第19話 彼女との日々(14)


 雅人の部屋。


 ドアを開けると、目の前には丸形のテーブル。

 右には机、左には白いベッド。


 シンプルな部屋だった。


「もう脱いだ方がいい? それとも脱がしたい?」

 彼女は部屋を眺めた後、不思議そうに首を傾げた。


 テーブルの横にカバンを置き、制服のボタンに手を掛ける。


「……直球だね」


 変な意味で積極的。

 別にサービスとかじゃないんだから。


「それはあなたに私の身体を捧げたんだもの。捧げた以上はそれなりのことはするわ」

「うーん、なるほど」

 変に律儀。思わず、雅人は感心した。

「で、どうするの?」

「んー、それじゃあ――後者で」

 丁寧に雅人は一礼する。

「……わかった」

 同意した様に詩織は小さく頷くと、ベッドに向かった。


 雅人もベッドに向かい、行動を起こす。


 ――本当にこれで良いのか。


 少し迷いがある。

 そんな雅人と裏腹に彼女の表情は、次第に開放的になっていた。


 長い髪を広げ、狂い乱れたその表情。

 学校で委員長をしている真面目な女子生徒には、とても見えなかった。


 僕が彼女を狂わせたのか、壊したのか、歪ませたのか。

 そう思うと、不思議と興奮した。


「ねえ、詩織」


 小休止。

 雅人はベッドの外に足を出し、脱力した様に座った。


「何?」

 少し息を荒くして疲れた様にベッドで横になる詩織。


 真っ白な身体に点在する小さな赤い模様。


 カラオケボックスで見た時よりも痣が増えていた。

 必然的にそれが頻繁に起こることなのだと雅人は理解する。


 最初に見た時は冷めた気持ちになったけど、今はもう慣れてしまった。

 本来はこの光景に慣れるべきでは無いと思うけど。

 それすらも、愛おしく思える様になった。


 彼女は僕に死のうと言ったが、果たしてどうやって死のうとしているのか。


 雅人はふと、詩織の死に様について考えていた。


「仮に……」

 あまりの言葉に雅人は躊躇う。

「仮に?」

 気になる様に詩織は耳を傾けた。

「仮に僕が君の首を絞めたらどうするの?」


 やる気は無い。

 仮の話だ。

 君の死に方の話。


「……そう言うプレイ? そう言うので興奮する人なの?」

 呆然とした冷たい視線を向けられる。

「いやいや、違うよ」

 世にはそう言う性癖の人もいるらしいけど。

 まだ僕には無いよ――まだ。

「あら、そうなの」

 どこか意外そうな顔をしている。


 彼女には、僕がそんな性癖のある人に見えたのか。

 ――否定出来ないけど。


「それでどうなの?」

「んー。――死んじゃうかも」

 詩織は可笑しいのか、笑った。

 その笑みは幸せそうに見える。

「そりゃ、死んじゃうでしょ」


 当たり前の話だろうに。

 僕の力なら当然、君の華奢な首は折れてしまう。

 さすれば、僕は間違いなく人殺しだ。

 愛おしい君を殺した人となる。


 愛おしい君が僕の手で死ぬ。

 不思議と抵抗感が無かった。


「でも、それも良いかもしれないわね」

 寝相の様に姿勢を変え、雅人に近づいていく。

「……良いの?」

 目の前にある詩織の頭。

 思わず、雅人は頭を撫でてしまう。


 サラサラとした長髪。

 手触りも心地良い。

 見とれていた彼女の髪。


 目の前にある現実が夢では無いことを願った。


「だって、私は私を愛してくれる人の手で死ぬのだもの」

 撫でられながらも、詩織はそっと微笑んだ。


 自身の手の中で微笑む彼女。

 言葉にならない感情が込み上げる。


 雅人の脳裏に過る、ある詩人の生涯。

 彼は恋人と入水自殺をした。

 しかし、自身だけ生き残り、その後自ら命を絶った話。

 中学生の頃、国語の授業で教師が語った話だ。


 以前までは、彼の行動が理解出来なかった。


 なぜ最愛の人と自殺するのか。

 自殺する必要があるのか。


 せっかく生きられたのに、また死のうとしてしまうのか。


 それも今は、痛いほど理解出来る自分がいた。


 最愛の人と死ぬ。

 その大きな価値に。


 生き残る。

 その大きな苦痛に――。


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