弁当と腹の内
それはさておき、朝食はどうしようか……。ここで三波の善意に甘えてみるというのも一つの手ではあるが、そもそも三波が弁当を作りすぎたということが真であるという保証もない。ただ、今の僕が空腹に苛まれているということも、また事実である。
「……ところで、どんな弁当なんだ?」
僕は一つ、計を練った。つまり、弁当とやらが実在することを確認する手立てを掴んだのだ。
すると、三波は何やら鞄の中をごそごそとし始めた。
「ジャーン。こんな感じ」
と、三波はライトブルーのプラスチック製弁当箱を取り出して、蓋を開けてくれた、
僕はその中身を拝見する。白米は弁当箱の片側半分に詰められていて、残り半分にはおかずが詰まっているという、典型的な弁当箱である。ご飯の方は特に評することはないだろうが、おかずを見ると、卵焼きや唐揚げ、タコさんウインナーといった定番なおかずであり、どれも等しく美味しそうである。
「三波の分はちゃんとあるのか?」
箱1つ分作りすぎた、という可能性はあまりにも考えづらいのではないかと考え、実は三波の昼食がなくなるのではという説に思い当たり、それを確認することにする。
しかし、予想に反して三波はもう1つ、弁当箱を取り出すのであった。
「ほら、この通り」
蓋の方こそ開けなかったものの、確かに存在するということは認識できた。作りすぎると言っても、ここまで作りすぎることがあろうか、と一瞬考えてみる。とはいえ、普段料理をしない僕には分からないだけであって、こういったこともあり得るのかもしれないと勝手に納得するのである。
確かに、三波は本当に弁当を作りすぎていたらしい。だが、そのことが僕が弁当を食してよい理由にはならない。これはあくまでも三波が作ったものであって、それを無償で横取りするのは気が引けるのだ。
「でもまあ、僕は大丈夫だから、それはまた別の使い道を……」
そうやって何とか断ろうとする。
しかし、そうは三波が卸さないらしい。
「え? 自分で食べるのが大変だって? だったら食べさせてあげよっか?」
あ、これは面倒なやつだ。
「わかった。自分で食べるから」
あまりにも面倒になることが目に見えたので、僕が折れることにした。
「うん、よろしい」
屈した僕に対して、三波は大きく出る。何故僕の周りの助詞は僕に対してこうも態度が大きいのか。まあ、サンプルはたった2つなので、何とも言えない。それに、神代の場合は無意識だろうが、三波の場合は意図してやっている感があるため、そこを共通項と見るのも微妙である。
まあ、摂り損ねた朝食を恵んでくれると言ってくれているのだから、こちらもそれなりの対応をすべきであろう。
「では、いただきます」
僕は自らの糧となる食材と、その創造主である三波に感謝の気持ちを込めて口にした。
では、まずは唐揚げに手をつけることにする。このような弁当を食べるのも何時ぶりであろうかと思いつつ、箸先で掴んだそれを口に放り込む。
口に放り込むと、舌先には冷めた唐揚げ特有の角が取れた感触を覚える。そして、それを思い切って噛んでみると、衣の中に閉じ込められた旨味が一気に口の中に充満する。味覚が優れているわけではないのではっきりとは言えないが、鶏肉にも下味がしっかりついているのだろう。
「どうかな?」
三波はこちらの顔色を窺うかのように、顔を覗き込んでくる。唐揚げの美味しさ故か、それとも女子馴れしてないが故か、ほんの少し動揺を覚える。
「うん、美味しい……」
ただ、僕は動揺を押し殺して感想を口にする。これは紛いもない事実だ。三波の料理からは、どういうわけだか尋常でないほどの優しさが感じられるのだ。
「よかった、真理君に気に入ってもらえて……」
対する三波は、またもや例の小悪魔的な笑みを浮かべる。その笑みを忌み嫌うことはどうやら不可能らしい。
そんなことはどうでもいいとして、その後、僕は自分でも気が付かないうちに完食していた。本当に美味しかったのだが、それだけに名残惜しさが尾を引いている。
「そうだ真理君」
「……何だ?」
手を合わせて弁当の蓋を閉めたとき、三波が何かを物申すような口調を見せた。それに対して、僕は態度を改めてから返事する。
「今日の放課後、自習室に来てくれないかな?」
自習室か……。
「何かあるのか?」
そんなところに呼ぶ出す意味がよく分からない。よって質問するのだ。
すると、三波は眩しい笑顔でもって、かく口にするのである。
「数学で分からないところがあるから真理君に聞きたいなーって思って……」
その時、僕は気が付いた。全て、三波の策略通りに事が進んでいたのだ。三波製の弁当を食べてしまった以上、僕は彼女の頼みを断ることができないのだ。
ただ、三波にも1つ計算違いがあったようだ。弁当の必要性はなかったのである。別に、そのような袖の下が無くても、僕はその頼みを聞き入れる。まず、戦意が喪失した僕に、チュートリアルを攻略しようという意思はとっくに失せているので、僕には時間的制約がない。そして、彼女の頼みを聞き入れることは、僕の学園内の地位の安定につながるのだ。具体的には、僕が唯一得意としている分野が他人に認められるということが僕の立場を安泰にするのである。
「まあ、暇だからいいけど」
僕はその三波の計算ミスを食道から胃袋に流し込んで、最低限のことだけを口にした。
「ありがとう真理君」
三波がそう返答した辺りで教室には有象無象の集団が入り込んできたらしく、そこで会話はいったん中断となった。
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