第1話

 初めて異世界に召喚されたのは、僕が九歳になったばかりのころだ。

 その時一緒に召喚されたのは、当時のクラスメイトたち。

 異なる界を越える時、僕らの世界の人間は、チートと呼ばれるような、超常能力を得ることができる、そうだ。


 それを利用してダリューン皇子の世界では、世界の存亡の危機を迎えると、僕らの世界から勇者と呼ばれる存在を召喚している、そうだ。

 他にもある、パラレルワールドと呼ばれる、たくさんの世界の中、どうして僕らの世界の人間だけがチートを得られるのかは、よくわかっていないらしいのだけど。そんな理由で僕らは召喚された。


 九歳といえども、チート能力を得たクラスメイトたちは、この世界の誰よりも強い。むしろ大人より容赦がない彼らは、あっという間に世界の危機を救ってしまった。

 この本田碧衣、僕を除いて。

 なぜだか彼らの中で唯一、僕だけ能力が発現しなかったからである。


 足手まといの僕は、ずっとパーティーのお荷物状態で、しまいにはお城へ返品された。そりゃ当然だろう。

 能力の発現しなかった僕は、勇者ではなく勇者召喚に巻き込まれたのだと、大人たちは判断したのだ。


 戻されたといっても、勇者たちの旅が終わるまで、帰れない僕にできることはない。

 そんな僕の相手をしてくれたのが、ダリューン皇子だった。


 皇子は僕と同い年で、当時の召喚の指揮を執っていた、彼の父王について来ていた。後で聞いたら儀式の引き継ぎとかで、召喚自体も彼がやったらしい。初召喚だったそうだ。

 それで僕を知っていたわけなんだけど、僕のことを能力がない役立たずだのと、散々こき下ろしてくれた。事実なんだけど、心抉られるよね。


 だからみんなの役目が終わって帰れた時には、どれだけホッとしたことか。

 帰ったら記憶は消えて、この世界のことを忘れてしまうことと、戻る時間は召喚された九秒後と説明されて帰ってきたんだけど、なぜかその記憶、僕だけが残っていた。

 試しに一緒に異世界に行ったクラスメイトたちに話を振ったんだけど、なんのことだかって顔つきをされてしまった。ちゃんと僕以外は、記憶から消えていたのだ。

 説明しても徒労に終わり、しまいには僕の頭の方が疑われ始めたので、それ以上話を振るのは止めた。


 どうせあれっきり、行くこともできないんだ。夢だったんだと思って、忘れることにした。

 のだけど、それから三年後、なぜか再びこの世界に召喚されてしまう。

 またしても召喚に巻き込まれた形で。

 以来十九歳になるまで、僕は度々この世界へ召喚されている。その数今回入れて、通算九十九回。


 ちょっと多すぎじゃない? 単純計算で大体月イチだよ。

 いい加減、こっちを巻き込まないで欲しいんだけど。

 そもそも後一回で大台とか、どれだけ滅びかけてるんだよ、この世界。軽率に僕らを喚びすぎてると思う。


 もう、僕は巻き込まれ召喚のプロといってもいいんじゃないかな。この世界にもすっかり詳しくなってしまったし、城下町でどこのお店のご飯がお勧めかまで言えるくらいだ。

 ちなみにマリーちゃんちの黒猪亭のシチューが鉄板である。異論は認めよう。いやそうじゃないよね。


「アオイ様アオイ様」


 白い柱の続く長い回廊を、とぼとぼと、宛がわれた部屋へと向かう僕の後から、長い耳をぴょこぴょこさせたウサギの獣人が着いてくる。

 小柄で、クリクリした垂れ目がちの大きな赤い瞳と、真っ白な髪。右目の端にある泣きぼくろが印象的だ。

 毎回僕のお世話をしてくれる、ギャビーである。

 彼は僕の横に並ぶと、大仰に拍手した。


「アオイ様、九十九回目の召喚、おめでとうございます!」


「めでたい、のかなぁ?」


 声は元気なのだけど、左手にしている白い手袋のせいで、ポフポフとしか音が鳴らなくて、なんだか締まらない。

 今まで手袋なんてしてなかったのに、気分転換だろうか。この世界、手袋が流行してるのか、宮殿内や城下町にも、している人をよく見かける。

 片手だけとか、指が出ているやつとか、様々だ。


「めでたいですよ! 九十と九回、ですし」


 やけに回数を強調してくるなぁ。

 僕が召喚された回数を把握しているのは、彼が毎回これを言うからだ。

 別にめでたくないと思うのだけど、頭の上から生えている、ウサギの耳がピルピルして可愛いから、僕の方に文句はない。


「九十でも九十八でもない九十九ですよ。素晴らしいです。愛は世界を救うのですよ」


 バンザーイと手を挙げて、小躍りまで始めている。異世界人にはわからない感覚だけれど、そんなに喜ばしいことなのか。むしろこの世界にも、万歳があったということの方がすごいかも。


「まぁ、数は多いけどさ」


「ですね!」


 ギャビーが話す度、ヒョコヒョコと耳が揺れる。やはり可愛い。癒される。

 この世界の人は、みんな獣の耳や尻尾や鱗といった、獣相を持っている。


 元々は僕みたいな獣相のない人間ばかりだったのだけど、ある時世界を巻き込む大崩壊とかいうものが起きて、生き延びるために様々な生き物と融合したそうだ。


 そういう意味で言えば、チートがなかったら僕らの世界のような爪も牙もない人間、無能以外なにものでもないよなぁって思う。人間の能力プラスアルファだもんな。

 ま、それが僕なんだけどさ。しょぼん。


「アオイ様のお部屋はそのままにしてありますからね」


 戻ってくること前提なのはどうかと思うけど、使い慣れてる場所はありがたい。などと考えつつ、いつも世話になっている部屋が見え始めると、僕は足を止めた。

 ぽふっと、背中にギャビーがぶつかってきて、思わずよろめく。ひ弱そうに見えても、ウサギの脚力、舐めちゃいけねぇ。痛いっての。


「どうかしたんですか?」


 不思議そうに声を上げるギャビー。


「遅かったな」


 いつから立っていたんだろう。僕にあてがわれた部屋の、緑の扉の前にダリューン皇子がいる。

 とっさに回れ右しようとしたら、まだそこにいたギャビーとぶつかって、今度は尻もちをついてしまった。

 あぁ、今回もついてない。

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