第16話 げーむにはないらんにゅうしゃ

「すべての痛みは我のもの。我が汝に与えるはただ痛みという名の祝福なり……!」


 力の発動と共にカミトさんは腕を振り下ろす。

 すると、その腕の動きに連動し、メイスが振り下ろされた。まるで神そのものが裁きを与えんとするように。


 火竜はブレスを吐き出した。最大規模、最大威力、全てを振り絞ったブレス。

 だが、そのブレスは眼前に迫るメイスを微動させる事すら叶わなかった。

 あまりにも信じ難い事態だったのだろう――目を見開いて驚きを露にしたまま、ドラゴンはまともにその一撃を喰らった。

 肉片が飛び散るようなことはなかった。

 火竜は、メイスに触れた部分から光の粒子の形で分解され、取り込まれ、メイスが地面に激突……不可思議な事に衝撃はまるでなかった……するまでに、その身を完全に消滅させていた。


 消滅の一瞬前。

 魔物の表情など分かるはずがないのに、あの火竜が心底安らいだ表情をしていたように、俺・山田やまだ憂治ゆうじには見えた。


「……ふぅ」


 着地して、一仕事終えた、という風情で一息吐くカミトさん。

 メイスはそれと前後して光の粉になって何処なりへと消え果てていた。


「やりましたね、皆さん……皆さん? ……やっぱり驚かせちゃいました?」

「「「驚くに決まってんでしょー!!!」」」


 事も無げに微笑むカミトさんに、俺と宮高守みやこもり懸斗けんととアリスは思わず異口同音な声を上げていた。


「あれなんですの!? 奥義?! 極意!? ジャパニーズヒッサツワザ?!」

「そういう凄まじいものだってのは分かったけど、どういうのものなのか明確には分からなかったなあ」

「……」

「あ、ユージ口パクパクですわね」

「驚き過ぎて声も出ないをリアルにみるとはな」

「……あれは皆さん知ってのとおり、魔法の先にある領域の力です」


 そんな俺達に苦笑しつつ、カミトさんは乱れた髪を整える様にかき上げた。

 額に浮かぶ汗から……滅多に見せない疲れた様子から、あれが相当の力を消耗する事は明らかだった。


 ……おそらく、そこまでしなくても、火竜は倒せただろう。

 なのに、なぜ。

 そんな疑問の視線に気づいたのか、カミトさんは俺達を見渡した上で言った。


「皆に見せておきたかったんです。目指すべき目標を。

 私もまだ道の先を探す未熟者ですが、それでも今は、少しだけ先にいますから。

 皆さんの進む先への何かしらの道標になればと……ぐ、ぅっ……?!」


 言葉の最中、カミトさんが膝をついた。

 先程までより汗の量が増えていた、まさに滝のように。そして顔色がどんどん悪く、青くなっていく。

 それほどに消耗する技だったのか……そう考えた矢先だった。


「いや、実際驚いたよ」


 パチ、パチ、と感情の込められていない間の長い拍手と共に空間に展開された穴から――空間転移的な魔法なのだろう――あの、カミトさんを侮辱した男が現れた。

 

「よもや神域到達者になっていたとは……生意気にもほどがあるな、この世界の人間の分際で」


 だが語る軽口とは裏腹に、男の表情は余裕のない……憤慨に満ちたものだった。

 

「お前のステータスにその事は記されていなかったぞ……!

 どうやって偽装してやがった……!!」

「ステータスに、システムにとらわれ過ぎなんですよ、貴方達は。

 システムは確かに認識を広げ、出来る事を意識するためのものですが、数値や技能では測れない事もあるんです」


 俺と二人きりで修行していた頃カミトさんが語っていた事を思い出す。

 ステータス上の数値や身に付けている技能の表示は、召喚者達に自分達の力を、能力を自覚・認識させるためのものなのだと。


 今の自分達はこんな力を持っていて、何が得意で、苦手なのか。

 それを元に召喚者達は、振るう力のイメージを明確にし、力を発揮しやすくなるのだ。


 だがそれは逆に言えばステータスに存在しないものは存在しないと思い込みやすくなる、デメリットも抱えているのだろう。


「ふん、だがその数値では、お前の魔力はもうすぐゼロになる。

 体力も生命維持ギリギリまで削り取られるはずだ。

 俺が最初から仕掛けていたトラップだ。

 流石俺、先が見える男だぜ」

「はぁっ!?」

「鼻からまともに約束を守る気がなかったのか……?」

「約束? ああ、約束か。めんごめんご。はい、終了。これでいいんだろ?」

「……てめぇ……この、クソ野郎が……!」


 俺は、相手だれかの事を、そんなに乱暴な形で称したことなど今までなかった。

 だが、今の俺はそれを躊躇うつもりなどない、どころか、もっと下の、眼前の男を扱き下ろす呼び方があるのならそう呼びつけたかった。

 目の前で愉快愉快とこちらを見下す、クソ野郎には、そうしてやりたかった。

 だが、さらに息を乱していくカミトさんを庇いつつ、回復手段を試しつつ睨み付ける俺達など意に介す様子もなく、男は言葉を続けた。


「マジで謝ってもいいぜ?

 あちらへの映像は途中でカットして、今はもう何も映ってないからな。

 でも謝らないけどなー! あはははははは!

 筋書きはこうよ。

 映像が消えた直後、火竜の逆襲を受けて、お前らは消し炭……まぁ再起不能くらいでもいいけど。

 俺に不敬を謝って、俺の奴隷になる事を誓う事で、俺がお前達を寛大にも許し、戦って見事単独で火竜討伐!

 で、俺はこの街の英雄的存在としてデカい顔が出来る。

 元からそうできるけど、まぁ後詰めというか、念には念をというか。

 ……元々あの火竜はな、その為の俺の仕込みなんだよ。

 一か月くらい前、新規召喚者の召喚のドタバタに合わせて、前から捕獲してたアイツをここに括りつけた。

 それを予定外に倒してくれちまったから、こうして予備策を実行せざるを得なくなったってわけさ」

「デカい顔……? そんな事の、為に……火竜を……?!」


 信じられないとばかりにアリスが呟く。

 実際、信じられない事だ。

 こいつに火竜を倒す手段、力量があったとしても、生きた火竜を、まだ未熟な冒険者の多い町の付近に放つなんて、正気の沙汰じゃない。

 現にその影響は、各地の魔物の活性化として随所に出ているのだ。

 それにより迷惑を被り、怪我を負っている人もいるし、もしかしたら気付かない所で人死にが出ている可能性もある。

 それを理解しているにせよ、していないせよ、軽率なんて言葉では当て嵌まるはずもない短慮であり暴挙だ。


 だがその事を、この男は意に介さない様子で、むしろ自分が迷惑を被ったと言わんばかりの顔をしていた。


「それが大事なんだよ。

 俺はなぁ、もう努力して上を目指したり、危険を冒すのに飽き飽きしたんだよ。

 言っとくけど、そこの雑魚と一緒にするなよ? 俺のレベル上限は120、まだ先があるんだ。

 ただな。

 結構世界の危機も救ったし、大冒険もしてきたけど、慣れてきたらそれもまたただの日常なんだよ。

 だから後は田舎でのんびり偉そうにして暮らしたくなったんだ。

 こんな田舎で俺を上回る奴なんかいないし、出てきそうになったらその前に杭を打てばいい。

 今発動してる『この場で俺を除く以外で一番強い存在だけにかけるデバフ』みたいに罠に掛けてな。

 ……でもな」


 そこで、男は、ギョロリ、とカミトさんへとなんとも形容し難い、ぐちゃっとした視線を向けた。


「少し、気が変わった。

 神具の使い方、手に入れる方法をそいつから聞き出せば、まだまだ楽しい事が出来そうだ。

 それに……お前、前よりずっと色っぽくなったじゃないか。

 昔つけられたこの傷の落とし前もあるし、あらゆる手段を使って、神具について……」

「……哀れですね」

「……なに?」

「神具を手に入れる方法? そんなことを口にする時点で、貴方はまるでわかっていない。根本から理解が間違っているんです。

 この十年貴方は何をしてきたんですか?

 ステータスもレベルも、さしたる上昇をしていない。

 見ればわかります、鍛錬なんか最低限以下、サボってる日々の方が多い。

 呪文を暗記して、武器を貯め込んで、それに比例して、欲望を重ねて……ただそれだけ。

 正しい欲望の在り方、使い方さえも理解していない貴方には、神具はおろか、その入り口にすらたどり着けない。

 貴方はこれ以上成長できない。

 ……貴方自身、それが分かってるから、ここに、かつて一番楽しかった時代に近い世界に逃げて来たんでしょう?

 ぐ、あうっ……!!」

「御託は良いんだよ、雌豚が。こっちの世界の人間、お前程度にできるんなら、俺に出来て当然だ。だからさっさと方法を……」


 罠の力を強めた為か、カミトさんが気を失い、崩れ落ちた瞬間、俺達は我慢の限界に来ていた。というか、爆発していた。

 死角を縫って、懸斗のナイフが男に突き刺さ……


「てめえらの底なんか知れてんだよ、雑魚ども。

 そこのコミュ障は真正面からの攻撃が出来ない」


 男の周辺に現れた炎弾がナイフを悉く迎撃する。

 その隙をついて、アリスが杖で殴り掛かる。


「神事術士? 人を攻撃できないような術なんざ怖くもなんともないんだよ。

 獣風情と一緒にすんな」


 殴りかかるアリスが幻と見抜いて、微動だにせず、パチンッと指を鳴らす。

 すると、風が突如巻き起こり、次の攻撃を繰り出そうとしていた懸斗と背後から迫っていたアリスを吹き飛ばし、壁に強く叩きつけた。


「んで、お前が一番問題外なんだよ、雑魚オブ雑魚が」


 二人が吹き飛ばされる姿に奥歯を噛み締めながら、それでも、と、カミトさんに教わった力を一番込められる殴り方で、強化を重ね掛けて纏った拳を解き放つ俺。

 だが。

 その強化された腕全体を、どこからともなく取り出した剣で一閃……俺の右腕は、呆気なく切り落とされた――――。

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