放課後の攻防戦
ところで、本日は1限から5限まで各科目の考査があったのだが、特記するほどのこともなかったので割愛する。
そんなことよりも重要なのは、6限のオリエンテーションだ。例のタワーシステムについてのお話があるのだという。場所は体育館。入学式がそこであったそうだが、僕と神代は行ったことがないところだ。
とはいえ、僕に関しては学園内の構造を暗記しているし、そもそもにおいて、集団についていけば迷うこともないので何の問題もない。
実際、特に問題なく体育館に辿り着けた。
体育館に着いて整列して着席すると、システムマネジメントの役職を承っているという坂田教諭の話を傾聴した。
まあ、その細かい内容については後程詳しく語るとしよう。
さて、放課後、僕は教室に残っていても特にすることがないからさっさと寮の自室に戻ろうと荷物をまとめていると、肩甲骨と肩甲骨の中点付近に刺激を感じた。脳味噌にくすぐったいという電気信号が送られるのと同時に、微弱な電流が体内に流れたような錯覚を覚える。
「…………どうした?」
言わずもがな、相手は我が主(非公認)である。
「……真理は今からどうするの?」
僕が振り向いてから半テンポ遅れて、神代は質問を投げかけてくる。
さて、この質問は他愛もないもののように思えるが、その実、僕にとっては死活問題なのではないかと直感視する。
つまり、今回の問いはこうである。
問 菅原真理のこれからの予定を簡潔に答えよ。ただし、神代弥生との間に面倒ごとが極力起こらないように留意すること。
この設問、一見、自分の予定――特に予定がないという予定――を言うだけで点がもらえるサービス問題のようにも見える。
しかし、そうは問屋が卸さない。厄介なのが後半の但し書きの部分である。
それは、以下のようなシミュレーションをしてみれば分かることだ。
( i )正直に暇だと言ったとき
あの様子だと、神代は僕の答え次第で次の行動を変えるだろう。そして、僕が暇ならば僕に面倒ごとを押し付けるという可能性が十二分にあるのだ。推奨できない。
( ii )忙しいという嘘をついたとき
「その場しのぎ」という本来の意味における「姑息」な手段である。しかし、同時に「卑怯」という誤用としての「姑息」な手段でもある。噓がバレたら間違いなく無事では済まされないであろうし、そもそも嘘をつくのは後ろめたい。そして、那由多曰く、僕の嘘はバレやすい。
( iii )この場で即興で用事を作り、それを実行したとき
( i )における面倒ごとを押し付けられかねないというデメリットと、( ii )における嘘がバレたときに只事では済まされないというデメリットを完全に克服できる。よって、1番無難な解決策であるような気がしている。
では、どのようにその即興の用事を作り上げるか、それが次なる問題だ。それは実行可能なものでなければならない。実行しなければ、嘘になってしまうからだ。
と、ここで1つ妙案が閃いた。才能などという不確定要素に頼らず研鑽を積み重ねるべきと考える僕にとって閃きたるものは邪道この上ないが、この際仕方あるまい。
僕の解答はこうだ。
「ちょっと今日の考査の復習をしたくてな……」
これは嘘ではない。考査の問題をその日のうちに見直すのは僕の中ではお約束だ。
どうだ神代、これで僕は自由の身に……。
「何分で終わる?」
…………駄目だ。これは何としてでも時間を作らされるやつだ。それに、それほど見直すのに時間を費やす予定もない。せいぜい……。
「じ、10分くらいかな……」
そうか、あの質問を受けたときには既にチェックメイトだったのか。くそう、お手上げだ。
……などと考えていると、僕の予想とは反して、神代はまるで空中に漂うアルゴンを目で追っているかのようであった。
「どうかしたか?」
思わずそう尋ねてしまう。これはカントの言う道徳法則に従っただけであり、そこに私情は一切関与していない。断じてそうだ。
すると、神代は上の空といったまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ちょっと昔のことを思い出してただけ」
僕は顔に疑問符を投影させる。
一体、神代が言う「昔のこと」というのはどういった類のことなのであろうか? 興味が湧かないことはなかったのだが、わざわざ尋ねるのも無粋かと思い、黙っておくことにした。
「で、結局何の用だ?」
むしろ、こちらの根幹の方が大事なのである。枝葉末節ばかりに囚われていると思わぬ陥穽に嵌まる可能性があるのだ。
「……弥生の部屋に来てほしい」
そうかそうか、思ったより楽な任務だな。
などと一瞬考えてしまい、僕の頭はとうとう末期だなと反省せざるを得なくなる。容易く向こうのペースに持っていかれてはいけない。
「……何がしたい?」
まだそれが分かっていない状況だ。素直についていくと、部屋に監禁され、拷問され、奴隷にされるかもしれない。……まあ、関係なしに奴隷にされるかもしれないというのが現状か。
などと僕が聞き察知能力を駆使していると、神代は僕の方へと近づき、上目遣いのままこう言った。
「真理と二人きりで話したいことがある」
僕は、思わず後ろに飛びのいた。
考えられる理由は2つ。まず、あまりも神代が近くに寄ってきたこと。そして、神代の口から発せられた言葉が意味深げであったこと。
「…………。……まあ、そういうことなら別に構わんが」
僕は、気が付いたら頼みを承諾していた。神代は本当に恐ろしい子である。
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