第16話 彼女との日々(11)
ジェットコースターの次。
僕らが向かったのはお化け屋敷。
雅人は正直、詩織がお化けに驚いて抱きついて来ると期待していた。
しかし、そんなことは一切無かった。
詩織は驚きの声すら上げない。
淡い期待だったのだ。
「怖くなかったの……?」
出口で呆然と雅人は言った。
突然人が出てきたり、いきなり音が鳴ったりして、僕は驚いたけど。
「うん」
とぼけた様な声を出して頷いた。
「あー、そうなんだ」
不思議と驚いた自分が情けなくなってきた。
良いとこ見せたかったのに。
「……驚いた拍子に抱きついた方が良かった?」
どこか申し訳なさそうな眼差しを詩織は雅人に向けた。
「いやいや、そう言う訳じゃ無いよ」
本当はそう言う訳だけど。
それは男として言ってはならぬ。
「そうなの?」
「うん。……うん」
淡い期待をした数分前の僕。
ごめん、僕は君を否定する。
「なら、今度は思いっきり抱きつくわ。あなたの大好きな薄暗い空間で」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、後半の言葉を強調した。
僕の大好きな薄暗い空間。
雅人にある光景が蘇った。
「……ごめんって」
唐突に掘り起こされるカラオケボックスでの僕の強行。
「でも――」
躊躇う様に詩織は俯いた。
途端に雰囲気が変わる。
雅人は恐る恐る息を飲んだ。
「本当は少し痛かった――の」
「え?」
思わず聞き返す。
あの時はあんまり反応が無かった様に見えたけど。
「怖いと思った」
眉を曲げ、不安げな顔をする。
「……僕が?」
確かにあの時の僕は、狂気の一言だったかもしれないけど。
「いえ、あなたじゃないの。その……、知らない世界を知るのが」
初めての体験。
知らない世界。
人生には、知らない恐怖があった。
「詩織……」
あの時の彼女からはそんな恐怖は感じられなかった。
「だけど、今ではあの出来事が良かったと思える。だって――」
「だって?」
「だって――あなたに会えたんですもの」
ゆっくりと肩を寄せ、詩織は笑顔を見せた。
静止した世界。
彼女の笑顔が僕の脳裏に焼き付く瞬間だった。
「僕も詩織に会えて良かった」
君に強行しないと知らなかった。
本当の神崎詩織を。
世間から見れば、歪んだ出会いだろう。
それでも、僕は良い出会いと思ってしまった。
「人生って、最期までわからないものね」
呆気に取られた様な顔で詩織は呟く。
「そうだね」
まさか、詩織とこうして二人で遊園地に行けるとは。
死のうと決意した時は思ってもいなかっただろうに。
気の向くままに。
気が向いたら死のうとしていたあの日の僕よ。
「人生は巡るものなのかもしれないわね。――最後はあれにしましょう」
そう言って彼女が指差したのは、コーヒーカップ。
巡る僕らの人生。
人生と同じ様に、これから僕ら自身も巡るのだ。
「おー、このタイミングでか……」
最後に目が回る乗り物か。
目が回りそうなほど変化したこの日々の様に。
ここ数日間の人生の様で、雅人は不思議と断れなかった。
「回るの嫌い?」
引き気味の雅人に詩織は不安そうに聞く。
「……多分」
乗ったこと無いけど。
少なくとも、三半規管は弱いはずだ。現にバスは苦手。
「なら、やってみましょう。案外、大丈夫かもしれないわ」
活気のある声で言う。
今の彼女からは疲れは感じられなかった。
「う、うん」
少し強引に僕の手を掴む詩織。
僕の手を引く彼女は幸せそうに笑っていた。
僕はこの時を忘れないだろう。
不思議と確信があった。
コーヒーカップ。
彼女と対面的に座る。
開始のブザーが鳴った。
次第に土台が回って行く。
「回すわよ」
そう言う前に詩織はハンドルを回していた。
回るコーヒーカップ。
無邪気に笑う君。
身体を巡る酔い。
幸せな感覚と具合の悪い感覚が循環する様に巡っていた。
次第に雅人の意識は遠のいていく。
「大丈夫……?」
心配そうな詩織の声で目が覚める。
コーヒーカップに座る雅人の隣で、詩織は抱きつく様に寄り添っていた。
「んー、多分」
瞬きを繰り返し、現実の実感を確かめる。
そして、雅人たちはコーヒーカップを降りた。
気がつけば、もう十七時半。
夕日が沈もうとしていた。
隣を歩く詩織。
沈んでいく夕日を眺め、雅人は悟った。
僕らのこの関係は長くは続かない。
初めからその前提の関係なのだと。
わかっていたはずなのに、雅人の中では続いて欲しいと言う思いもあった。
共に死のうと言ってくれた彼女と共に。
どうやって――死のう。
雅人はふと考えた。
少なくとも僕が確実に死ねる方法を。
彼女が死んで、僕だけが生き残ってしまう。
夢から覚め、彼女と出会う前の世界に戻ってしまう様な。
そんな世界はあってはならない。
僕はもう、彼女がいない世界では生きられない。
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