※これもチュートリアルです

 ダーウィン賞がとれるレベルの死因で一度は死んだ僕だが、ここはゲームの「世界」だ。何度でも生き返られる。チャンスは何度でもあるのだ。終わりよければ全て良し、という結末を目指せばよいのだ。


 さて、問いは以下の通りだ。



問 チュートリアルに存在する蝙蝠を討伐する方法を簡潔に示し、実演せよ。



 今回は予習済みだ。どこから蝙蝠が出現するかは予め分かっている。この先の曲がり角の5メートル程手前だ。先ほどはそれを知らなかったから先手を取られたが、今度はそうはいかない。


 ……あそこの天井にぶら下がって見えるのは蝙蝠。今回のターゲットである。先程は先手を取られたことに加えて、動いている対象を相手にしてしまったことが敗因だ。ならば、こちらが先手を取って、蝙蝠が静止している間に仕留めてしまえばいい。それが答えだ。


 というわけで、僕は剣を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。


 カキンッ!


 今のは剣が天井にぶつかった音である。蝙蝠には当たっていない。

 勿論、蝙蝠には気づかれた。拙い音波を察知した蝙蝠は、止まっていた天井からひらりと離れ、こちらへと向かってくる。

 蝙蝠は臨戦態勢に入ってしまった。ならば、選択肢は2つに1つ。蝙蝠の攻撃を躱すか、蝙蝠を迎撃するか……。


 さて、問題はどちらが最適解かという話なのだが……!

 と、思考がまとまる前に、胸部に激痛が走った。蝙蝠だ。考え事をしている暇などどこにもなかったのだ。

 まあ、その痛みに耐えつつこの状況を対処するというのが当面の課題だ。


 では、問題が分かったところで、今の状況を整理してみよう。彼を知り己を知れば百戦して危うからず、だ。


 まず、敵を知ろう。奴は蝙蝠であり、サイズは大きめ。羽を広げると60から70センチメートルといったところか。そして素早い。今の僕が奴の攻撃を躱すことに一生懸命なくらいだ。

 次に自分自身を知ろう。僕は菅原真理である。そして、運動神経などのステータスは平均値以下。普通に考えて勝ち目はない。よって、奇策が必要になるという結論が下される。


 さて、どのような奇策を練ろうかという話になるのだが、奇策というのは練ろうとすると逆に思いつかないものである。というのは僕の経験則に過ぎないが、いわゆる物欲センサーたるものはやはり存在するのだろう。

 そして、例に漏れず奇策は思いつかない。体中のあらゆる力が脳味噌に吸い取られた結果、回避行動も疎かになり、蝙蝠の攻撃を食らうようになっていた。


 ならば、むしろ何も考えないのが1番の得策ではないか。何も考えずに剣を蝙蝠の方に振り下ろす。それで十分ではないか。ほら、今だって蝙蝠は僕の頸を狙って襲い掛かってきている。今なら確実に……。


 ザクリ


GAME OVER

死因:自身の頸動脈を斬ったことによる失血死



Now Loading...



 …………やはり何も考えずに動くというのは得策ではなかったようだ。今度は策を綿密に練ってから挑むとしよう。

 なお、現時点で2敗。チュートリアルでは多くても1敗ということのがデフォらしいが、あくまでそれはデフォである。3度目の正直という言葉もあるし、ここで終わらせよう。


 先ほどは、初手で蝙蝠に不意打ちを掛けようとした。そして失敗した。

 その時のことを振り返ってみると、蝙蝠が動き始めたのは剣が天井にぶつかったときだったと記憶している。つまり、奴は衝撃をトリガーとして行動を開始したということだ。逆に言えば、それまでは行動しないということだ。

 また、1回目の挑戦の際に蝙蝠が攻撃を繰り出したのは、僕が蝙蝠が止まっている天井の真下に到達した辺りである。

 以上のことから考えられる結論は1つ。あの蝙蝠は目が悪い。


 ならば、ある程度までは近づいても大丈夫ということになる。その間合いを測り、ギリギリのところまで接近したところでやればいい。簡単な話だ。

 さて、その間合いとはどれ程のものかということが、次の課題だ。それを確かめるため、僕は蝙蝠に密かにじわじわと牛歩を進める。気を付けるべきは足音だ。足音を極力立てないように、踵から床につけ爪先で床を蹴ることに全神経を集中させる。防具が鬱陶しいが、出来ない注文ではない。


 蝙蝠までの距離は水平方向でいえば50センチほど。これ以上近づくのは厳しいか。それに、ここまで来れば十分圏内だ。

 ……作戦決行!


 一旦冷静になって剣の長さと天井の高さ、水平距離を観測し、ピタゴラスの定理を用いて直線距離を計測した後、腕をやや引いて剣を振り下ろした。

 しかし、1つ計算に入れていなかったことがあった。人間の体は機械ではないということだ。つまり、計算通りの軌道を動いてくれるとは限らないのだ。

 結果、剣先は蝙蝠の右側30センチをすり抜けた。蝙蝠の方はそれに感づいたようで、すぐさま狙いをこちらに定めてくる。対して、僕は咄嗟の判断で真後ろへと跳躍する。そして着地する。

 しかし、体というのはうまいこと動いてくれないものだ。着地の瞬間、僕の中の重力は歪んでいた。上体が後方へと倒れ込む。そこに仕留めたとばかりに蝙蝠が飛びついてくる。蝙蝠の照準は僕の腹部である。ならば、そこをうまいこと刺せば勝てる。

 さあ、腹部に蝙蝠が止まらんとしているではないか。いざ……!


 ザクリ


GAME OVER

死因:自身の腹部を刺したことによる失血死



Now Loading...



 ……というわけで、以下、ダイジェストとさせてもらおう。


死因:剣の柄で自身の喉を突いたことによる窒息死

死因:壁に後頭部を打ち付けたことによる脳挫傷

死因:自身の頸動脈を斬ったことによる失血死

死因:蝙蝠が口の中に飛び込んできたことによる窒息死

死因:自身の頸動脈を斬ったことによる失血死

死因:床に後頭部を打ち付けたことによる脳挫傷

死因:折れた肋骨が心臓に刺さったことによる心不全

死因:自身の頸動脈を斬ったことによる失血死


 本日の戦績、11戦全敗(全て蝙蝠)、0点。


 ……お先真っ暗、という気分にすらならなかった僕は、そのままベッドにダイブしたのだった。

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