※これはチュートリアルです

 閑話休題になるのだが、今回の試験の僕の点数は合わせて492点だったそうな。まあ、あの難易度なら妥当な点数だろう。



 学園のチャイムはある一定の周期を刻んで校内に鳴り響く。それを何回か繰り返した後に、我々は自由を宣告される。尤も、自由といっても、僕の今からの行動は神代に制約されているようなものである。

 などと溜息をつきながら、そのゴングが鳴り響いたのを耳にして、僕は教室を後にした。



 しばらく歩くと寮に辿り着く。そして自室に辿り着く。その自室というのが、僕がゲームをプレイする舞台なのだ。

 自室の最奥には勉強用の机が存在する。その机の右下には手ごろなサイズの引き出しが収納されている。その1番下の大きな引き出しを開けると、そこにはいわゆるVRゴーグルみたいなもの(厳密に言えば超科学やらオカルトやらに起因する何物か)が存在する。これを用いてゲームをプレイするのだ。

 ちなみに、この機器は壊れても修復してもらえるらしいが、その際にペナルティも課せられるらしいので、取り扱い注意の代物だとか。


 僕はベッドに横になり、ゴーグルを装着する。それから、右側の弦に当たる部分についてある起動ボタンを一度しっかりと押し込んだ。



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 目を開くと、周りはやけに薄暗い。先ほどまではベッドの上で寝そべっていたはずなよなと一旦は思考をしてみて、それから、この世界が実に精巧なバーチャル空間であることを思い出す。そして、自らの頬をつねってみて、しっかりと痛覚が保存されていることを確認する。さらに、靴の裏からは地面の感触を味わうことも出来る。ベッドに倒れ込んだ拍子に夢の国にワープしてしまったのではないかという疑念が浮かぶほど、リアリティがあるのだ。


 この世界がゲームの世界であると仮定しても、あるいは、この世界が夢の世界であると仮定しても、いずれにせよしなくてはならないことがある。現状確認だ。


 というわけで、早速行動に移る。

 まず、僕がいる環境について。薄暗い空気の中にうっすらと見えるそれは、灰色の壁である。そして、その壁に手を触れてみると、表面が少しざらざらとした冷たい素材であることが感ぜられる。今得た感性と自らの経験から得られる悟性とを重ね合わせると、これは石であることが察せられる。

 ならば、ここはヨーロッパの世界観を模したものではないかと推量できる。石造りの建造物はヨーロッパに多いからだ。ただ、建物が石造りであることは、その建物がヨーロッパのものであることの必要条件でも十分条件でもない。それに、この「世界」と現実世界との間に相関関係があるという確証もない。

 畢竟、何も分からないままというわけだ。


 そこまで考えてさあ進もうという時になって、僕はもう1つの異変に気が付く。僕自身に物理的に付きまとう異変だ。

 周りのことや「世界」の外側のことに思いを馳せておきながら自分自身のことについては何も気づかないことを愚かしいと考えつつも、その変化をしっかり確認する。

 僕の体を纏っているのはいつもの制服などではなく、茶色い皮製の防具だ。そして、手に握られているのは刃渡り1メートルくらいの剣。防具と武器は共に重い。ただ、このチュートリアルでは武器及び防具の変更は不可能とのことなので、諦めるとしよう。


 そこまで確認してから、僕は歩みを進めた。


 と、その時、目の前に何かが出現した。

 驚嘆はしたものの、驚嘆しているだけではことは進まない。たとえ問題用紙に「tan1°は有理数か」などといった奇想天外な問題文が記されていたとしても、受験生は思考を進めなくてはならないのだ。


 よって、僕は眼前のそれを注視する。

 それは、何かのモニターのようなものだった。何というか、近未来にありそうな、目の前の宙に浮かんでいる系の奴である。赤色の枠に黒い表示画面、白い文字。実に近未来感漂う代物である。

 さて、そこに書かれてあったのはこういうことであった。


『ミッション:ベビードラゴンを退治せよ!

アカウント:菅原真理

スコア:300』


 スコアというのは、我々のレベルのようなものであるらしい。チュートリアルでは300で固定されているが、実際の初期値は、入試の点数と先日の試験の点数の和になるのだとか。最大で1000スタートになるのだが、僕の場合は980スタートとなる。


 さて、今僕に与えられたミッションはベビードラゴンとやらを退治することらしい。そして、そのベビードラゴンとやらの居場所は分からない。つまり、とにかくこの道を進むほかないのだ。


 刹那、僕は顔に何かの衝撃を受けた。ぐわんぐわんと脳味噌が振盪すると同時に、視界が赤く光る。この赤色はダメージを受けたときに現れる色なのだとか。考えることもなく、僕はダメージを受けたということだ。


 さて、問題は如何にしてこのダメージが与えられたかということだ。顔に衝撃が加えられたわけだから、何かにぶつかったか何かに殴られたか……。そのとは一体何者なのか?

 そのの正体を探るためにあたりを見渡す。すると、そこに広がっているのはやはり闇である。具体的な形象を見て取ることができない。乃ち、それは闇に溶け込むことができるものであることが分かるのだが、逆に言えばそれくらいしか分からないのだ。


「……っ!」


 と、またもや衝撃を感じた。今度は背中だ。再び視界に赤が映る。ただ、後ろからの衝撃であったため、輩の姿を見ることは敵わない。どうして人間には目が前方に2つあるだけなのだろうか……。


「……っ!」


 まただ。今度は腹部。僕は声を上げてこそはいないのもの、体の方は悲鳴を上げそうだ。

 ただ、腹部にダメージが与えられたということは、対象物は前方にあるということだ。ならば、対象物を見つける好機であるともいえるのではなかろうか。


 僕は可能な限り瞳孔を開いて、闇の中で動く何者かを捉えんとした。


 …………見えた!


 茶色い毛皮に覆われたものが、空中に不規則な幾何学模様を描いている。その左右に突出するは一対の翼。これらの身体的特徴から鑑みると、対象物の候補は絞られる。恐らく蝙蝠こうもりの類であろう。


 一度対象物を捉えたならば、それを見失わないようにすればよいだけの話である。僕の動体視力は人並み。ならば、恐らく大丈夫。そう自らを鼓舞し、僕は剣を振り上げ、蝙蝠の軌道を捉える。

 蝙蝠はこちらから見て右に迂回している。対して、僕は集中力を切らさないようにその様子を目で追う。そして蝙蝠の行く先を見定める。


 ……そうか、僕の頸か!


 そうと分かれば話が早い。そこに剣を構えて、蝙蝠を迎撃すればよいのだ。

 蝙蝠は右手から来る。その軌道を予測して、そこに剣を構える。そのまま蝙蝠を直進すれば蝙蝠が切れるわけだし、そうでなくても蝙蝠の軌道に合わせて剣の位置を修正すればよい。


 実際、蝙蝠は剣を避けてきた。そのまま奴は剣を追い越して僕の頸に突進してくる。対する僕は剣を自分の頸の方へと寄せていく。またもや蝙蝠は剣をひらりと躱す。僕はそれに合わせて剣を動かす。

 しかし、剣は想像以上に重く、慣性に従って動く。つまり、剣は僕の頸に向かってやってくるわけで……。


 ザクリ


GAME OVER

死因:自身の頸動脈を斬ったことによる失血死



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