第11話

 番同士が惹かれ合う力はかなり強いらしく、未成年の心と身体を守るためにと、この国では数代前の皇帝が決めたらしい。

 セオドアさんの様子を聞く限り、素晴らしい決定だと思う。歳の差婚もあるだろうし、未成年相手の十八禁、いくない。


「セオドアはまだいい。成人まで待ったとはいえ、少なくとも生まれた時には、存在を感じることができたそうだしな」


 説明してくれつつも、不機嫌そうな表情を浮かべる皇子。なんでも番というものは、封じてなければ、世界のどこかに存在しているかどうかくらいは判るようだ。


 まぁ、この世界それなりに広いらしいから、相手と出会えたセオドアさんは、かなり運がいいらしい。

 それでも二ヶ月も仕事放り出すのはどうかと思う。まだ社会人経験ない僕だけどさ。


「怒ったりしなかったの?」


「あぁ、……この世界には『番特例』と言う言葉があってだな」


 なんでもこの世界、大抵のことは番あるあるで許されるらしい。なんだよそれは。

 やらかしは自分も経験があるから、他人のやらかしも寛容なのだそうだ。まぁ、解らないでもない。


 いや、そんな言葉が生まれるくらい、この世界、番関係のやらかしが多いってこと? なにそれこわい。

 思えばギャビーも、いきなり攫われたとか言っていた。元の世界だとそれ、犯罪なんじゃないのかな。


「そういえば、リューにも番はいるの?」


 確かこの世界の成人は二十歳のはず。皇子は僕と同じ十九歳だから、同い年ならまだ見つかってないのかな。


「えっ? それは……まぁ、な」


「……そっか」


 言葉を濁す皇子。照れたように染まった頬は、肯定だろうか。眼差しや口元が優しく緩んで、なんだか色気まで感じられる。

 初めて見る皇子の表情に、僕は目を見開いた。


 少し遅れてぽつりと、僕の心に黒い染みが落ちたような気がして、みるみる広がっていく。

 心臓もきゅううっと、なにかに掴まれたように痛くなって、僕は思わず俯いて胸を押さえた。


 あれ、おかしいな。僕はなんでこんなにショックを受けてるんだろ。

 思わず目の前の皇子に助けを求めようとしたんだけれど、まだ緩く弧を描く口元に気づいて、なにも言えなくなった。

 この痛みの原因がなぜなのか、わかってしまったから。


「あっ、あのな、アオイ」


「……ごめんリュー、今日は帰ってもらってもいいかな」


 沈黙に耐えられなくなったのか、話し始める皇子の声に、被せるように僕は口を開く。


「えっ!?」


「ほっ、ほら、僕ここに来たばかりだし、ちょっと疲れちゃったみたいでさ」


「そっ、そうか。……それはすまなかったな」


「ううん、ごめんね。あんまり食欲もないし、今夜はご飯もいいや」


「行きたがっていた場所もか?」


「うん、……ごめん。今日はもう寝るよ」


 俯いたままそう言うと、皇子はしばらくそばに来て立ちすくんでいたみたいなのだけど、やがて「わかった、ゆっくり休め」と、部屋の奥の扉から出て行った。


「……なにやってんだか」


 扉が閉まる音が聴こえるや、僕はテーブルに突っ伏して、ため息をつく。

 まったく、なにをやってるのか。僕すっごく嫌なやつだったよね。

 皇子とは世界が違うとはいえ、これでも長い付き合いだ。


 マリーちゃんの結婚話も、結構衝撃的だったし、前に友人の田中から、彼女ならぬ彼氏を紹介された時も、それなりにショックだった。友達が自分から離れていく、知らない人になったみたいな寂しさだ。


 それと同じなはずのに、リューに言われて、なんで僕はこんなになっているんだろうか。

 具体的に言えば、指一本も動かしたくない。

 懐いていたテーブルからなんとか身を起こし、ソファーに倒れ込むと、両手で両目を覆う。

 ため息を吐くと、さっきから引っかかっている言葉を思い返した。

 番って、要するに恋人とか奥さんだよね。


 ギャビーのことは、僕の知らない間のことだ。そこへ持ってきて、マリーちゃんや皇子と、立て続けに相手ができたって聞いたから、取り残されたみたいで、心の中がもにゃっとしてしまったんだろう。


 皇子は次期皇帝なんだし、むしろおめでたいことだよ、ね。きっと相手はちゃんとした家柄の、すごい美女だろうし。こんな風に、ショックを受けてる方がおかしい。

 でも番がいるなら、僕にも紹介してくれても良かったのに。お祝いの言葉くらい、言えるのに。


 僕にとっては友達で幼馴染でも、皇子にとって僕は、単なる召喚間違いの常連でしかないのは、解っているけど。

 そいや、ギャビーもセオドアさんも男同士のはずなんだけど、この世界の運命の相手って、同性同士もありなんだ? 田中もそうだし、僕はまぁ、そゆのに偏見はないけど、さ。皇子が誰とくっついたって、僕には関係ないことだし。うん、関係ない。関係ないぞ。

 キリキリと痛む胸を押さえる。


 ――夜景、行ったら楽しかったかな。


 さっきまで、目の前に座っていた相手を思い浮かべた。


「やっぱり、皇子は苦手だ」


 はふぅ、大きく息をつく。

 今日はもう寝よう。

 鉛のように重い身体をなんとか持ち上げる。ゾンビって、こんな感じかも。

 僕はベッドの上の、ギャビーが準備してくれていた、なぜか薄くて透けてる生地の、パジャマというより下着を取り上げた。


 ギャビー、これどこから持ってきたんだよ。女性のものと間違えるとか、ほんとに天然ドジっ子だよな。

 うんざりした思いでそれをソファーに置いた僕は、広いクローゼットから、適当に選んだチュニックに着替えて、ベッドに潜り込んだ。


 やっぱり部屋が広すぎて落ち着かない。とはいえ滝はいらないけどさ。

 眠れなくて羊を数えていたら、途中で羊の執事に変化して、ドヤ顔で柵を越え始めた。セオドアさんめぇ。

 僕はぽふぽふと、ひとしきり枕を叩くとそこに顔を埋めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る