ともえしずか~上野村幼婚歳時記

ともえそう

ずっと一緒  巴10歳:春

第1話 春に出逢う

 ともえは後悔をしたくないように、いつだって本気だ。

 でも、何かを成し遂げようとする時には気おくれするようなことが多い。だから、誰かに居て欲しいと常に思っている。

 そうすれば、どこへだって行ける気がしているんだ。

 そういう風に、自分は生まれてきたのだから。


                  ◇


 小学5年に進級した次の日。始業式翌日だ。春だというのにとても冷えた。

 山と川と空に囲まれた中洲の校門を潜る。すれ違う生徒は普段の半分以下。挨拶はそこそこに先を急ぐ。皆登校が遅れていた。新年度で、進級して数日は慌ただしいから、というのが学校側に黙認されていた理由だ。

 実際、授業を受けるくらいなら、家の仕事を手伝えというのが学校全体の総意だった。朝早く登校してHRホームルームへ顔を出しても、やることがお喋りくらいではそうなる。


「まあ、僕は学校の仕事を押し付けられたんだが」


 自前の買い物袋を持って教室への階段を昇る。


「家の仕事を手伝える子が羨ましいよ」


 今年から担任になった、新人の女性の先生に買い出しを頼まれた。

 パーティーグッズやら、紙テープやらを早朝から商店で購入。もちろん先生の自費。祝い事なのだろう。始業式翌日に祝い事、というのも今更なので奇妙だった。


「奇妙だよな、本当に」


 そう、いつ見ても奇妙な村だ。某県上野町。

 町なのに世俗では村扱いだ。片田舎だからしょうがない。村長の教育方針で県外旅行だの生徒間の自治だのが行われ、小学校のうちから学校らしからぬ雰囲気がある。

 自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、要は勝手に成長して勝手に大人になれだ。幼稚園時代では変だとは思わなかったが、小学校に上がると大人でもやらないイベントばかりで辟易する子も多かっただろう。

 電車の乗り方を学ぼうという遠足が、初めて遭遇した代表例だった。最寄り海岸線と灯台まで連れて行かれて当時の教頭先生からの指示。

 じゃ、上野まで戻って来てくれ、電車で――そう告げられた際は、さすがの巴もイラっとした記憶がある。


「小学2年の学習内容か、あれ」


 巴はその村長に何かと世話になっていたから影響も多分に受けていて、然程違和感はない。ただ、もし転校生や編入生が来たら優しくしてあげてほしいと思う。

 いや――まずは自分から優しくしてあげようか。巴がそうしてもらったように。


「うちの村、転校生多いんだよな、不思議とさ。外国人も多い」


 そんな巴の心のうちを知ってか知らずか、教室の前まで来ると喧々囂々けんけんごうごうと言い合う声が聞こえてきた。巴の幼馴染二人の声というのはよく分かった。思わず苦笑する。

 5年2組の教室に入る。今年からお世話になる場所。心の内で礼をする。

 予想通りHRホームルームの席についているのは疎ら。大体1/3のといったところ。

 そしてこれまた予想通り、教壇の前で幼馴染二人が誰かと言い争っている。常日頃から巴に何かと良くしてくれる大切な親友たち。

 少女の方が、担任の先生に噛みついて、詰問するように言う。


「――そのうち見限られても知りませんよ。いいえ、先生まであれの父親に加担するような真似したら、教育委員会に訴えますからね」

「こ、怖い。小学生の発言とは思えないよ」


 噛みつかれた先生は、初めて担任する少女に恐れ戦いていた。上野の狂犬と綽名された少女相手ではそうなる。

 対して男子の幼馴染が鼻を鳴らして威張った。威張るようなものじゃない。


「上野の村の人間舐めたら怖いってことだ」

「ご、ごめんね? 頼りない先生で。……あ、来た。こっちへ来て」


 先生が、喧騒をぼんやり眺めていた巴を手招きした。


「ごめんね、買い出し頼んじゃって。前もお願いしちゃって。いつも本当に助かるよ」


 ちっとも気にしていない。


「早く来なさい。もう、あんたはぼーっとしてるのか鋭いのかよく分からないわ」

「転校生だってよ。都会から。ほら」


 幼馴染二人が手を振って巴を呼ぶ。


「……転校生?」


 彼女はそこにいた。


 茶色がかったロング、ピンクと黒を基調にしたセーター。身にまとう衣服に皺はなく、髪も全く乱れていない。真横へ結んだ唇と、どこか垢ぬけた雰囲気。

 なるほど、確かに都会の子だ。

 ただ酷く不安げだった。緊張はしてないのに、その姿勢は少し不自然で、儚い。

 孤独な子だ、そう思った。転校には慣れているのかもしれない。ならば寂しい想いもしているだろう。優しくしてあげないと、この学校は大変だから。


「――よろしく。良いところだから、すぐ慣れるよ。僕がそうだったから」


 巴はいつもの通り自然体で声をかける。怖くはない、そう仕草で示す。

 彼女は、びっくりしたように小声で言う。


「なんで……?」

「なんでって。ここの生徒は皆図々しいから、一人でいる時間がない。どうせすぐに忙しくなるから、鉄面皮してることはできないよ。きっと寂しくない」


 幼馴染二人は当然として、ちらりと今確認した今年からのクラスメートもほぼ全員が奇人変人だ。良い子だけど騒がしい。

 頷いた少女は安心したように正面を向いた。


「そう――」

「だからまずはよろしくだ。名前は――」

「あの、私。私は、ひ」


 黒板を視界の端に入れる。ミルク色のチョークで書かれた、彼女の名前。


「――ひな」


 少女――ひなは、うっと詰まった。少しだけ頬が赤い。


静野しずのひな。綺麗な名前だね」


 巴は普段通りに彼女の姓名を評しただけ。でも聞こえないような声色で、ひなに非難された。


「ひどい、自己紹介したかったのに」


 挨拶は向こうからさせるべきだったか。そっちの方が、礼儀正しい。

 申し訳ないと思った矢先に彼女から仕返しされた。


「ありがとう」


 こちらに落ち度があるのに、笑ってありがとうでは仕返しだ。

 でも彼女は意地を悪くして言ったのではない、感謝の念のみだった。

 巴が戸惑っていると、ひなは二の矢を放つ。舌ったらずな声だった。多分、体質的なものだろう。その声に震えも怯えもなかった。


「……うん。よろしく。ね、お名前、教えて欲しいな」

「僕? 僕は八洲巴やしまともえ。大げさな苗字と女の子っぽい名前が、あまり合ってないんだ」


 いつもそう自己紹介している。覚えやすい漢字なのは気に入っているけど。

 ひなは微笑して、やんわりと否定した。


「ううん、綺麗で、かっこいい名前。私は好き」

「そう。そう言う子は初めてだよ」

「ね、やっぱり自己紹介させて。私は静野ひなです。よろしくね」


 ひなは目を瞑ってから、祈るように巴の名を呼ぶ。大切な宝石箱を店頭で探し当て、その宝石箱を抱きしめるような――そんな表情で。


「――巴君」


 巴がどうするべきか迷っていると、少女の幼馴染が背後からパンパンと手を叩いた。


「はいはい、それくらいでいいでしょ。先生、HRホームルーム初めてください。終わった頃にはみんな集まってるから。……本当に集まりが悪いわ。まったく、今年から2年間世話しなきゃならない子たちがこの面子だから、ちょっと憂鬱よ」


 こっちが勘弁してくれよ、と何人かの男子が笑った。最上級生になるとクラス変更はない。揃った顔ぶれのまま来年は6年1組になる。


「てめえら何かあったら俺らに言えよ。困りごとがあったら俺に、いじめがあったらこいつを呼べ。困ってる奴らの面を拝むのは楽しいが、やられちまったら困り顔が見れなくなるからな」


 少年の幼馴染がそう胸を張った。女子数名は、ただのガキ大将じゃん、いじめっ子はんたーい、とまた笑った。

 苦笑した彼は巴とひなを振り返る。


「巴、おめえもだ。……静野もな」

「ああ」


 いつものことだと巴は頷いたが、ひなはうんともいやとも言わない。


「……ひな?」


 訝しむ巴が声をかけると、ひなは慌てて照れ笑いした。


「何でもないの」


 仮決定の席に座るまで、巴は背後や脇から視線を感じた。

 口元に手を当てて、ひなはずっと巴を見ていたようだった。


                  ◇


 HRホームルームが終わって少し長い休み時間。

 さて、寂しがり屋であろう転校生をどうしようと考えた。見ると、幼馴染の片割れ――間宮紅緒まみやべにおが率先してひなの机まで行って話しかけていた。

 紅緒は町議(村だけど)の孫。学校内で民事的な問題が発生すると裏から呼んで介入するのが常。だから先ほどいじめがあったら呼べと紹介されたのだ。

 古い表現だが裏番という奴に近い。それもこの学校全体の。6年生でさえ頭が上がらない。

 どこから来たのとか、趣味はとか、ひなに尋ねている。

 相手に逃げ道を与える言い回しや、会話の呼吸の間隔が本当に上手だ。田舎らしくない心遣い。巴は、だから紅緒が好ましい。

 ひなは、あわあわと余裕のない百面相でそれに答えていた。


 女子のことは女子、と安心して巴は自分の仕事に取り掛かることにした。一旦職員室へ戻る先生を呼び止めて尋ねる。


「今日の校舎外掃除、皆集まって来てないから大変だと思う。やってていいですか?」

「ごめんね八洲君。いつもこの時期は慌ただしくて」

「好きでやっていることですから」


 そう笑って掃除用具室へ向かった。水拭きモップを手に取って返す。

 教室の傍を通りかかった。すると、幼馴染のもう一つの片割れ――黒沢秋吾くろさわしゅうごの声がした。何か、苛ついているような響き。

 ひょいと教室を覗くと、秋吾がひなに絡んでいる。あいにく紅緒がいない。


「これ返してほしければ怒ったり泣いたりしろよ。それが当たり前だろ」


 悪友は手に何かを持っていた。そして責める言葉は、若干脅迫じみた言葉遣い。


「ごめんなさい。よく分からなくて」


 そんな秋吾に対して、困り顔のひなは本当に申し訳なさそうに俯いていた。

 ――多分、紅緒が積極的に話しかけた後、自分も、とそう秋吾は思ったのだろう。朝方俺を頼れと宣言したにも関わらず、心細いであろう転校生は首肯どころか返事もしなかったから。

 秋吾は件の村長の孫。だから別に強要されたわけでもないけど、学校の困りごとを引き受けている。紅緒が民事に対して秋吾は刑事。正確には刑事に発展しかねない連中の統率。生徒会長でもないのに。いや、この小学校に生徒会はないのだが。

 面倒見のいい性格だ。ただ、元から独善的で癇癪もちではあったけど、女子にここまで強く言うのはいただけない。何かもめ事でもあったのか、そこまでは読めない。

 だから珍しく、巴から声をかけた。


「秋吾さ」

「……巴? お前、何だよ」

「巴君」


 振り向いた秋吾は村が壊滅したような忌まわしい顔をしていた。

 対してひなは、感情が読めない瞳で巴を見た。


「どうした? 紅緒と喧嘩してひなに八つ当たりか?」

「ちげえよ。だってこいつが」


 秋吾は、手に持つ小さな箱のようなものを隠した。バツの悪い顔。

 電子端末か何か。上野の小中学校だと持ち込み禁止だったはず。これだけは生徒の情報規制を妨げてしまい、どうしても授業に集中できなくなるからと。


「――こいつが、休み時間だっていうのに紅緒らとあんまり話さねえからよ。見に来たらこれ聞きながら窓の外眺めてるから、少しイラっとしちまって」


 言い訳する悪友は珍しい。釈明に近い。秋吾は頭の裏を行儀悪くかいた。

 よくよく見ると音楽プレーヤーだった。なるほど、これは持ち込み禁止ではない。

 幼友達の一人が、過激なティーンズ小説を持ち込んで女子で読みまわしているほど開放的、悪く言えばいい加減だから。


 ひなは困り顔のままだったけど、秋吾の今の話に対しては極端に申し訳なさはなかった。

 一人にして欲しいか、あるいは一人の方が慣れているタイプか、とそう直感した。

 属する組織と最低限関りを持っている限り、孤独に過ごすのは悪いことではない。感情を出して皆と遊べと――脅迫じみた強要は巴と言えども看過できなかった。

 だって秋吾らしくない。巴にだってそんなことをしたことはなかった。


「やめておいた方がいいよ秋吾。その子、困ってるから。お前らしくないよ」


 巴は泰然自若にいつもの調子で言った。たしなめたつもりはない。

 秋吾は銃弾でも浴びせられた鵯のような顔になった。巴とひなと自身の手の内のプレーヤーを見て。それから額に手を当てた。


「何やってるんだ俺は。……悪かったな」

「あの、黒沢君」


 そっとひなの机にプレーヤーを置いた秋吾へ、ますます困惑したひなが顔を上げた。


「秋吾でいい。うちの村、黒沢多いんだよ。自己紹介でさっき俺含めて3人もいただろ」


 ひなの席から離れた秋吾は、教壇に腰かけてぶつぶつ言っている。

 ひなが巴を見た。何か言おうしていたけど、巴は視線を一つ彼女に飛ばして教室を後にした。


                  ◇


 巴が裏庭の廊下でモップを使っていると、ひなが駆け寄ってきた。


「……何やってるの?」

「掃除。学校の掃除って教室だけじゃなくて他のところもやるけど。今日は進級して人も疎らだから。いくつかの場所は僕がよくやってる」

「よく……? そんなに?」

「修了式とかの行事の時だけだよ。やれる奴がいるなら一人でやれって、僕も言うよ」


 巴が答えると、ひなは何か思案にくれながら、床を這うモップや周囲の様子を伺っている。

 言わんとすることが何となく分かってバケツを片手で掲げた。


「一緒にやるか?」

「一緒に……。いいの?」


 ひなには凄く戸惑いがある。後ろめたいことなんてないのに。そういうことを感じやすい子かもしれない。


「先生も喜ぶからいいよ。あとで僕からも言っておく。ひなは掃除は得意か」

「うちでよくやってるから。やらなくちゃならなくて。汚いよりは綺麗な方がいいものね」


 ぴくりと巴の指が動いたが、モップの方はすぐに運動を始める。今日初めて出会った彼女の身辺の匂いが漂った気がした。でもこちらから聞くようなことではない。


「そうだな。で、やってもらいたいんだけど。実はこれで終わりだ」

「私、急いで巴君を追いかけてきたのに、もう終わっちゃったの?」

「慣れてるからな。年の功より亀の甲。掃除はこれで終わり。ちょっと申し訳ない」


 そう答えると、ひなは残念そうに横を向いた。わざわざ誰かの苦労を買う機会が失われて残念とは珍しい。でも、巴も似たようなところがあるからお互い様か。


「他にないの?」

「あるよ。やるか?」

「やるっ」


 少しだけ大声を出したひなは嬉しそうだった。巴も笑った。


「あとは花壇やプランターの水くれ。誰もやらないんだ。こっちは本気で誰もやらない。擦れてくる最上級生なら分かるけど、後輩の下級生もやらないのは酷いよな」

「普通はやらないと思うよ? 私のいた学校は、いつもそういう世話は先生がやってたし」

「いや、うちの学校もそうだよ。でも先生が面倒くさがってやらない」

「ひどいね」


 指摘したひなはもちろん笑っている。


「本当は生徒に自主的にやらせたいから、先生が業務をわざとスルーしてるだけなんだけどな。でも親の心子知らずで、生徒も面倒くさがってやらない。それで」

「巴君がやってあげてるんだね。凄いね、巴君」

「凄くないよ。誰でもできることだよ。やらないと草花とか可哀そうだろう」


 そう、と頷いたひなは何かに感じ入ったのか、灰色のバケツを洗う巴をずっと見ていた。


 巴は花壇、ひなはプランター担当。

 ひなは掃除はできるが植物の世話は初めてらしい。ジョウロの扱いにちょっとだけど難があった。巴がこうやるんだと手を取って教えると、目を輝かせてハスの実から噴き出る水を眺めていた。


 二人手分けして水をまき終わって教室に戻る途中、1組の担任に呼び止められたた。職員室の窓越し。春だというのにわずかにサッシが開いている。


「八洲。プリント用紙運んでくれ。涼子先生よお、てんてこまいで準備が終わってねえから」

「分かりました」

「いつも悪いな。……そっちの子は?」


 先生はひなを目に留めた。この学校に赴任してきて長い。巴と同い歳くらいで見たことのない子がいれば、おやと思うだろう。


「転校生です。うちのクラスの」

「そうか、一人越してくるって言ってたな。……八洲、結構分量あるぞ。大丈夫か?」


 だいじょう、とまで言いかけた時に、隣のひなが口を開いた。


「私やります。やらせてください」


 強く訴えたひなに、先生は巴と同じくらいの分量の用紙を渡した。

 くっくと無精ひげの濃い口元に手を当てる。これで顔が怖いと怖がられるのだ。良い人なのに損だといつも思う。


「面白い子が入ったな。涼子先生、大変だろうけど。がんばってくれ」


 はいと返事して二人で教室へ向かう。


「重くて大丈夫じゃないなら僕が持つ。大丈夫なら持たない。それでいいか」


 村長の教育の成果かは知らないが、巴は相手の自主性を尊重したかった。そういう意味を込めて伝えると、ひなは両手の上の紙の束と格闘していたけど。首をゆっくりと振った。


「平気。楽しいね、一緒にやると」

「そうか? ……そうかもな」


 一緒か。こういうプリントの配達は先生の言う通り『いつも』巴一人。誰かとやるのは初めてか。少しだけ、楽しい気持ちになった。


                  ◇


 教室に入ると休憩時間はまだ終わっておらず、まだ席に座る子の姿もちらほらレベル。秋吾も紅緒もいなかった。

 さっきの喧騒は何だったのかと首をかしげていると、自分の席に着いたひなは巴に小さめに手を振って、やはり小さく笑った。巴は如才なく頭を下げる。


「手伝ってくれてありがとう」

「違うよ、私が手伝ってもらったの。だって、私ももうここの生徒だから」

「そうだな。ひなの言う通りだ」


 頬を緩めた巴が席に着いたのは、紅緒と秋吾が急いで教室へ駆け込んで来たその時だった。


「あんたが巴見つけるのに手間取るから遅れたんでしょ。大阿保」

「静野探しをやれとケツに蹴り入れて命令してきたのは誰だよ。馬鹿娘」

「だってしょうがないじゃな――ああもう、ほら戻って来てるし。巴、あんたどこ行ってたの」

「掃除と水やり。今日も誰もやってなかったから」

「そう、いつものことね。忘れてたわ。静野さんは?」


 巴へ呆れ顔、ひなへ興味津々という掛け声。


「ひなでいいよ? 間宮さん。私はそう呼ばれる方が好き」

「そう。じゃ、下の名前でいいのね?」

「お母さんたちがつけてくれた名前だから」

「なるほど……ね」

「間宮さんの名前も、お母さまが……?」

「うちは代々命名に法則性があってね……。誰が名付け親でも、結局同じ」


 やるせない声をあげて、天を仰いだ。まあ、気持ちは分かる。


「そうそう、私も紅緒がいいわ。間宮って苗字、正直苦手なの」


 あまり家にいたがらない紅緒らしい。


「それで、どこ行ってたの? 見学? 昼寝? 散歩?」

「うん、お散歩してたら1組の先生にプリントを運んでって言われて」

「それは巴の仕事だろうが」


 自分の机をカンと叩いた秋吾が割り込んだ。

 まあ、別に誰の仕事でもない。強いて言うなら生徒皆の仕事だ。ひながさっき巴に説教してくれた通りに。


「……静野、さっきは悪いな。俺がどうかしてたよ」

「いいの。本当はきっと、黒沢君の言う通り、もうちょっと間宮さ――紅緒ちゃんや皆とお話すればよかったの」

「そうかい。そりゃ良かったな。あと俺のことは秋吾と呼べと言ったよな」


 そう減らず口を叩いた秋吾の様子はもう普段通りに戻っていた。


 巴は気力のプールタンクのようなものに、温いお湯が入ってきているのを感じる。

 転校生への態度かそれはという紅緒、お前もこいつの前ではじゃじゃ馬はやめろという秋吾。未だ言い合う二人の幼馴染と、それを羨ましげに見つめるひなを眺める。


「……不安もあるけど、楽しくなりそうだな。今年も」


 巴の独り言に、隣席の黒沢姓の第2号が興味深く頷いた。

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