許せない許したくない許すわけがないオレと、許せるキミ。被害者が許すのか?

アルガ

許す

まえがき あんまり勝手に強要するのも良くないっす。史帆ちゃんの言うことも分からんでも無いけどね……現実味ないとか言わんどいてね





「なあ、どうしたんだよ? ……史帆しほは許したくないのか?」


大輝だいき……」


 絶望に打ちひしがれ、泣きじゃくる女子高生の前にオレは立つ。

 目の前にいるのは史帆。父親の痴漢疑惑が起きたせいで、家庭が崩壊しかけている。さて彼女は、こんな状況でも加害者を許すことが出来るのだろうか……いや、人に強要しておいて出来ないなんて無いだろ、なあ史帆。



 オレはそこらへんの高校生、篠田大輝だ。いつかこの田舎から離れて、都会で暮らしたいなんて考えている一般高校生。


「おはようっ! 大輝!」


 少しだけ特徴を挙げるとすれば幼馴染みの同級生がいる。そう、今さっき挨拶してきた子のこと。高島史帆という名前で、生徒会長でありバレー部のエースだ。周りからは「釣り合っていない」なんてよく言われる。正直、隣を歩くのを躊躇してしまうほどだ。


「おはよ……今日テストあるけど、どこ出るか教えてくんね? 報酬は購買のサラダパン!」


「よし、乗った! ふっふっふ……これさえ覚えれば百点満点だから、ちゃんと覚えてねっ」


 こんな風に日々をノリで生きているようなオレに、あんな悲劇が待っているなんて想像すら出来なかった……


『──至急、会議室に来て下さい。篠田大輝至急、会議室に来て下さい』


 史帆とくだらない話をしつつ、学校に登校したあと呼び出しを食らってしまった。史帆とはクラスが違い、荷物を置いたらテストの出題傾向を聞きに行くつもりだったのに……はぁ、運がねえな。男友達が「お、やらかしたか」「おいおい、留年だったら笑えねえぞ」とからかってくる。うーん、平々凡々に暮らしてきたから心当たりがない。すこし怖いな。


 ギャーギャーと騒がしい廊下を通り、別棟にある会議室へと小走りで向かうと、会議室には重々しい空気がヒシヒシと感じ得た。留年……いや、そんな心当たりももちろんない。

 会議室にいる人達は、普段からよく見かける担任の先生や教科担当でなく、校長先生だったり生徒指導の人、そして見たことのない女性。


「えーっと、この子が篠田大輝ですが……この子がやったんですか?」


「ええそうよ! コイツが私をして、暴力も振るったのよ!」


 ……は!? な、なんだそれ。知らないぞそんなの! あまりの出来事に言葉も出ない……


「……では、篠田君。今月の〇〇日、午後七時ごろあなたは何をしていましたか? 誰かと一緒にいたとか、どこに居たとか。覚えていないかな」


 いつもは広い体育館の、壇上でしか見たことのない校長先生がオレに詰め寄る。焦りのせいか、どうにも言葉にできない。言葉が出ないせいでより焦る。


「こ、今月……今月、は五月。それで〇〇の日は、えっと……あ、七時は家に……あ違う。あの、あのえっと……分かりま、せん」


 そのあと、どうやって教室に戻ったのかは覚えていない。けどオレを見る周囲の目は、刺々しく突き刺さり恐怖だった。

 それに脚に重りを付けられたような、気持ち悪いものがまとわりついているような感覚。それが座っていようが、立っていようがそれは取れない。


「おー大輝。どうした? 具合悪そうだけど」


「あ、ああ。大丈夫」


 どうしよう。多分だけどあの日は家にいた……はず。なんか頭痛い……やば



 目覚めた先は病院だった。大病院とは言えないけど、大体の人は知っている病院で寝ていた。やがて巡回してきた看護師が説明してくれて、どうやら気絶してしまったらしい。そして運悪く、頭の打ち所が悪く一週間も寝っぱなしとのこと。

 西からオレを照らす太陽は、ギラギラしていていつもより痛い。


「そろそろ両親の方が来るので、ゆっくりしてて下さい。何かあればナースコールを気軽に押してくださいねー」


 看護師さんの言う通り、三十分ほどしたらオレの両親が慌ただしくやってきた。しかし、妙なことにスーツを着ていて固さが目立つ。父も母の両方がスーツを着ている。


「この馬鹿もん! そんなことするまで落ちぶれたのか!」


「痛っ……はぁ! なんで殴るんだよ父さん!」


 勢いそのままに父さんはオレを殴りつけてきた。母さんは泣いている。嗚咽しながら、こんな風に育てた覚えはないなんて言っている。一週間寝ていただけで殴られるか? むしろ、心配するのが普通じゃないのか。


「見ず知らずの女性を強姦して……何考えてんだ! 大輝!」


 あ、そうだ。気絶する直前、オレは会議室に行っていたのか。それで……ああ、否定できないまま一週間過ぎていたのか! じゃあオレ……強姦魔のまま、話が進んでいた……?


「えっいや、それは誤解だって!」


「もういい、それ以上喋るな。示談金は払っておく……相手の方がお前に配慮してくれたんだ、退学だと困るだろうって」


「うぅ……何を間違えたの私は。頑張って育てたのに、こんなのって……」


 そう吐き捨て、オレの両親はこちらを見ること無く去っていった。どうしてオレを信じてくれないんだ。どうしてのあっちを信じるんだ。どうしてオレが寝ている間、勝手に犯罪者だと決め込んで話し合いをしたんだ? どうして……


「私は信じているよ」


 気絶から回復し、両親や周りに弁明出来ずに寝ていると史帆がやってきた。開口一番、彼女が口にしたのはオレへの信頼だった。毎日、毎日、放課後になるとやってくる彼女の存在はありがたかった。そして、両親もろくにオレに会いに来ようとしないから、味方は史帆しか居ないと感じるようになっていた。


 そうしてオレは、史帆や看護師達の懸命な看護によって、ものの三日で歩けるように回復していた。家に帰ると、オレのことは眼中にない両親と、オレ宛の手紙。手紙の内容は「死ね強姦魔」「犯罪一家」「私のこともそんな風に見ていたの」って感じだった。似たようなのばっかりでよく覚えていないけど。

 それとネットで有名になった。中学の卒アルも出回っていて、コメント欄には「犯罪者の目ってやっぱりよな」「コイツの両親は〇〇に勤めている」っていうのが、上位を占めていて印象的だった。


「ねえ学校、行ってみない?」


 と史帆に誘われることもあった。流石にすぐ、学校に行く気になれず一週間は要したけど行くことに決めた。これも全部、史帆のおかげだ。両親……いや、あのゴミ達は不干渉を貫いていた。


 学校では、まあ普通に虐められた。普通に情報が出回っているらしく、なんかやり口まで盛られているみたい。でも、耐えられている。史帆のおかげで。

 殴られることもたくさんあった。犯罪者相手だからか、教室で堂々と殴られたり、律儀にも机の上に花をいけたりと。そんな状況、史帆は許すことなく仲裁に入ってきてくれて嬉しかった。もちろん、教師連中は助けてくれなかったけど。


「こんのクソ野郎! 人類の敵め、さっさと死んじまえ」


「あんたのせいで登校中に変な目で見られるんだけど!」


 なんてこともたくさん言われた。


 否定すら出来なかった事件から、はや数ヶ月。あの事件は冤罪だと証明してくれる人が現れた。オレを強姦魔と言い張った女性が貢いでいたホストの男性。どうにも、あの女性の金回りがおかしいと気づいて問い詰めたらしい。そしてウソだとわかった。一瞬で終わった。でもって、ホストの人は示談金を返してくれるとのこと。


 あとそもそも、オレのゴミ両親が払ったのは示談金ですらない。そういう書類もなく、ただただ警察に言わないで下さいってお金。校長とかも、全国的にしたくないからそうしたらしい。

 結局は大々的にニュースとなり、管理体制どうなっているんだと追求され校長は辞任。そして、両親や友達だった人達が謝ってきたけど、どうにも許せず家に引きこもっていた。ただ史帆が来てくれたときは、流石に顔を合わせるけど。


「……え? あいつらを許せって?! どうしてだよ」


「ほら、もうみんな反省しているしさ。別クラスだって沈み込んでるんだよ。大輝の両親も見てて辛くて」


 いやいや、なんの冗談を言っているんだ史帆は? 許す許さないって周りじゃなくて自分が決めることだろ。いくら史帆の言うことだっていうのに、どう考えてもおかしい。


「ふざけんなよ!  アイツらが何したか分かっているのか?! 息子を信用せず、知らねえ女に金渡したんだぞ。しかも、ろくに飯も用意してくれなかったしよ!」


「大輝落ち着いてって……大人の気持ちになって許してみない? あ、そろそろ家帰るね」


 そう言いつつオレの部屋の扉に手をかけ、帰っていった。許すってなんだよ。


「なっんでだよ! あああああ!!」


 暗がりの部屋で暴れ狂う。教科書や参考書の入れられた本棚も蹴り飛ばし、クローゼットの制服を取り出す。カッターで切り裂いても、この怒りは引っ込まない。イジメのときも、両親から信じられなかったときでも感じなかった怒り、抑えられない。


「だっ大輝! ちょっとどうしたのよ!」


「大輝……しんどいか、病院行くか?」


「うるせえ! 黙れ黙れっ! くそ」


 このクソ両親共、こんなときですらオレを見ていない! 病院って馬鹿かよ。オレの目を見て心配しろよ!

 史帆もオレを見てないじゃないか! そうだ、オレのクソ親と犯罪者のクラスメイト、それしか見てねえじゃないか。


「……外行く。飯いらん」


「ちょっと大輝……」


「……」


 ここ最近は貰っていないお小遣いを手にし、頭を落ち着かせるために外に出る。史帆の言うことが全く分からない。なんで加害者を被害者が許さねばならないんだ? クラスメイトども、元友達はもう良い。どうでもいいが、親は許せねえしクソッ。


「あ、あの大輝くん……その、元気? かな」


 オレの通う高校とは違う進学校の女子で、昔は同じ中学校の神埼だ。仲は良かったが、高校が違うとなれば交流が少なくなった。まあ今でも友達と言える良いやつだと思う。なぜなら、史帆と同じで一応信じてくれているっぽい数少ない健常者。


「ああ、神崎さん。久しぶり」


 なにより、こちらを見下すような冷ややかな目線を送ってこない人物なんだ。それだけで心は休まる。スマホで通話するのが主だったのに、一体どうしたんだろう。クソ親に言われて見に来たのか?


「その……困っていたら何でもするよ? だから死なんて選ばないでほしいなって……」


 あぁ、よく見れば目の前に川がある。自分でもビックリだが、まさか無意識のうちに死にたいなんて思っていたなんて。死んでもどうでも良いけど、なんかアイツらに負けた気がして嫌だなあ。

 そうだ、復讐してみようか。復讐は蜜の味って聞いたことあるし、その実験も兼ねて良いかもしれないし。


「何でも? じゃあ共犯者になってよ。死なない代わりにさ」



 それで冒頭に繋がる。共犯者になってくれた神埼が、史帆の父を痴漢だってギャーギャー騒ぎ、ついでにオレも痴漢してたの見たって騒いでって感じ。まー簡単だった。これの上位版が、あの嘘つき女性って思うと納得だ。なんというか、正義だったり隠蔽者が真実を隠してボロ儲けってイメージだな。

 で、数週間したら勘違いでしたって言う。……ま、オレの下位互換の冤罪だったけど史帆の家は崩壊しかけている。いや程度なんて関係ないか。


「で、許せるんだよな。オレも似たような張り紙されまくったけど、ちゃんと全員許したしな。お前の両親さ離婚したらしいけど、きっと大丈夫だって。オレの家族も団欒して一緒に飯食い行ったし」


「……」


「なんか言えよ。なあ」


 返答は明日へ持ち越しと思っていたが、史帆はどこかへ行ってしまった。夜逃げ同然であったためか、彼女の家は「痴漢」だったりとか適当な言葉が書かれた張り紙がまだ残っている。冤罪という証明はされているから、夜逃げなんて想像もしていなかったな。

 結局のところ、オレも最低な行為をして終わった。あと復讐は蜜の味じゃなく、復讐を計画しているときが楽しかっただけだった。


「神崎さん、オレが首謀者なんだよ。そんなに気背負わなくたって良い」


「うっうぅ」


 可哀想で愚かな神崎さんは、優しい子だ。誰かを陥れる行為にトラウマを抱えてしまったらしい。えづいていて今にも吐き出しそうに見える。オレはいつものように容器を取り出し、吐瀉物に備えるため構える。

 多分だけど、あの一週間気絶していたときに死んでいるのが正解だったんだろう。そんなことを考えながら、今日とて今日とて彼女未満の彼女を看病する……

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