第9話 彼女との日々(4)


「なるほど……」

 彼女の儚げな言葉に思わず感心する。

「それで佐伯くん」

「ん?」

 どうして彼女は、目の前の公園の景色を見たまま会話をしているのだろうか。

「私ってどんな風に見える?」

 振り向く様に雅人を見つめ、ゆっくりと首を傾げた。


 どんな風に――。


 僕は彼女をどう見ていたのか。

 下心丸出しで見ていたかもしれない。


「うーん……。委員長?」

「委員長って、どんなイメージ?」

「真面目? 誠実?」

「それ以外は?」

「成績が優秀とか?」

「がり勉って言いたいの?」

「まあ、そうとも言うかも」

 一期末のテストで彼女は学級一位。

 その内、三教科は学年一位の成績だった。


 今の僕なんて、ワーストから数えた方が早い成績。

 とても、彼女みたいにはなれない。

 覚える気が無いからか、授業を聞いていても何も入って来なかった。


「その……佐伯くん」

「はい、何でしょう」

 じっと見つめられると、不思議と固まってしまう。

「肩書じゃない私は?」

 探し求める様に彼女は迷った顔をしていた。

「肩書じゃない――」

 彼女の言葉を理解する様に息を飲む。


 そもそも肩書とは何か。

 肩書とは、立場や性格、能力を簡易化した単語。

 

 肩書じゃない彼女。

 何者でも無い彼女。


 目の前にいるのは、

 委員長の神崎詩織でも無く、

 優等生の神崎詩織でも無かった。


 雅人と同じ、死を望む一人の少女。

 それが今の神崎詩織だった。


「誰にでも同じ様に接するところかな」

 思い出した。なぜ、僕が彼女を好きになったのか。


 容姿や声は勿論のこと。

 決め手はそれでは無かったことを思い出す。


「……そう?」

「うん。意識して無いの?」

「うーん。別に考えていなかったわ」

 良い意味で彼女は考えていなかったのだ。

「どうして?」

「どうして……って。それに考えても意味が無いじゃない」

「意味が無い?」

「誰もいつかは死ぬ人間。私もあなたも。その世界に人の善し悪しなんて無いじゃない」


「――そうだね」

 覇気の無い声で雅人は頷いた。


 生まれた僕らに平等に与えられたのは死。

 確かにそれは善し悪しも無く、全ての人に訪れる。

 だから、彼女はどんな人であれ、平等に接するのか。


 自身を尊敬する者にも。

 自身を妬む者にも。

 自身を嫌う者にも。


 ――自身を愛する者にも。


 彼女の中では、自分を嫌おうが好もうが関係無い話だったのだ。


「じゃあ、がっかりしたところは?」

 不満そうな顔を雅人に向ける。

「がっかりしたところ?」

「そう。私に対してがっかりしたこと」

「うーん……」

 困った。はっきり言うと無い。

 しかし、彼女はその回答を求めてはいないだろう。

「――死のうと思ったことかな」

 強いて言うならば。

 その時抱いた感情はそれに近いだろう。

「がっかりした?」

 詩織は不思議そうに首を傾げた。

「そりゃね。学校での神崎しか見ていなかったから驚いたよ」

 彼女の陽だけ見れば、理解出来ない。

 ――陽だけ見れば。

「そうかも。でも、私もがっかりしたのよ?」

 反論する様な眼差し。

 少しだけ不満げに頬を膨らませていた。

「え?」

「カラオケ店に着いたら、すぐに私を襲うんだもの」

「――うっ」

 言い返す言葉が無い。

 がっかりと言うより、それは失望じゃなかろうか。

「もう少し会話があっても良かったんじゃないの?」

 先ほどよりも頬を膨らませる。

 不思議とその顔が愛らしく思えた。

「それは……そうだね」

 胸が苦しい。これは罪悪感だろう。

「でもまあ、それがあったから、私たちはここにいるのよね」

 雅人の選択が正しい様な言い方で詩織は言った。


 少なくとも僕の選択は正しくないはず。

 特に君にとっては。


「そう言って貰えると助かるよ」

 雅人は便宜上の言葉を告げた。


 それから、雅人たちはクラスの話をする。


 今の僕らには、共通の話題がそれしか無かった。


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