第10話 彼女との日々(5)


 第二回、公園会議。


 待ち合わせ時刻の十分前。


 公園のベンチで待っていると、駆け足で詩織がやって来た。

 待ち合わせの十分前には来る当たり、彼女の時間に対する誠実さがよくわかる。


「待った?」

「ううん。僕もさっき来たところ」

 三十分前には来ていたけど、考え事をしていたらあっという間に時が過ぎていた。

「そう。――よいしょ」

 明るい声でそう言うと不敵な笑みを浮かべて、詩織は雅人の横に座った。


 彼女でもよいしょと言う言葉を使うのか。

 意外で雅人は呆然としていた。


「なに? どうしたの?」

「いや、神崎もよいしょって言うんだなって」

「……言うわよ。おばさんって言いたいの?」

「いやいや、そんなこと思ってないよ」

 きっと彼女はおばさんになっても、綺麗な女性だろう。

 そんな彼女の姿を想像する。


 しかし、その姿は僕が見る日も無く、

 彼女もなる日が来ないと気づいた。


 ――まあ、別に想像したって良いじゃないか。

 夢見たっていいじゃないか。


 だって――『夢』だもの。


「そう……。それで佐伯くん、何か良い案考えてきた?」

「んー、うん」


 彼女の言う良い案とは、ここで話す議題のこと。


 最初の議題は、お互いの好きな食べ物について。

 これは雅人の案だった。


「神崎、何でも食べられるイメージがあるけど、食べられないものってあるの?」

「うーん、基本的に好き嫌いは無いけど…。あ、お肉はあまり食べないかな」

「どの肉とかあるの?」

「どれもかな…。あ、でも、鶏肉はたまに食べるかな」

「ヘルシーだね」

「お母さんが結構健康に気を遣った食事を作っていたから、あんまりお肉の料理は食べて来なかったからかも」

 右手を人差し指を唇に当て、詩織は思い出している様に顔を上げる。

「あー、なるほど。神崎も料理するの?」

「私は……そんなに」

 途端に詩織の雰囲気は暗くなった。

「そんなに?」

 そんなにの尺度がわからない。

「……出来ないもの」

 しょんぼりとした顔で詩織は俯いた。

 大人びた雰囲気の彼女が、今は子供の様な雰囲気をしている。

「出来ないの?」

 思わず聞き返した。

 自身でも失言だと気づく。

「うん……。どうしても上手く行かなくて」

「へえー、意外だね」

「意外?」

「うん。何でも作れそうなイメージがあったからさ」


 制服姿にエプロン。

 台所で和食を作るその姿。

 妄想の様なそんな想像を雅人はしていた。


「そんなイメージあるのね、私は」

 申し訳なさそうな眼差しを向ける。

「でも、神崎も人なんだね」

「……まだ人間よ?」

 解せない顔で詩織は雅人を睨んだ。

「そ、そうだね」

 まだとはどう言う意味なのか。

 まだ生きている。彼女はそう言いたいのか。

「佐伯くん、あなたは私を何だと思っているの?」

 頬を膨らませ、詩織は上目遣いで雅人を見つめた。

「何だと――」

 咄嗟にカラオケボックスの彼女を思い出す。

 ――そう言うことじゃない。

「変態……」

 呆れた様に詩織は小さくため息をついた。

 どうやら、僕の心境を見透かされているみたい。

「ごめん」

「それで?」

 さっきの返事は。

 じっと詩織は雅人を見つめた。

「あ、えーと、何でも出来る人」

 僕の勝手なイメージ。

 だから、料理が出来なくて驚いたのだ。

「何でも――ね」

 その意味を噛み締める様に、詩織ははっきりと告げる。

「才色兼備。全知全能。前の神崎はそんな雰囲気していたよ」

 高嶺の花と思っていたから、そう見えただけかもしれないけど。

「……それはそれで、私の演技は良かったとことね」

 解せない顔をしながらも、感心した様に頷いた。

「演技?」

「ええ。良く見せるための演技」

「演技だったの?」

 とても演技に見えなかった。

「芝居とまではいかないけど。他人にはよく見られたいじゃない?」

「そ、そうかな?」

 僕はあまり気にしたこと無いけど。

「そうよ。だから、私は委員長になったんだもの」

「あ、そうなの? てっきりクラスをまとめたいのかなと」

「思うわけ無いじゃない。複数人の意思なんて、そう簡単にまとめられるものじゃないもの」

 感情が無い様にあっさりとした顔で詩織は言う。

「……なるほど」

 彼女の言葉は不思議と説得力があった。


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