異世界召喚にはもう巻き込まないでください!

るし

序章

 辺りが一瞬眩しくなったと思ったら、僕はまったく別の場所にいた。


「おい、ここはどこだ!?」


「うぅ……」


 薄明るい、陽の上りたての朝の光のように、ぼんやりと薄明るい室内を見回すと、僕の近くには呆然としていたり、うずくまっていたりする男たち。

 更にその周囲には、ヨーロッパ近世を思わせる騎士の格好をした人々。俯くと、足下には魔法陣がある。

 これはよくあるテンプレ的な、異世界転移というやつだ。


「おい、本田。大丈夫か?」


「うん」


 隣に立っていた安西が、僕にそう尋ねてくる。ここに来る前、座っていた椅子から放り出された僕は、地面に座り込んだまま、彼を見上げた。

 世界を越える時、柔らかい空気のクッションにでも包まれていたのだろう。ふんわり地面に転がされたお陰か、身体に痛みはない。

 どちらかというと、いきなりの場面転換に心がついていけてないのかもしれない。いつものこととはいえ、心臓に悪い。


「立てるか?」


「ん、大丈夫」


 僕より早く立ち直ったらしい。伸ばされた安西の手から目を離して彼の顔を見ると、すっかり普段通りの様子だ。もしかして僕より適応力があるのかも。

 彼とは去年、同じ大学に入って知り合った、友人同士だ。初日からやけに気が合って、誘われて同じサークルに入った。


 今日はサークルの新入生歓迎会で、その真っ最中に、一緒に召喚に巻き込まれてしまったようだ。

 他のサークルメンバーも何人かと、同じ居酒屋にいただろう人たちもいる。

 見なくても知っている。全部で九人だ。


 僕は彼の手を借りて立ち上がると、周りを見渡す。室内は広くて、余裕でサッカーくらいできそうだ。その真ん中に僕らがいて、騎士たちにぐるりと囲まれている。


 室内は厳かと言ってもいいくらい静かなのに、ずいぶんと物々しい。

 やがて正面の騎士たちの人垣が割れ、奥から長いマントを身にまとった青年が歩いてきた。

 襟足が短めの銀色のさらさらした髪と、サファイアみたいな青い瞳をした、すごい美形だ。


 ただ僕らの世界と違うのは、彼の頭に生えている、ふさふさした毛を持つ、少し尖って丸まった耳と、腰から伸びる、猫のように長い尻尾。真っ白な豹のケモ耳とケモ尻尾だ。

 他のフルフェイス鎧以外の兵たちにも、様々な耳や尻尾がついているのが見える。

 この世界は、獣人たちのものなのだ。


「よくぞ来たな、勇者候補たちよ。俺の名前はダリューン・トア・アイゼンディ。この世界のアイゼンディ皇国の皇位継承者だ。おいセオドア」


 彼は傲岸不遜な表情で堂々と名乗りを上げると、そばに控えていた青い髪の青年に目配せを送った。セオドアと呼ばれた彼の頭には、羊のように丸い角が生えている。


「御意」


 セオドアさんは、ダリューン皇子に大仰にお辞儀をすると、丸縁メガネをくいっと上げ、僕たちの方へと振り返る。

 黒い詰襟軍服の代わりに、黒いタキシードを着たら、そのまんま羊の執事さんだろう。笑うところじゃないけれど。


 無機質に整った顔に嵌まった金色の瞳と、銀色の縁取りのあるメガネ。丸い角は青い髪から生えている。

 胸の前に伸ばされた、真っ白な両手袋が、目にも眩しい。


「ようこそみなさん、この世界は今魔物により脅かされようとしています。そこで我らは勇者候補たるあなたたちを、別の世界よりお喚びいたしました。どうかこの世界を救っていただけませんか」


 ダリューン皇子に比べたら、よほど柔和で丁寧な物言いに、周りの人たちの緊張が少し緩んだのがわかった。


「突然わけわかんないこと言うなよ!」


「ざけんな、元の世界へ返せよ!!」


「俺ら単なる一般市民なんだけど?」


 安心したせいだろう、召喚された人々から次々に文句が飛ぶ。どれももっともな意見だ。

 ちょうど居酒屋で飲んでいたのだろう。酔いが回ったか醒めたかで、みんな機嫌が悪くなっているみたいだ。


 だがセオドアさんは、優しい表情を崩さないまま、周りにいる騎士たちになにやら告げる。と、途端こちらに向けられる槍、槍、槍。そしてまた萎む男たちの意気。


 救っていただけませんか? なんて建前でしかない。生殺与奪件を握っているのは向こう側なのだと、こちらに思い知らせるように。

 みんなは気づいてなかったみたいだけど、柔和な物言いも、向けられる武器も、総ては予定調和のように事務的で無機質だ。

 そりゃそうだろう、実のところ彼らにとって召喚は、日常茶飯事のいつものことだからだ。


 けれど、その中でも彼は、それを楽しんでいる気がする。服の色と同じくらい腹黒なんだよな。オマケにドエスだし。

 外見の温和な羊姿に騙されてはいけない。

 なぜそう言えるのかというと、僕は彼のことをそれなりに知っているからで。


 ため息をつくと、僕は安西と一緒に、また怯えてしまった人たちの後に続こうとし、途中で襟首を捕まれて引き戻された。


「おいアオイ、そなたはこちらだ」


 見上げると僕より頭二つ分くらい高い位置から、サファイア色の瞳が、僕を見下ろしている。


「どうせまた今度も、同じだろうしな」


 精巧な人形のような整った顔が歪むと、目が逸された。口元に手を当て、いかにも不本意そうな声が絞り出される。うん、みなまで言わなくてもわかってるよ。

 どうやら僕は、『また今度も』召喚に巻き込まれてしまったようだ。

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