達です」

 恋人に近い友達。

 それが詩織の本心だった。


 私たちが生きれば、本当の恋人になれるのかもしれないけど。

 しかし、詩織はこの世界でこれ以上生きる気は無かった。


「佐伯雅人と言います」

「あら、そう。私は江口優香。この店の店長よ」

「あ、店長なんですね」


 従業員に見えた。

 学生のアルバイトと言われても、納得するほど彼女は若く見える。


「ええ。詩織ちゃんには生まれる前からお世話になっていたのよ」

「生まれる前から――」

「お母さんが好きだったのよ」

「あ、そうなんだね」

「いつもの席に座る?」

 優香の目の前、隅のカウンターに視線を向ける。

「いや、今日はテーブル席でお願いします」

「わかったわ。奥のテーブル席にどうぞ」

「ありがとうございます」

 席に座ると、詩織はアイスカフェオレを頼んだ。

 雅人も合わせる様にアイスカフェオレを頼む。

 それもガムシロップ二個入りの甘いカフェオレだった。


 ブラックコーヒーを飲みそうな彼女が、子供が好きそうな甘いカフェオレを飲む。

 驚きのあまり、雅人は笑みが零れた。


 それから一時間ほど、二人は他愛も無い話をする。


 日々、君が好きなものを知ることが出来る。

 詩織のことを知る度、詩織へと思いが増していった。

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