第7話

 どうして僕らのように争いなどしたことのない場所から、勇者が選ばれるのだろう。

 押し付ける気はないけれど、僕らの世界と言えど、もっと場慣れしている人はいるだろうに。


「俺は楽しみだぜ」


 だが緊張感高まる中、嬉しそうに舌舐めずりする男がいた。

 色が抜けた枯れ葉のような金色の髪。背は僕と同じくらいなのに、野生味のあるがっしりとした体格をしている。


 片耳にピアスをしていて、見るからにチャラい。腕に自信があるのだろう。不遜な笑みを浮かべていた。

 たまにいるのだ。元の世界よりこっちの世界の方が肌に合う人が。


「お前も俺につくなら、守ってやってもいいぜ」


 舐めるような視線で青山さんを見る。


「けっ、結構です!」


 青山さんは安西の背中に隠れてしまった。うん、僕よりはずっと頼りになるだろうしね。

 部屋の中には、僕を含めて異世界人は九人。

 僕ら同じ大学のサークルメンバーが五人、他は居酒屋にいた人たちだ。


 サークルメンバーといっても、安西と青山さん以外は新入生で、今日の歓迎会で初めて会ったんだけど。


 友人同士なのか、怯えたように手を取り合っている。彼らは確か僕の向かいの席に座っていたはず。安西は僕の隣で、青山さんはその隣。

 やっぱり今回も僕を入れて九人だった。八人と巻き込まれの僕が一人。


「んだ、お前、そんなひょろいやつにつく気かよ」


 金髪男が不機嫌そうな表情を浮かべる。

 確かに安西より男の方が背は低いけど、体格はいい。でも単純に運動神経だけなら、この世界の人たちの方が上だ。問題なのはそれ以外。


「つくつかないじゃなくて、俺たちは同郷の仲間だろ。一緒に困難に立ち向かうべきじゃないか?」


「はん、綺麗事言ってんじゃねぇよ。ようは敵を殺せばいいんだろ。弱っちぃやつらとちんたらやってられるかよ」


「騒がしいな」


 男が安西に掴みかかったところで、扉が開いた。知った声に振り向くと、皇子だ。彼は僕らの方をちらりと見た後、すっと目を逸らして男を見る。


「【これはいらんな】」


 キィンと、空気が震えた。ガラスを引っ掻いたような音を立てて、皇子の口から言葉が漏れる。

 彼がそう言うやいなや、後ろに控えていた衛兵が男を取り押えた。


「なっ……」


「連れて行け」


「お、おい! お前ら俺に助けて欲しいんじゃねぇのかよ!?」


「九輪のひとつとはいえ、輪を乱すものは不要だ」


「くっ!」


「広部!?」


 彼の連れらしき男が叫ぶ。広部って、彼の名前かな。

 途端、バリバリと広部の身体から電撃のようなのもが放たれる。彼のチートだろうか。なんてうらやま――じゃなくて、当たったら大変だ。


「【霧散】」


 だが皇子が呟きとともに手をすっと上げると、僕の耳がキンと鳴った。瞬間、バシリと火花が散って、電撃が散る。



「なっ、なにしやがった!?」


「最初に言ったはずだ。召喚主には効かないと。【捕縛】」


 皇子が最後の言葉を言うと、また耳鳴りがした。安西を始めとした、異世界から来た他の召喚者たちも耳を押さえている。

 召喚者を従わせるため、召喚した者が使う能力だ。


 皇子がこの力を使うのは、異世界人とのトラブルの時だけらしいのだけど、異世界人である僕らからすると、見ていて気分のいいものじゃないし、初見じゃそんなのわからない。

 現に隣にいる安西や、周囲の人たちの顔も強張っている。

 男は立ち上がろうとするのだけど、兵士たちに押さえつけられて、身動き取れないみたいだ。


「あ、ありがとうございます」


 青山さんが皇子に駆け寄ると、頭を下げた。


「いや、みなに怪我がなくてなによりだ」


 皇子がそう言うと、硬い表情をしていた青山さんの頬が染まった。僕としては、いささか面白くない気持ちだ。

 解ってる。皇子かっこいいもんな。僕なんか、普段から可愛いとか、褒め言葉にもならない言葉しかもらったことがない。


 ちなみに安西も、入学したてのころから、彼目当てのサークル希望者が後を絶たない人気者である。くそぉ。

 皇子はそんな僕の心情など知らぬげに、周囲を一通り見渡すと、口角を上げて笑顔を作った。


 普段から皇子は大体笑顔だ。笑顔が消えるのは、僕を見た時くらい。

 それでもここまで満面なのはなかなかない。薔薇の花が開いたかのような、美麗な笑みだ。なにかいいことでもあったんだろうか。


 後ろに控える衛兵さんたちも、驚いているのか、ザワザワしている。うんうん、変だよね。

 皇子は気づいてるのか無関心なのか、後ろの兵士たちになにかを告げると、広間を横切るように歩き出した。


 皇子ってば行動がいちいち華になるな。まるでこの場は、彼のために用意された舞台みたいだ。圧倒的な主人公みを感じる。

 やがて彼が僕らのそばへと来ると、安西が口を開いた。


「助けてくれって言っていたけど、俺らなんて必要ないんじゃないか?」


「それはない」


 皇子は安西の方を向くと、隣にいた僕をちらりと見た。つい今までの笑顔はどこに行ったのか、キツい視線だ。

 待ってろと言われて、黙って出てきたから怒ってるのかな。まさかここで会うとは。って思ったけど、皇子は異世界人担当なのだから、ここに来ても不思議じゃなかった。

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