連絡先と写真
「真理は今からどうするの?」
この沈黙を破ったのは神代の方であった。
「そうだな……。とりあえず担任の先生を探して事情説明しておくか……」
流石に無断で入学式を欠席して釈明をすることもなく何もなかったことにするというのも不味かろう。
「そういえば弥生って何組だった?」
「……A組のところに名前があった記憶がある」
神代は僕が知っているという確証もないことを質問してきて、僕は曖昧な答えを絞り出す。「神代弥生」という名があのクラス分けの紙に書かれてあったという記憶はあるので、自分と同じA組だったはずだと結論付けたのだ。
「真理と同じクラスってこと?」
「……そういうことになるな」
あまり嬉しくはないと頭の中で思い続けながら、可能な限り冷淡に言ってやった。
「じゃあ弥生と一緒に行こ?」
一方う、神代の方はこちらの様子など気に留めないといった感じであり、むしろ僕と一緒に行かんとしていることに喜びを感じているかのような表情さえも浮かべている。
「……仕方ないか」
断る理由が全くもって捻出できなかったので、僕は仕方なく、本当に仕方なく神代の言いなりになったのだ。
結論から言うと、僕らはお咎めなしだった。担任の先生が話が通じる人で良かったとつくづく思う。まあ、僕らを見ながら意味深そうににやにやしていたことに関しては思わんことはないのだがな……。
さて、これで僕らはこの学園に滞在し続ける理由がなくなった。ならば、どこに向かうべきであるか。
寮である。この学園においては全寮制が採用されているのだ。当麻学園ではある固有なシステムが採用されており、そのシステムの関係上、全寮制というのは都合が良いのだそうだ。
寮は学園からそう遠くはない。道も交差点を二度曲がればよいだけなので、迷う要素が一切ないであろう。
と考えたとき、僕の頭の中には例外になりそうな人物が浮かんでいたのだ。
「……道、分かるか?」
気が付いたらその人物に対してそう質問していた。別に神代のことを特別に気遣ったというわけではない。断じてだ。
「……教えてくれると助かります」
そして、神代は予想通りの返答をしたのだ。そういえば神代ってたまに敬語が出てくるよななどと考えつつ、僕は条件反射的に頷いていた。
「じゃあ、帰るか」
そして、僕らは帰路についた。
意外というべきか予想通りというべきか、寮までの道のりは非常に短かった。
学園本体がコンパクトなつくりであったにもかかわらず、寮の方はわりかし立派なつくりをしている。学園本体よりもいくらか金がかかっていそうだ。
「じゃあ後は大丈夫だろ」
と、僕はそそくさと彼女のもとを離れようとする。
しかし、僕の体は既に自由を奪われていた。制服の袖の端が掴まれていたのだった。
すると、神代は上目遣いで、その瞳をややうるうるとさせながらこう呟いていた。
「連絡先教えてくれる?」
150センチに届かないくらいの身長と童顔とを兼ね備えた彼女がそのような言動をとることについては、一部の人にとっては需要があるのかもしれない。当然ながら、僕の需要を満たしているわけはないのだが、断じて。
まあ、そんな話はひとまず置いておくとして、僕は神城と連絡先を交換しておくことにした。同じクラスだし、連絡先を共有しておいた方が便利であろうという、あくまでも事務的な理由である。
さらに、事務的な理由のためにこちらも1つ要求を通してみる。少しのためらいこそはあったものの、先例通りにするのが筋であろうということで、提案したのであった。
「写真を撮らせてもらえないか? 昔から人の顔を覚えることが苦手なものでな。反復するためにも取っておきたいんだ」
僕の記憶が定かであったころから、どういう所以だか分からないが、人の顔だけは覚えるのが苦手だったのだ。学校へのスマートフォンの持ち込みが可能になった中学の頃から、こうやってクラスメイトらの写真を撮って家でひたすら復習をするようになったのだ。そうしなければ覚えられないほど、人の顔だけは覚えられないのだ。今となっては200人ほどの顔写真が専用のデータフォルダに入っている。そろそろ新しいファイルを作ると仕様か。
「真理って人の顔を覚えるの苦手なんだ……」
初対面の相手だというのに、神代はさも意外であるかのような反応を見せる。確かに、人の顔以外のことに関する記憶力には自信があるので、僕をよく知る人が僕が人の顔を覚えられないということを意外に思うことはありえるだろうが、初対面の相手に意外も糞もないだろう。
「まあ、そこまで言うのなら写真を撮らせてやらんことはない」
と、神代は胸を張るのである。あまり無い胸ということは黙っておこう。
それにしても、無邪気に生意気さを見せる女の子というのも可愛いものだ、などということは電子の直径ほどにも思っていないということは断っておこう。
それはさておき、僕はありがたく写真を撮らせてもらったのだ。
「終わった?」
「終わった」
神代は淡々と問い、僕は淡々と解答する。
「それじゃ、解散?」
「……そうだな」
そして、あまりにも淡々とことは収束しようとしていたのだ。
神代は女子寮のある方へと体を向け、こちらには背を向ける。が、その刹那、体を再びこちらに向き変える。
そして、神代は口を開いたのだった。
「今日はありがとうございました」
「…………」
僕は思わず呆然とした。傲慢なところを見せる彼女が僕に礼を言ったのだ。正直なところ、予想外であった。
「それじゃ、またね」
神代は無邪気な笑みを浮かべてから女子寮の方へと帰っていく。僕はその後ろ姿が視界から消えるまでぼーっと眺める。
ふと、春の生暖かい風が目の前を通り過ぎた気がした。
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