妹との通話

 どうやら、寮には個室が完備されてあるらしい。これも、当麻学園固有のとあるシステムに関連することらしい。


 とりあえず自室に入ってその内装を確認してみる。それなりに広いようだ。生徒一人が勉強するスペースと睡眠するスペースは十分確保されている。僕は使うことはなさそうだが、キッチンもそれなりに広く、IHまで完備されている。


 とりあえず安置されていた勉強机の椅子に腰かけ、スマートフォンのマナーモードを解除し、履歴を確認する。

 すると、メッセージアプリに通話の着信履歴がついていることが確認できる。妹からだ。時刻は13時ごろ。恐らく、こちらの入学式が終わってからしばらくして、ある程度落ち着いた頃合いを見計らったのであろう。全くもって、気遣いができる妹だ。こちらの意味不明な事情を察知できないのは仕方がないことだから、そればかりは仕方がない。


 とりあえず折り返し通話をかけてみる。すると、着信音が鳴ってから2秒経たないくらいに通話が始まった。


『もしもしお兄ちゃん?』

「那由多、さっきは電話に出れなくて申し訳ないな」


大江おおえ那由多なゆた。中学2年の僕の妹だ。厳密に言うと従兄妹の関係に当たるので「義妹」と表記すべきところであろうが、同じ屋根の下で生活もしていたし、あちらが僕のことを「兄」とみなしてくれている以上は、やはり「妹」と表記するのが適当だと思っている。僕なんかには勿体ないくらいできた妹だ。

 ちなみに、僕の両親は共働きで家を離れているので、彼女もまた一人暮らしをしていたりする。とはいえ、那由多のことなので全く心配はしていない。


『大丈夫です。それより、お兄ちゃんこそ何かあったのですか?』


 スマートフォンの向こうからは那由多の落ち着きがありつつも明るい声が聞こえてくる。


「まあ、色々あってな。それで寮に帰るのが遅くなった」


 細かい話はわざわざする必要もないように思えたので、あくまでも端的に会話を済ませる。


『……。何か大変なことがあったように聞こえますが……。何があったのかお聞かせ願えませんか?』


 と、那由多は恭しくも質問してくる。こういうちょっとした機微にも気づけるあたり、やはり那由多は凄い。


「……よく気づいたな」

『お兄ちゃんのことはいつも近くで見ているので、声でなんとなく分かります』


 那由多のことだからそう答えると思っていた。僕も兄なのだから、那由多のことは何となくわかるのだ。


 さて、僕は正直なところを答えた方がよいのだろうか?

 あらゆる解答のパターンを頭の中で洗い出して、それらのシミュレーションを行ってから一番無難な答えを導く。


「ちょっと人助けをしててな……」

『人助け、ですか……』


 那由多は電話の向こうで何かの思考をめぐらせる。


『その割には、お兄ちゃんが疲れているように思えるのですが……』


 そして、那由多の勘が鋭いということを再確認する。


「その助けた相手が少々癖のある人でな」


 対して、僕は特に考えることもなくレスポンスをする。


『それって同級生ですか?』

「そうだな」


 すると、那由多はこちらの想定外の質問を呈してきた。


『その方の名前を伺ってもよろしいですか?』


 正直なことを言うと、那由多がそこまでこの件に興味を示すとは思っていなかったのだ。那由多は無理にこちらのことを詮索しようとはしない質である。だから、特定の人物名までもを尋ねてきたのはかなり意外だったのだ。


「……何でそこまで聞きたいのか?」

『……当麻学園の新入生に知り合いがいるので、もしかしたらと思って聞いてみることにしました。もしお兄ちゃんの迷惑になるというのであれば、別に答えなくても構いません。いうかどうかはお兄ちゃんに一任します。妹の私には解答を強要する資格はありませんので……』


 那由多はそうやって愚兄を立てるのだ。彼女にとって、「妹の役目は兄に尽くすこと」だというのだから、彼女にとっては当たり前のことなのだろう。僕が実の兄ではないから恭しくなっているのではないかと思ったこともあるのだが、僕の両親に対してはそれほど恭しくもないので、その線はないようにも思われる。


 そんなことはさておき、僕は解答することに決めた。特に答えない理由もないからだ。


「神代弥生だ」

『弥生先輩、ですか……』


 電話の向こうで那由多が感慨に耽っているかのような声色を呈しているかのように思われた。


「……那由多?」

『いえ……。何といいますか、いい名前だなぁって感じたので、それだけです』


 と那由多は答えるが、何か慌てている感が滲みだしているようにも思われる。気になりはしたものの、兄として見逃すことにした。



『それより、タワーシステムについてです』


 那由多はこちらの意図を悟ってか悟らずか話題を切り替えた。


「何かあったのか?」」


 僕もそのシステムについては興味があったので、那由多の様子については特に言及することもなくレスポンスする。


 タワーシステム。それこそがこの当麻学園特有のシステムである。

 簡単に言えば、この学園の生徒は学園独自のMMORPGをプレイすることができるのだ。そして、そのRPGのプレイヤーのステータスというのが、試験の点数などに左右されるという。つまり、生徒の学習に対するモチベーションを高める役割も果たしているというのだ。


 と、タワーシステムの説明はこれくらいにしておくとして、那由多との通話は続くのであった。


『色々と調べてみたのですが、お兄ちゃん的に一番苦労するのは最初の方だと思います。気に障ることかもしれませんが、予め伝えさせていただきました』


 最初が一番苦労する、か……。どういう意味だか少し分かりかねる。何せ、僕のもとに入っている情報はあまりにも少ないのだ。


「忠告ありがとう。あと、別に気に障ることは何もないから気にするな」


 細かい情報は今後分かることであろうということで、ここはあえて詳細を聞かないことにする。


『こちらこそ、お兄ちゃんのお役に立てたのなら何よりです』


 どうやら、那由多の生きがいは僕の役に立つことらしい。自意識過剰ではないかと何度も自省して見たりもしたが、もし自意識過剰というのであれば、どうしてそこまで僕に尽くそうとするのかが分からないのだ。


「……で、用件は以上か?」

『はい、ひとまずは以上です。それと、何か困ったことがいつでもお電話ください。私はいつでもお兄ちゃんの味方です』

「ありがとう。那由多こそ何かあったら連絡してくれ」

『分かりました。それでは、今後ともお兄ちゃんのご健勝の程をお祈りしております』


 通話が終わり、電話はこちらから切る。僕と那由多との間の暗黙の了解だ。那由多曰く、「私から切るのは失礼」とのことらしい。



 この後のことといえば、いつも通りに勉強して、ご飯を食べて、そして寝るといったくらいのことだ。特別なことといえば、神代弥生という特異な女の子のことをベッドの上で自然と考えていたということくらいであろうか。

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