第10話

「気づいたらすでに結婚休暇に入っていてな、丸二ヶ月呼び出しにも応じず、ずっと領地にこもっておった。文句を言われぬよう仕事は全部割り振ってはいたようだが、急な用事が多くてな」


 しみじみ、ため息をつく皇子。


「ご愁傷様デス……」


「お陰で九十九回目まで、期間が空いてしまった。危うく間に合わぬかと思うたぞ。許せ」


「いや、いいよ」


 そんな言い方されたら、まるで僕が喚ばれるのを待ってたみたいじゃないか。


「やはりそなたは優しいな」


「えぇ……?」


 なんでそうなるんだよ。

 しかしあの二人が結婚かぁ。この世界って、性別は気にしないのかな。ここの運命の相手とやらは、ずいぶんランダムのようだ。

 セオドアさんって、すごく有能なんだけど、自己中そうにみえて実はその通りだしなぁ。

 ……あれ、おかしいな。フォローしようと思ってたのに。

 ギャビー大丈夫かな。

 そんなことを思いつつ、皇子の前にもカプツェのカップを置いた。


「これは……」


「色々頑張ってるみたいだし、お疲れ様」


「う、うむ……」


「こないだ飲み損ねちゃったし、ちゃんと正式なやつで淹れたからね」


 付け加えたら、カチャカチャ、なぜか五月蝿いほどカップの音が鳴った。皇子の方からだ。


「む、前の代わりとな。よもやそなたから……、これはそういうことだと思っても良いのだろうか」


「?」


 意味がわからなくて聞き返そうとしたら、皇子が息を弾ませて、僕の顔を見つめている。心なしか、瞳もキラキラしていたり。


「飲んでもいいのか?」


「うん、そのために淹れたんだし」


 ここには僕と皇子しかいないし。


「そっ、そうか。そなた自ら……」


 やけに感動している。そいや、僕自分から皇子にお茶を淹れたことあったっけかな。

 大抵ギャビーが淹れてたし、いなかったらセオドアさんだ。今は二人ともいない。


 あ、でも言われて淹れたことはあったかも。

 アオイが上手く淹れられるようになったか、俺自ら審査をしてやろうって。僕のためとか偉そうだったから、ワザと不味く淹れてやろうかと思ったくらいだ。


 でもカップを差し出したら、そりゃもうすごく嬉しそうな表情をしてたし、「ま、まぁ、こんなものかな」と咳払いとともにコメントされた時、ちゃんと淹れて良かったと思った。


 いつもは取り澄ました顔が輝いていて、なんだか子どもみたいでね。不覚にもちょっと可愛いって、思ってしまった。今は僕より体格がいいのに、その時の顔が重なって、変な気分になりそうだ。

 皇子って、そんなにカプツェが好きなのか。


 カプツェを淹れるくらいで、こんなに感動されるなら、これからもちょくちょく淹れてあげてもいいかもしれない。

 大したことできない僕だけど、ひとつくらいは皇子を喜ばせることができるのは嬉しい。

 皇子たちの都合とはいえ、お世話になってるし。


 ちょっと回数多い気もするけどさ。

 ふふっと、思わず笑みをこぼすと、目の前の皇子と目が合った。なぜかマジマジと僕の顔を見ている。

 僕もしかして変な顔だったかな。


 もみもみと、眉の間を揉むと、まだ僕を見ている。もしかして、固まってる? こころなしか、頬もほんのり薔薇色になっているような。

 皇子は色が白いから、よく目立つんだよね。でも顔を赤らめても美形だから、却って艶が増して、背後に花が咲き乱れる幻想まで見えて来る。むぅ。


「リュー、どうかしたの?」


「あ? あぁ、そなたの……、いやなんでもない、なんでもないぞ」


 なんでもないと言う割に、わたわた慌ててるみたいだし、いつもよりオーバーアクションだし。僕がどうとか言いかけてたけど、やっぱり変な顔だったかな。

 あ、そういえば、聞いてみたいことがあったんだ。


「そうだ、アオイ、カプツェの淹れ方についてだが……」


「それよりリュー、番っていきなりなるものなの?」


「それより!? ……はぁ、アオイの世界では、番というものが解らぬのだったか」


 大きく肩を落とすと、ちろりと、睨まれる。わからなくてすみませんね。一介の異世界人なんです。

 僕の座った目に気づいたのか、コホンっと皇子は咳払いした。


「……あ~、そうだな。番とは普通、出逢えば判るものなのだが、ギャビーのようなウサギ族など一部の部族は、成人するまで封じておるのだ」


 カップを大事そうに両手で抱えると、ほんのり頬を染め。こころなしか落ち込んだ声で、ため息混じりに、歯切れ悪く教えてくれる皇子。

 嬉しいんだか落ち込んでるんだかよくわからない。なんて器用な。長い尻尾もパタパタしていて、忙しそうだし。


 皇子の話によると、この世界の大抵の種族は発情期というものがあり、成人を迎える年に顕れるものらしいのだが、たまにない種族もいるらしく、その場合は生まれてすぐ、成人するまで番封じというものをつけて、周囲に判らないようにするのだとか。


「発情期があれば、その間だけ対策すればいいのだが、ない種族は二次性徴後常に対策せねばならぬ。幼いころに封じた方がまだ楽なのだ」


「発情期のない種族だけじゃなく、みんな封じたりとかはしないの?」


「さすがにな。それ自体が我らの本能であるし、外した時の反動もある」


 ギャビーは二ヶ月前に成人して、城内で設けられた祝いの席で、封じを外した直後に攫われたそうだ。そこで外しちゃうギャビーもだけど、セオドアさん、なにやってんの。

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