悪しき遭遇と盟友との邂逅

 翌朝、当然のことながら、目が覚めたら馴染みのない天井が目に入った。それから、ここが実家ではないことに思い至るのであった。



 目が覚めてある程度の支度が出来ると、寮の敷地内にある食堂へと向かう。料理の腕が壊滅的な僕にとって、寮に併設された食堂は本当にありがたい。


 朝にこの食堂に集まる人はそれなりに多いだろう。ということは、特定の誰かと出会う可能性も当然高くなる。

 とはいえ、食堂自体も広いので、同じ空間に任意の2人がいたとしても、その2人が接触する可能性は低いはずだ。


 ならば大丈夫だろうと、根拠のない自信を抱いていると、気が付けば食堂へと辿り着いていた。既に学食には行列ができている。

 まあ、まさか神代に遭遇してしまうなどということはなかろう……。


「あ、真理おはよう」


 ……僕がフラグを立てていたということに気が付いたのはこのときであった。死亡フラグというものは傍から見れば一目瞭然なのだが、当の本人にとってはそうではないらしい。まさに岡目八目の例である。


「…………」


 僕は気が付かなかったことにして、無視を決め込んだ。


「……何で無視するの?」


 しかし、神代は上目遣いになりながら顔を近づけてくる。顔が近い。免疫がない僕にとっては毒である。ワクチンはどこで買えるのだろう?

 後、単純に怖い。声がヤンデレめいている。


「おい、顔が近いぞ」


 こいつは自分が可愛いということを自覚しているのであろうか? ……いや、僕が神代のことを可愛いという評価を下しているわけでは断じてない。ただ、そういう評価を下す人もいるだろうというだけの話だ。


 などとたわいもないことを考えていると、神代の隣にいた1人の男子生徒の目線がこちらに向けられていることに気が付いた。身長は僕より少し低め、則ち、168センチくらい。髪質は柔らかいようであり、目は細めながらも柔和な表情を浮かべている。


「ちょっと話を聞いてもいいか?」


 そして、その男子生徒は軽いノリで話しかけてきた。


「お前と神代って知り合いなんだよな?」


 その彼の質問から、どうやら、彼は神代とは知り合いらしいことが導かれる。


「真理は弥生の奴隷……」

「僕は認めてないけどな」


 対する神代は、非公認の既成事実をでっち上げている。当事者の僕が認めていないのだから非公認であると言わせてもらうし、でっち上げとも言わせてもらおう。


「なるほど、お前も大変だな……」


 そして、彼は共感を示しながら、僕の肩にポンと手を置いた。きっと、彼も苦労した側の人間のなのだろう。


「そうだ。俺らと一緒に飯でも食わねえか?」


 それから、彼からそう誘われたので、僕は渋々それに付き合うことにした。できることなら、神代と一緒にいたくはなかったのだが……。



「へー、それで2人とも入学式を欠席してたのかー」


 彼こと士堂しどう虎介とらすけは、神代の中学時代からの同級生だったらしい。そして、フランクながらも聡明そうな奴である。事の顛末を語った際、特に聞き返すこともなく理解してくれた。当事者の僕でさえよく理解できていないにもかかわらず、である。


「んで、真理は奴隷と言われる羽目になったというわけね……」


 と士堂は続け、そして、何故だか感嘆の表情を浮かべたのだった。


「それにしても真理も珍しい奴だな。神代がここまで懐くなんてな……」

「ゑ?」


 ここで「何故だか」という疑問が解消される。神代が僕に懐いていたことが意外だったのだろう。


 しかし、同時にもう1つの疑問が生まれてくる。


「僕がこいつに懐かれているというのか?」


 神代は僕を奴隷にしようとしているのだ。「懐く」だなんて可愛らしい表現がふさわしいであろうか、否。


「ま、いっか。この話はまたの機会にしよう」


 しかし、士堂はこちらの疑問を他所に話をプッツンと打ち切ったのだ。



 とはいえ、腹の虫がおさまらないというのもまた事実だ。

 士堂の言葉の真意について、そして、そこから類推される神代の人格について。もし士堂の言うことが真であるとするなれば、神代はこちらが思っていた通りの人間ではないということになってしまう。そして、その論理が通徹した場合、神代にとって僕はキーパーソンになるだろうし、逆もまた然りだ。

 いずれにせよ、重要な情報ではあろう。


「……その話、また今度、絶対に聞かせてくれないか?」


 僕は柄にもなく、つい語気を強めて士堂に詰め寄ってしまった。


「りょーかーい」


 しかし、士堂はこちらの突飛な行動に対しても動揺を見せることもなく、飄々と返事したのであった。

 どうやら、この士堂という男もまた変わった人間でありそうだ。


 その後、やはり顔写真の撮影の許可をとったのは言うまでもない。

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