第2話

「そなたの部屋は位置替えになった」


 そう言って皇子に連れてこられたのは、今までいた緑の宮の左奥にある青の宮だった。

 この国の王宮は、五つの宮殿から成っていて、王と王妃の住む白金の宮を中央に、四つの宮がある。


 青の宮は皇太子である皇子のための宮殿で、他と同じ白亜のお城なのだけれど、近くには薔薇の花の庭園や大きな噴水があったりと、形は似てるけれど、今までいた宮殿よりも豪華だ。


 なんで皇子の宮殿なのだろうと、まだ痛むお尻を撫でつつ不思議に思ったものの、二人して無言のまま、白い大理石のフロアを横切る。

 やがて到着したのは、なんだか煌びやかで、広くてお高そうな青の扉の前。位置替えとは。


 当然のように先に立って、エスコートしてくれていた皇子が立ち止まった。ピッタリこちらに寄り添って、左手はなぜか僕の腰の辺り。この立ち位置ずっと気になってたけど、ここに来るまでの間聞けなかった。無言の圧力怖い。


 皇子、僕の性別把握してると思ってたんだけど。なにせ、十七歳で彼が背丈を追い越すまで、僕の方が背が高かったし。

 あの時の得意そうな顔。僕より背が高くなったことが、そんなに嬉しかったんだろうか。僕より皇子の方がずっとスペック高いし、気にするほどのことじゃないと思うのだけどな。


 でもさっきだって不本意そうな顔をしてたのに、こうして親切(?)にしてくれるんだから、皇子は真面目だよね。


「なんだ?」


 隣に立つ皇子が、不思議そうに僕を見たので、慌てて首を横に振る。

 一緒だったギャビーは、皇子を見た途端、ぴゃって耳を逆立てたかと思うと、「あっ、後はお若い人同士でっ!」とかまるでお見合いの仲人みたいな台詞を吐いて、いなくなってしまったし。置いていかないで欲しい。


 大体僕は皇子とはお互い相性が悪いと思うんだ。向こうも絶対そう思っている。仕方なく世話してくれている証拠に、今もむっつりと不機嫌そうなオーラを醸し出してるしね。

 それより安西たちは大丈夫かな。たぶん今ごろ色々説明を受けてるはずなのに、説明するはずの皇子がここにいるし、これいいのかな。


「入るぞ」


「あ、ありがとう」


 エスコートにお礼を言って部屋に入ろうとすると、当然のように皇子も入って来た。僕の部屋といっても、僕はお城の居候で、ここの持ち主は皇子だけどさ。

 でもわざわざ部屋の中まで来るなんて、他になにか用事でもあるのかな。


 考え込んでいた僕は、部屋の真ん中まで来た辺りで、ようやく部屋の様子を見ようと目を上げ、辺りの光景に、思わず立ち尽くした。


「わぁ」


 室内は広かった。マラソンができそうだ。僕の実家ごと入るかも。

 そしてやたらと豪華だった。

 今までいた部屋もそれなりだったのだけど、こう、格が数ランクくらい上がっているというか。


 全体的には白と青系統で統一されているのだけれど、繊細優美な白い家具といい、毛足の長い絨毯といい、五人くらい並んで眠れそうな天蓋つきのベッドといい、巻き込まれ召喚でお荷物な僕には、分不相応すぎじゃないかな。


「カプツェでいいか?」


「あ、うん」


 景色に気を取られていた僕は、釣られるように答えてしまう。慌てて口を押さえたけれど、時すでに遅しで、皇子はテーブルのそばにあった、ワゴンの上のカップをひっくり返して、お茶の準備をし始めた。


「皇子、そういうのは僕が」


 一応彼は皇子様だ。こういうの、手づからする立場の人ではない。

 そう思って申し出たところ、じろりと睨まれたから、大人しく口を閉じた。

 カプツェとは、端的に言えばこの世界のお茶のことだ。でも味はコーヒーに似ていて香ばしい。高いのから安いのまでランクがあって、古来から貴族から庶民まで幅広くたしなまれている。


 そんな歴史があるせいか、カプツェは美味しく淹れるための作法があって、僕もこの世界の常識だからと、昔は覚えさせられたものだ。そりゃもう、厳しく。

 ギャビーにいつでも嫁に行けると太鼓判を押されたこともあるけれど、ひょろくても僕も一応男なんだし、婿じゃなくて嫁はないと思う。


 皇子は白磁のように優美な指で、流れるようにカプツェを淹れると、当然のように三人がけソファーを陣取った。一応ここ、僕の部屋だよね?

 言っても無駄だろうから、僕も皇子の向かいの一人用ソファーに座ってカプツェを飲んだ。


「あ、美味し」


 ため息とともに、思わず溢れる一言。

 苦味の中に感じる、ほのかな甘みとハーブの香り。傲岸不遜皇子が淹れたとはとても思えない、繊細なお味だ。


「そうだろうそうだろう」


 得意げに踏んぞり返る皇子を横目に、改めて部屋を見回す。よく見れば家具には細やかな模様が彫られていたり、嵌っているキラキラした石は宝石だろうか。豪華すぎて、あまりにも落ち着かない。

 目の前の皇子には、ピッタリだけどさ。


「あの皇子、この部屋なんだけど」


「なんだ、不満か?」


 じろり、と、睨まれて縮こまる。


「えっと、不満というか」


「俺も少し地味かと思ったんだが、セオドアのやつが、そなたは控えめな方が好きだと言ってな。やはり今流行りのように、部屋の真ん中に滝と池を――」


「やぁ、僕この部屋すっごく気に入っちゃった。余計な物がなにもないところがいいね!」


 部屋の真ん中に滝と池とか、そんな物を置いたら、もっと落ち着かないから。どういう趣味なんだよ、それ。

 僕は先ほどまで腹黒執事とかドエスとか腰巾着とか守銭奴とかサイコパスとか諸々思っていたことを棚上げて、セオドアさんに心の中で感謝した。


 後皇子はさっさと自分の部屋に帰って欲しい。いつまで寛いでるんだよ。

 そう思いつつも、二人して温かいお茶を飲んでいると、いつの間にか張っていた、肩の力が抜けてきた。


「アオイは今回行きたいところはあるのか?」


「今回かぁ……」


 漂う和やかな空気に、異世界召喚ってこんなでいいんだろうかと思いつつ、皇子の言葉に僕は今まで行ったところを思い浮かべた。

 実のところ召喚されたからと言って、必ず旅に出なきゃいけないわけじゃない。嫌なら残ることも可能だ。


 まぁ、全員が残るのは、さすがに困るみたいだけど。

 色々な理由で旅に出なかった勇者候補は、彼らが戻って来るまで、許可をもらえば皇都の町探索くらいならできる。


 旅に出た他の勇者候補の人たちには申し訳ないのだけど、残ることを選んだ人たちにも、快適に過ごしてもらいたいからだそうだ。

 とても複雑だけど。


 そんなわけで、能力のない万年お留守番の僕を、皇子はいつも町に連れて行ってくれている。お荷物な僕に思うことはあるだろうに、責任感強いんだよな。

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