第17話 げんかいとっぱ
「んで、お前が一番問題外なんだよ、雑魚オブ雑魚が」
二人が吹き飛ばされる姿に奥歯を噛み締めながら、それでも、と、カミトさんに教わった力を一番込められる殴り方で、強化を重ね掛けて纏った拳を解き放つ俺・
だが。
その強化された腕全体を、男はどこからともなく取り出した剣で一閃……俺の右腕はいとも簡単に切り落とされた。
「ぐ、ああああああっ!?」
「邪魔だし、うるさいんだよ、ゴミ」
即座に回復魔術で怪我の進行を食い止めようとするも、その隙に蹴り飛ばされ、俺は無様に地面を転がった。
「強化なんて初歩中の初歩でいくら小細工しようが、圧倒的な力の前には無意味なんだよ。
俺みたいな、な」
「う、うぅ……」
「畜生、ですわっ……」
「お前らはこう思ってるんだろ?
俺みたいな小物な言動の雑魚になんで勝てないんだって。
残念だったなぁ……俺は確かに小物かもしれないが、お前らより圧倒的に強いんだよ。
俺のレベルを、ステータスを特別に見せてやるよ、ほら」
開示された男のレベルは、99。
ステータスは、どの数値も俺の十倍以上。
所持している魔法、魔術、魔技……豊富過ぎて把握すらできない。
装備、蓄魔の鎧……魔力を貯め込めば貯め込む程に、出来る事の幅が広がっていく、まさにチートアイテム。
装備の収納、魔術の仕込み、遠隔操作、それらの実行可能な事もまた把握すらできない程の数だった。
これ以上ない、圧倒的なレベル差。その上。
「そして、俺は火竜と違ってゲームの魔物やキャラクターじゃないからな。
パターンなんかないし、柔軟に対応できる。
つまり、お前らに勝ち筋なんかまるでないんだよ」
それが現実。
俺達に、こいつに勝てる要素はゼロ。どうあがいてもゼロ。
わかったんなら、そこで蹲って見てろよ、犬共。
俺がお前達のご主人様をものにして、這い蹲らせて、逆に謝らせて、全てを吐かせて、俺の女になるまでをな」
男は、そう言って、カミトさんを蹴り倒し、踏みつけて、僧服に手を掛けて……破り捨てていく。
「やめっ、やめて! やめてくださいませ……! 私に、私になら、どんなことでも! だから、カミト様だけは……!」
「くそっくそぉぉ!!」
アリスは制止の声を上げる。術が通用しないのなら、自分を犠牲にしてでも、と。
「……けるな……」
なんだこれは。この、理不尽は。
今までの、俺が感じてきた『理不尽』なんか、紙切れ以下だ。
今ここにあるのは、理不尽の具現だ。
約束を鼻で笑い。
人道を踏みつけ。
我が儘を押し付け。
そして何よりも。
俺の、一番大事な人を、俺が最も嫌う理不尽そのものが汚そうとしている。
「ふざけるなよ……こんな理不尽を、認めてたまるか……!!」
俺への理不尽なんかどうでもいい。
仲間達への理不尽は、俺が俺自身よりも大事にしたい人への理不尽だけは。
「絶対に、許してたまるもんか……!!!」
例え、俺自身がどうなったとしても。
その決意と共に、俺は切断された腕から血をまき散らしながら、絶対に使ってはならないとカミトさんに言われた小瓶を取り出した。
「……!? それは奇跡の欠片!!? 馬鹿、やめろ! もったいない真似を……」
「お前の言葉なんか、聴くと思うのかよ!?」
そうして、男の言葉を無視して躊躇いなく、その中身を飲み干した……直後。
「ぐ、ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
俺の身体を、魂を、とんでもない量の何かが、魔力が、エネルギーが入り込もうとしていく。押し広げようとしていく。
それは例えるなら。
ダムいっぱいに溜まった水を、ごく普通のサイズの水風船に詰め込もうとする愚行。
あるいは、針の穴に杭を通そうとする暴挙。
そんなもの入るわけがない。通るわけがない。
水風船は破裂し、針そのものが壊れるだけ。
そもそも、それを試そうとすることそのものが無意味の、どうしようもない馬鹿の行為だ。
「あーあ、使いやがった……お前の持つそれは、ガチの英雄の為に神様から与えられた奇跡を結晶化したレア中のレアアイテムなんだぞ。
レベル999の奴が死にかかった時、ソイツを全快させる事が可能なアイテム、それを並の人間が使おうもんなら、破裂するに決まってるだろ。
まぁ一応冒険者だから少しはもつだろうが……ったく、神殿にでも売りつけたら、百回は人生を遊んで暮らせただろうになぁ。あーあ」
「……はっ」
「あん?」
俺の口から思わず出た笑いに、男は心底馬鹿を見る目でこちらを眺める。
だが、それはこちらの方だ。
「百回、遊んで、暮らす……? 今ここで使わない以下の使い道だ、それは……!
……懸斗! 俺の腕を、俺に飛ばしてくれ!!」
「! わかった!!」
懸斗が操作してくれたこっちに送ってくれた腕を掴み取り断面を合わせる。
当然激痛が走る所なんだろうが、今はそれ以上の別ベクトルの痛みと苦痛と、身体を駆け巡る筆舌に尽くしがたいエネルギーの濁流、そして怒りがそれらを遥かに凌駕していて気にならない。
そうした上で、俺は魔術を使う。
回復まずは回復。カミトさんを、アリスを、懸斗を。
そして、俺の腕。
普段の俺なら腕を切断された状態の回復なんかできないが、今はむしろ魔力が押し寄せてくる。
いや押し寄せてくるなんて表現じゃ表せない。
今の俺は頭上から降ってきた隕石を奇跡的に受け止めた蟻だ。
隕石を急ぎ削り落とさねば、圧倒的な奔流を使い切らなければ、死ぬだけだ。
だからただ回復を重ねていく。
いつもの俺ならとっくに枯渇している魔力量を使って、ようやく右腕がくっついた。
だが、それでもまだ足りない。いや足りてる。足り過ぎているから、体中が魂が膨れ上がりそうになっている。爆発しそうになっている。
頭が、頭が熱い。
でも今はただ魔術を、強化を重ねるだけだ。
奇跡とやらを使い切るまで? 違う。
目の前の理不尽を、叩き潰す為に……!!
「う、おぉぉぉぉぉっ!!」
地面を蹴って俺は男へと再び殴り掛かる。
俺の可能な最大限の強化の重ね掛けによる、一撃。
「無駄だって言ってんだろ」
だけどそれさえも簡単に切り捨てられる。……でも。
「っ!? ちぃっ!! 血で汚れるじゃねーか!!」
その切り取られた腕を中空で、反対側の腕で掴み、殴り付ける。
俺なんぞの血で汚れるのを嫌ってか、男は距離を取った。
まだ足りない。まだ足りないまた足りない。
もっともっともっともっともっと強化!!
身体全体。腕、手、足、太もも、脹脛、踵、手の甲、足の甲、腹、胸、肩、背中、指、指先、全骨格、全関節、全筋肉、全神経。
強化強化強化強化強化強化強化強化強化。
強化の負荷に耐え切れずねじ切れる部位を強化回復。
足りないまだ足りない。
過剰強化のせいなのか、身体が、黒く染まっていく。
気にせず殴る。攻撃する。叩きつける。蹴りつける。
強化した認識で、致命傷だけは無様だろうが何だろうが全力で回避しながら。
こっちからが回避されようがなんだろうが……ただ只管に、繰り返す!!
「おうおう、無茶してるねぇ。でもそうまでしても俺の数値には届いてないし、届いたところで別にどうともならないのにな」
固まった血がそうなっていくのか、強化が極まるとこうなるのか。
黒く黒く染まっていく俺の身体。
何が一体どうなっているのかわからないわからないわからないわかるはずもない。
ただひたすらに。
強化強化強化強化強化強化強化強化強化。殴る蹴る回避。殴れ殴れ殴れ。
「無駄な事だよ、全部。……だってのに……いい加減……!」
無駄。
いたい。いたい。魔力が俺の中の通路を強引にねじり進む。拡張されていく。破壊されていく。それも回復する。さらに破壊される、拡張される、回復する。
スクラップアンドビルドを果てしなく、繰り返す。殴れ殴れ。
確かにそうかもしれない。
いたいたいたい。骨が、肉が弾け飛ぶ。それを回復、更に強化。
一度壊れた部位の強化は『同じ部位の重ね掛け』にならないようだ。ならそれを利用して更にさらに強化強化強化!
報われる事なんかない。
いつだってそうだった。いままでもそうで、これからもきっとそう。
いたいたいいあたいいあたいたいたいああいたいあいあいたいああああああ。強化回復回避ぶん殴る。
俺が歯を食いしばったって、
誰も俺を見ないし、見返りはないし、ただただ悲しい。胸が痛い。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
だけど。
そんなの、もう、どうだっていい。
「ユージ! 耐えて! 耐えきりなさい! こんな事で、あんな奴のせいで死んじゃだめよ!」
「ああ! 死ぬな憂治! お前が死んだら! 姐さんが悲しむだろうが!!」
ここにある、だいじなものを、まもれるのなら。
「憂治、君……」
手を伸ばしてくれる、あの人を、守れるのなら。
見返りなんか、知った事か。
そんなの、まず助けるものを、助けたい人を、きっちり助けてから考える事だ。
少なくとも。
「無駄かどうかなんて、てめぇが決める事じゃねぇんだよ、このクソ野郎がぁぁぁぁ!!!!」
「!! ちいぃぃぃっ!! いい加減しつっこいんだよ!!」
こちらの攻撃を回避しきれずついに掠められた事で逆上して、男が明確に殺意を露にする。
お遊びだった攻撃を本気のものへとシフトしていく気配。
「付き合ってられるか、死……」
男が手にした剣に魔力を込めて振り下ろそうとした……炸裂すれば俺は確実に殺される……その瞬間。
「負けていられませんわね、私も。
貴方言いましたわよね? 人を攻撃できないような術なんざ、と。なら攻撃してあげますわ……!!!
私最後の神事魔術、とくとご覧あれ!!
アリスによる、これまで見た事のない複雑かつ巨大な魔力の組み上げを今の俺は感じ取れた。
制止は、出来なかった。間に合わなかった。アリスの覚悟が込められた、その一撃は解き放たれる。
神事魔術は人に撃てないと、おそらく撃てば魔術が使えなくなる事を含めて理解していたがゆえの油断と、俺に気を取られていた事が加わって、男はまともにそれを受けた。
それは、地上で炸裂する、超高密度の……花火。
攻撃に使われた事などないはずの、色とりどりの光熱と爆発と轟音が男に叩きつけられる。
「くそがぁぁっ!!」
男には、男の纏う蓄魔の鎧にはその『攻撃』は通用しなかった。
だが、眼を、耳を、晦ませる事には大いに成功していた。
「こんな、花火で、花火程度で、俺がどうにかできると……!」
「思ってませんわよ……でもね、繋げる事は出来ましてよ」
爆風と煙の名残の中、飛び出したナイフが踊り狂いながら、男に殺到する。
「小賢しいんだよ!! 正面から攻撃できないって知ってるっつって……!?」
鎧の自動防御機構と、自身の振るう剣でナイフの嵐を迎撃する男が、息を呑んだ。
それは己が眼前に突き刺さらんと、爆炎の名残を切り裂いて超音速で迫る、一振りの苦無を目の当たりにしたからだ。
「ああ、だから……とっておき、真正面から、向き合ってやったぜ……!!」
文字どおり、男の真正面からの操作魔術による超音速投擲は完全に予想外だったらしく、血相を変えて……さすがに兜を被っていない顔面は危機を感じたのか……男は回避する。
そこを目掛けて。
「う、おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」
「!? があぁっ?!」
未だ強化と回復を続ける俺の、渾身の右ストレートが男の顔面に炸裂する。
自動迎撃はいまだ大暴れするナイフに精一杯で、完全に無防備となっており、男を殴り飛ばす事に遂に成功する。
「おっ、どろかせ、やがってぇ!!」
だが、そう思ったのは一瞬だけで、男は少し浮かされたのみで何事もなかったかのように着地する。
どうやら無防備に見えても鎧の加護で顔面も防御は万全だったようだ。
足りない。これだけやってもまだ足りない。
「強化強化強化強化強化強化……。…………………」
だけど。だけどもう。
強化は、し尽くした。
もう強化できる場所はない。
なのにまだまだ魔力の、活力の奔流は俺の中を暴れまわる。隕石は削り切れていない。
ないのか、本当にないのか? 強化可能な部位はもう……。
その時。
展開したままのステータス画面に、俺の名前が。
そうか。
そうだった。
俺を、俺そのものを、山田憂治という存在そのものを……!
「きょぉぉぉぉぉぉうかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「いい加減ぶつぶつとうるさいししつこいんだよ鬱陶しいんだよ、陰キャがぁぁぁぁぁぁっ!!!」
……同時だった。
俺が、ステータス画面の俺の名前を、ステータス画面ごと、殴り割るのと。
奴が無造作に構えた手から放った魔力の閃光が俺を呑み込んだのは――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます