逃れられない運命
その夜、僕は思案に耽っていた。
どうして僕に白羽の矢が立ってしまったのだろうか? すなわち、どうして神代は僕に奴隷たるよう使役せんとしているのであろうか?
客観的に見ると、あの時彼女を助けてしまったことが原因なのだろうし、神代の主観から見ると、僕が奴隷として役に立ちそうだったからというのが所以なのだろう。
しかし、僕の主観に立った時、理由が何も見えてこないのだ。勿論、能動の立場にあるのは神代の方であり、僕は受動の立場にあるのだから、僕の側に理由が存在しないことは自明の理だ。ただ、先述の理由だけでは、僕は納得できないのだ。自らの理不尽に対して憤っているのではなく、むしろ、分からないということ自体に歯がゆさを感じている状態だ。
それに、どうして僕もいとも容易く折れてしまったのか。論理を尽くせば神代を打ち砕くことも可能だったはず。むしろ、論破される方が難しいほどであろう。
にも関わらず、僕は簡単に絆されてしまった。何故反論を呈せなかったのか。それは恐怖から来るものか、あるいは……。
それにしても、あの異常な心拍の正体は…………?
…………駄目だ。
あまりに事情が混線して精神がやさぐれそうになり、一瞬那由多に電話しようかという気も起きた。しかしながら、そのような所以で電話を掛けられる那由多の身になって考えるゆとりは辛うじて残っていたらしく、僕はただベッドに飛び込むことにした。
そして翌朝。
昨日の僕の精神状態は崩壊寸前だったようにも思える。
しかし、今日の僕はそうはいかない。いや、そうはいくものか。
そう思いなし、僕は極力、精神不安定の元凶たる人物に遭遇しないように努めることにした。
まず、朝食時に問題が生まれる。朝食は基本的に食堂で摂ることになっている。勿論、自炊などをすれば食堂に向かわずに済むのだが、そのために必要な経済的余裕と一定の器用さを僕は備えていない。よって、食堂に向かわざるを得ない。
そして、おそらく彼女も食堂に向かうことになるだろう。即ち、僕は死地に飛び込まなくてはならなくなるのだ。
ただ、対策が全くないと言われたら嘘になる。彼女が食堂に来る時間を推測して、その時間帯を避ければよいのだ。
彼女はいつ頃食堂に来るだろうか。推測のために、普通なら統計を取る必要がある。統計を取りたい。しかし、標本が少なすぎる。彼女がいつ頃来るのかということを推理するのに有効な情報は、昨日の事例しかない。これだと、標本不足である。
では、彼女がいつ来るのかということを判断することは不可能なのか。
……否。彼女の人となりから判断することも可能ではないか。
彼女が決まったルーティーンに基づいて動く人間であるかどうか。恐らく、違うだろう。どちらかというとマイペースな人間であるかのように見える。
では、食堂に辿り着く時刻は早いか遅いか。印象値で語るしかないが、マイペースな人間がせっかちに行動することもなさそうだ。
であれば、僕は早めに動くのが良かろう。
さて、今の時刻は6時半。昨日と同じくらいの時間だ。さっさと動くとしよう。
今回の思索には自信がある。この思索が的中していれば、朝から精神的危機に足を踏み入れることはまさか……。
「あ、真理おはよう」
……これが世に言うフラグというやつか。
「どうした真理。まるで自信満々に提出した答案用紙が赤点で返ってきたような顔をして」
「……まあ、そんなところだ」
今日も今日とて、士堂は神代と行動を共にしている。そして、士堂の推察はかなり的中しているのだ。
「そうだ。真理が知りたがってることの答えになるかは分からんが、俺は神代をここまで連れてくるという責任があるってことだけは言っておこう。神代が方向音痴なもんでな……」
と、士堂は一見脈絡のなさそうなことを口にする。
しかし、①士堂が神代とともにいる理由、②神代がきっちりこの時間にここにいる理由という2点を的確に教えてくれているのだ。僕は多くを語らなかったが、士堂はこちらの疑問を察知したというわけだ。実に恐ろしい。
「そういえば、今日から解禁だけど、2人はどうするつもりなんだ?」
席に着くと、士堂は学園の根幹となる話題を提示してきた。
解禁。それは、僕たち新1年生がタワーシステムの活用を許可されることを意味する。則ち、今日からタワーの攻略ができるようになるということだ。
「弥生と真理は行くつもり」
神代は勝手に僕の予定まで決めつけていた。
「ふーん……。ま、俺も行くつもりだけど、今日はチュートリアル+αくらいだろうな」
その理不尽に対して、士堂は大した興味を示す素振りを見せることなく話を続ける。少しはこちらの身にもなって考えてほしいものだ……。
さて、ここで士堂が口にした「チュートリアル」とは何か。
このタワーシステムでは、タワー攻略の前にチュートリアルたるものをクリアしなくてはならないという。基本動作等の説明がなされるのだとか。ちなみに、難易度はそれほど高くはないらしい。普通の人なら1回、多くても2回挑戦すればクリアできる程度のものであると説明を受けた。
「本当にチュートリアルって簡単なんだよな?」
とはいえ、一抹の不安はやはり残るものだ。その潜在意識の結果として、このような戯言に等しい言葉が漏れ出てしまった。
「ま、大丈夫だろ」
対して、士堂は割と軽めに答える。平常運転といったところか。
まあ、士堂が言っているように、それほど身構える必要もないのかもしれない。何かと僕は悲観的になってしまう癖があるらしい。そうした僕にとって、士堂の言葉は1つの処方箋になるようだ。……心の中で感謝しておくとしよう。
少しばかりの清々しい感情を抱いてしまいながら、僕は食堂を後にした。これから訪れる事実をしっていたなら、このような感情を抱くことを自制していただろうに。
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