封じ込める者
「ねえ真理君」
「……何だ?」
三波が急に改まり、こちらの姿を真正面から捉えてくる。当然のように、僕は身構えるのである。
しかし、僕の警戒心を置き去りにするかのように、三波はこんなことを言うのである。
「真理君って、誰かに告白されたことがあったりする?」
「ねえよ」
別に悲しいことではない。僕にできることは勉強だけだ。ならば、その世界で生きていけばいい。別に彼女など必要ない。
「そっか」
僕が自らの世界に入っていると、三波が何やら嬉しそうに口にする。一体何がそれほど嬉しいのやら、僕には全く理解できそうにもない。
「だったらさ、もし私が今から真理君に告白したとしたら付き合ってくれる?」
三波はさらに突拍子もない言葉を連ねる。
「……僕はまだお前のことをよく分かってない。そして逆もまた然り。そんな状況で付き合うなどあまりにも無責任ではないか?」
「冗談だよ冗談」
僕が理路整然と返すと、三波はまた悪戯っぽく笑う。
参った。厄介な話が長引いている。女子のこうした類の話は長続きするという話をどこかで聞いたことがあるが、それが真ならなおさら厄介だ。
「そういえば、今何時だ?」
だから、僕は話の腰を折るべく、別の話を持ち掛ける。
「んーっと……。今2時15分を過ぎたとこだね」
対して、三波は壁に掛かってある時計の方に上体を捻って答える。
「ってことは……、絶賛5限目中じゃないか。授業は大丈夫なのか?」
それを聞いた僕は既に過ぎ去りし時に対して露骨に狼狽する。ブーメランを投げたような発言をしてしまったが、この際は気にしないことにする。
「大丈夫、うまいこと理由付けてサボっちゃったから」
三波は悪びれることもなくあっけらかんと言って見せる。
授業をサボるという精神を是が非でも否定したい僕は、まずは痛む頭を酷使して起き上がり、三波の方に視線を向ける。
「学級委員長とあろうお方が授業をサボるのは如何なものかと思うが?」
そして、真顔で至極尤もな返しをする。
「じゃあ真理君は学級委員長がクラスメイトの心配をしたらダメって言うの?」
対する三波も、装われた真顔で至極尤もな返しをする。
「別にお前がここに残ることはなかったんじゃないか? 保健医の先生でも呼べばよかっただろ」
「この学園の保健医の先生は割と忙しいみたいだけど?」
僕が別切り口から論破しようとすると、三波もまた的確に反論を呈する。
それにしても、この三波星という人物は中々に口が立つ。一体、どうしたものか。
問 三波星を言い負かすにはどうすればよいか。200字以内で実現せよ。
「というのは表向きの理由でね」
どうやって件の難問にメスを入れようかと考えていると、三波の表情が急に緩んだ。今までの論争は何だったのかと言わんばかりに空気も緩む。
「本当は真理君が意識を取り戻した時に一番に『ありがとう』って伝えたかっただけだよ」
その緩みはこの保健室内に充満し、緩んでないのは僕だけとなってしまった。
問の訂正 問題が成立しなくなったので、この問題は全員正解とする。
骨折り損のくたびれ儲けを突きつけられたかのようであるため、この手の訂正は非常に腹が立つ。
「……そんなことのために授業をサボっていたというのか」
僕は構わず本音を漏らす。僕なんかに構っているよりは、しっかり授業に出て学力と内申点を蓄積する方が有意義なはずだ。
「うん。真理君の寝顔をじっくり堪能させてもらったからその分有意義だったよ」
「変態か」
三波の訳のわからぬ台詞に対して失礼ながら物申してしまった。別に悪気はない。
「まあいいや。意識も戻ったことだし、教室に戻るか」
確か、今日の5限は現代文だ。それほど得意な科目ではないので、しっかり授業を聴いておきたい。
しかし、それを阻む者がいた。
「真理君はまだ休んでた方がいいんじゃないかな?」
三波が何か慌てるように、僕と保健室の度を繋ぐ軌道上に立ちはだかる。
「大丈夫だ。頭は少し痛むが、それよりは授業に出られない方が大きな痛手になるし……」
「んーっと、そういう問題じゃなくって、……今帰ったら真理君が大変なことになるから。だから……」
僕は授業に出んと三波に語りかけるが、三波は何か言いづらいことを言いたげな感でいる。
「……まあ、細かい事情は聞かないでおく」
しかし、僕は三波に対する疑心をあえて封じ込めた。功利主義に照らせば当然のことである。僕の好奇心なんぞよりも、三波の感性を尊重するのが「世界」のためである。
「とはいえ、三波は授業に戻った方がいいんじゃないのか?」
そんなことより、だ。
僕の意識が戻った以上、三波がここに残る理由はないだろう。
対して、三波は何食わぬ顔をしてこんなことを言ってくるのだ。
「真理君と一緒にいたいから、って理由じゃダメ?」
「阿呆か」
「冗談だよ冗談。真理君はなかなかつれないなぁ」
成る程。コイツの行動はやはり計算だったかと思いなす。神代の天然とは違う。
「それとも、私じゃなくて神代さんの方がよかった?」
「寝言は寝て言え」
いくら冗談だといってもキツすぎる。何で僕があんな奴のことを考えねばならぬのだ。
「じゃあ、残らせてもらうね」
結局、三波のその言葉に対して、僕は呆れて言葉が出なかったのだ。
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