第8話

 そろりそろりと安西の後ろに下がって身を隠すと、ホッと息をつく。

 安西壁ありがたやと、心の中で手を合わせる。まだ心臓がバクバクするよ。


「俺の力は貴公らの枷だが、あくまで貴公ら限定の能力だ。魔物の力は強く、この世界の人間ではどうにもならん。貴公らの力が必要だ」


 彼は辺りを睥睨すると、改めてこちらに向き直る。


「とはいえ、俺は貴公らを召喚したが、むやみにこの力は使わぬし、無理に旅立てとは言わん。残る者は咎めぬし、衣食住は保証しよう。ただ、一度の召喚での帰還は一度切り。帰れるのは勇者を選んだ者たちが、戻ってきてからになるがな」


 息を呑む音が聴こえて周りを見ると、他の人たちはお互い視線を交わし合って、様子を伺っている。皇子はそれを見て、鷹揚に頷いた。


「さて、それでは俺は用ができた。貴公らは出立までゆるりと過ごすがいい」


 皇子はそう言って歩き出すと、安西の後ろに身を潜めていた、僕の身体をひょいっとすくい上げて、身を翻すと扉へ向かった。なんとっ!?


「え、本田?」


「本田くん!?」


 後ろで安西たちの、驚いた声が聞こえてくる。


「お、皇子、なんで?」


「……」


 しかし皇子は僕を横向きに抱き上げると、開かれた扉を無言で潜って、廊下をずんずんと進む。


「皇子……り、リュー?」


「なんだ」


「どこに行くの?」


「我らの部屋だ。すぐ戻れなくて、すまなかったな。寂しくて迎えに来てくれたのか?」


「へ?」


「部屋に戻ったらセオドアのやつが、召喚者たちの手続きの書類がどうだの、彼らに説明をしろだのと五月蝿くてな。サッとすませるつもりが、思いの外手間取ってしまった。許せ」


「え、いや別に怒ってないし」


 許すもなにも、皇子のこととかすっかり忘れてたし。


「優しいな、そなたは」


 優しい? どこからそんな言葉が出てくるのかと、首を捻る僕。

 だが皇子はそんな僕に気づかないみたいで、チュッと髪にキスをした。

 ホント皇子ってば、どうしたんだろう。召喚されてからこっち、欧米人並みにスキンシップ激しい。腰取ってくるわ、膝の上乗せられるわ。


 でも髪に息を吹きかけるのは、止めて欲しいんだけど。まさかモグモグしないよね。

 よだれは指だけで、十分だよ。


「重ね召喚も今回で終わり。やっとあの世界から引き剥がせる。もうしばらくの辛抱だ」


「へぇ、そうなんだ?」


「うむ」


 意味はよくわからないけど、やけに機嫌がいい。僕にも笑顔を向けてくれるのは不思議だけど、こういう時の皇子は、下手に触ると機嫌を損ねるから、適当に話を合わせておくに限る。


「今回の召喚は、なにをしに行くんだよ?」


 確か最初に喚ばれた時は、世界を滅ぼす力のある魔王を倒すとかで、その次は国に攻めて来た竜王を倒すとかだった。

 喚ばれる理由は様々で、前々回は山奥の大蛇を倒すとかで、前回は隣の国の魔獣退治だったかな。


 あれ、気のせいかな。だんだん敵がショボくなってるような?


「あぁ、前回とは別の国の魔物退治だ。なかなか手強いやつだと聞くから、そなたは大人しく城で待っておれ」


「あうん、邪魔しちゃいけないしね」


 僕が参加したら、また足を引っ張ってしまう。それより恥ずかしいから、下ろして欲しい。時折通りかかる人たちがこっち見てるし。構わないって? そりゃ皇子はいいかもしれないけどさ。


「殿下!」


 青の宮殿へ向かう回廊の途中、突然後ろから聞こえる声に、皇子の肩越しに視線を向けると、腹黒執事――じゃなくて、セオドアさんがこっちに向かって来ていた。

 心なしか皇子の歩くスピードが速くなる。


「おう――リュー、後ろ」


「なんだ、部屋はこちらで合っているぞ」


「そうじゃなくて、セオドアさんが」


「アオイ、あいつの名を呼ぶなと言ったであろう」


「殿下! 無視しないでください」


 早足の皇子に、負けないくらいの速さで歩くセオドアさん。あ、皇子が名前呼ぶなって言ってたっけ。

 でもセオドアさんをセオドアさんと呼んじゃいけないって、一体どう呼べばいいんだろう。

 ますます足速になる皇子に運ばれつつ、僕は暢気にそんなことを考える。


 ここは腹黒羊とかだろうかと、首を捻っていると、追いついたセオドアさんが、皇子の正面を遮った。皇子の顔が苦虫を噛み潰したような、不機嫌な表情になる。


「五月蝿い。あやつらへの説明は終わったはずだ」


「そうやって、すぐサボらないでください。彼らに付き従う従者の選抜やその準備、宿泊先の手配や他諸々がまだです」


「そんなもの、そなたが適当にやっておけ。大体まだ儀式の途中だったのだぞ!」


「儀式?」


「そんなものこそ、後でいくらでもできるでしょう。決裁は全部殿下の調印が必要なんです。それにアオイ様も仮縫いが残ってます」


「そんなものとはなんだ!?」


「仮縫い?」


 いきり立つ皇子の隣で、首を傾げる僕。


「えぇ、新しい服のですよ」


 皇子をスルーして、にこりと、僕に笑いかけるセオドアさん。強い。

 でもなぜだろう、にこやかなのに笑顔が怖い。


「ええっと、今でも十分にしてもらってるし、お気遣いなく」


 最近は毎回来る度にサイズを測られていて、新しい服を作ってもらっている。そろそろクローゼットが服で埋まりそうな気がする。あ、でも部屋を引っ越して広くなったんだった。


 悲しいことに、成長期ももう終わりそうだし、そう毎回新調しなくてもいいと思う。僕は単なるオマケだし。


「そうはいきません。こちらが勝手にお呼びしているのです。ご不自由のないようお世話するのが、私どもの役目」


 そう言われると、断りにくいなぁ。

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