第15話 げーむどおりのどらごんたいじ
約束の期限ギリギリの三日後の朝。
雲ひとつない青空の下、俺達――俺・
腰掛亭にいる人々への映像中継用の鏡の精……光の玉が浮かんでいて、それが映像を送信しているらしい……を引き連れて。
俺達が不正をしないように、なのだろう。
いい気分はしないが――正々堂々倒す姿を見届けてもらうには丁度いい。
「確かに、洞窟らしきものはありますけれど……」
目の前にある洞窟の入り口……だがそれは、大半が岩肌、奥に続くと思われる穴は隙間といった方がいいものだった。
「これじゃ進めないんじゃないのか?」
「いえ、これは偽装されています」
そう言ってカミトさんが岩肌を触った手をスーッと移動させていく。その最中、不意にその手が岩肌に呑み込まれる。
一瞬驚きと警戒をあらわにする俺達だったが、カミトさんが手を抜き差ししているのを見て安堵した。
「なるほど、立体映像みたいな感じの幻覚か」
そこにある岩肌の一部は目に見えているだけで、実際には存在していない……すなわち岩が存在していないその箇所こそ本当の入り口なのだ。
「ここを通れば、おそらく火竜のいる場所に辿り着きます。行きましょう」
「了解です」
そうして幻をすり抜けた先には。
「うわぁ……いかにもなボス部屋ですのね」
山をすっぱりくり抜いたような、周囲を岩壁に覆われたドーム状の空間がそこにはあった。
天井は存在せず、頭上から降り注ぐ陽光が辺りを照らしている。
その陽光を反射するかのように目を輝かせつつのアリスの言葉には同意しかなかった。
「……空間を転移した、わけじゃなさそうだな。岩肌も同じ質のものだし、太陽の位置もズレはない」
「ええ、あくまで入り口は偽装されていただけのようです」
「なるほど……しかし、誰がこんな空間を……自然に出来たようには思えないな」
いかにも戦ってくださいと言わんばかりの場所は、まさにその為に作られたとしか思えなかった。
……上の方にあるいくつかの穴は、まるで観覧席のようにも見える。
「憂治君の言うとおり、作られたものなんでしょう。そう、ああやって大型の魔物を待機させるために」
空間の奥の方。
体を丸めて眠っている……ように見える火竜がそこに鎮座していた。
大きさはここからだと正確には把握できないけれど、全長10メートルほど、だろうか。
今まで遭遇してきた魔物だと3,4メートルのゴーレムが最大規模だったので、その倍から三倍はある。
一体いつからここにいるのか、火竜の近くには食い散らかした魔物や動物の死骸や、自身の排泄物などが小さな山のように積もっていた。
「……多分もう少し近づいたら私達の魔力に反応して目を覚ますでしょう。
三人共覚悟と準備は万端ですか?」
「勿論ですわ」
「いつでも行けるぜ姐さん」
「正直ビビってるけど……二つともバッチリですよ、カミトさん」
「……ありがとう皆」
俺達の中である意味一番危険なのはカミトさんだ。
この世界出身ゆえに蘇生魔法が俺達よりずっと効き難い、すなわち本当に死んでしまう可能性が高い。
だからこそ、一応死んでも大丈夫なはずの俺達が守り抜かねばならない。
……でも、そんな事にはきっとならない。そんな自信を持って、俺達は歩を進めた。
直後、火竜が起き上がり、咆哮した。
ゲームなら、今ここにボスの名前が大画面で表示されているだろうなぁと思う。
だけど、これはゲームじゃあない。真剣勝負だ。
でも皮肉な事に、その攻略方法はゲームを大いに参考にしたものだった。
「まず初っ端ブレス!」
大きな声で皆に警戒を促す。
と同時に、予定通りにブレスが吹き付けられる。
だけど、各自の強化に俺の強化が作用している皆は、効果範囲をしっかり把握している事もあって、見事回避。
レベル差ゆえに回避が難しい可能性を見越して、余分に、余裕をもって動いているのが功を奏している。
「やっぱりパターンは今までの魔物と同じでゲームそのままですわね!」
炎の余波を駆け抜けながら、アリスは自身の足元に魔術を解き放つ。
氷の道筋を作り上げ、その上を滑り進む、デモンストレーション用の魔術は、今の時回避とかく乱を両立させる手段となっていた。
さらに出会った時使用していた光弾の魔術を辺りにまき散らし、火竜の意識を散らしていく。
そこに。
「そのまま過ぎて怖いぐらいだが、活用させてもらうぜ!」
岩陰に隠れつつ、懸斗は強化が付与されたナイフを解き放ち、操作する。
死角から迫っていくナイフの群れ……火竜は自分を馬鹿にしているのかと叫ぶかのように咆哮、翼の羽ばたきのみでナイフを簡単に押し戻す。
だが、その隙をついて。
「ああ、思う存分に!」
俺もまた、自身全体と腕力、弓矢そのものを強化した一撃を、ナイフとは反対方向から連続掃射。
懸斗のように操作は出来なくても、こちとらそれなりに鍛えて命中のステータスは二人よりも高い。
技能としての弓矢のレベルもそこそこ上がっている。
ましてやあの巨体だ。外す方が難しい。
当然のように、俺の放った矢の全てが火竜に突き刺さる、も、表層のみにとどまり、大ダメージとはいかない。
だが痛みを与えられたことに憤慨し、火竜の意識がこちらを向く。
そして、それこそがこちらの意図。
「せいやぁぁぁぁぁぁっ!」
完全に無防備になった背中に、本命のカミトさんの、大跳躍からのかかと落としが炸裂する。
巨大な火竜に対し、その一撃は一見蟻の一噛み程度に見えるだろう。
だが、カミトさんは俺の強化、武術、戦闘技術の先生にして、俺達よりもはるかに上の、レベル51なのだ。
もはや隠す意味はないと解放してくれたステータスは、文字通り俺達とは桁違い。
当然、本来は鋼のような竜の素肌でさえ、ダメージを浸透させる威力と技術がカミトさんの一撃にはある。
強烈な一撃を受けた火竜はたまらず苦悶の叫びを上げ、怒りに任せてブレスをまき散らす。
だがそれさえもゲームそのままで、動きを見切っている俺達はきっちり回避していく。
勿論、カミトさん以外は圧倒的なレベル差があり、緊張していない恐れていないわけじゃない俺達は時折ミスをする。ダメージを受ける。
だけど、それもカミトさんを中心に庇い合い、魔術や持ち込んでいたアイテムで回復し、十分にカバーできる。
俺は正直内心震えまくっていた。死の恐怖が、予感g汰ビリビリと伝わっていた。
いくら生き返れるからと言っても、今まで死んだ事がないからこそ、怖くてたまらない。それは他の二人も同じだっただろう。
だけど、それ以上に。
「ユージ! ケント!! 気合入れていきますわよ!! 私達は特に!!」
「おおともさ! あん畜生に詫びいれさせてやるぜ!」
「もちのろんだ!」
カミトさんへの謝罪を絶対にさせるという決意が俺達を燃え上がらせ、恐怖を凌駕させていた。
「皆にも謝ってもらうんですよ! そこの辺りお忘れなく! だから私も気合十分です!」
そして、そんな俺達をカミトさんが更に鼓舞してくれる。
そんな俺達が織りなす連携。
カミトさんをメインアタッカーに据えて、アリスがかく乱、男二人が補助攻撃。
その回転をただひたすらに繰り返していく。
危険は決して犯さず、少ないダメージを繰り返し、カミトさんの一撃で大きく削る流れ。
それを何十回か繰り返すと、火竜の体力は残り三割にまで到達していた。
カミトさんが中心だからだが、俺達が、俺達でも、ここまで火竜を追い込む事が出来たのだ。
「しつっこいですわね……!」
「まったくだ!」
だが、俺達もそれなりに消耗していた。
魔力体力の回復アイテムも想像以上に使ってしまっていたし、集中力も確実にすり減らしていた。
火竜を倒す事は決して不可能ではない、ないが、ギリギリな状況になりつつもあった、そんな時だった。
「皆、次の私の攻撃で決めます! あと一踏ん張りです!」
「……!? 分かりました!」
「了解だぜ、姐さん!」
「燃えますわね、その展開!」
俺達の限界を悟ったのか、カミトさんが叫ぶ。
何をしようとしているのかはわからない……だが、カミトさんが出来ると言っている以上、それを見逃す手はないというものだ。
俺達は余裕がない顔ではなく、心を見合わせ、気合を入れ直して最後の回転に臨む。
かく乱成功、かく乱攻撃成功、補助攻撃成功……!
後はいよいよカミトさんの最後の攻撃――そう思った瞬間。
流石に一番喰らうべきでない攻撃は何なのか、火竜も把握したらしく、俺達を無視して、カミトさんへと跳躍……!
高速で巨体そのものをぶつける体当たりを敢行した。
それはゲームにはない、種族ではない、彼という個体のオリジナルな動き。
だけど。
「なまものですものね、最後のあがき位当然視野に入ってますわ!」
神事魔術の1つ、舞踏の際に使用される、幻影の術式。
火竜が繰り出した攻撃は、カミトさんを映し出した幻影を霧散させ、火竜を地面に激突させた。
それによる地響き……小さな地震が俺達を少し揺らす。
「ナイスだ、アリス嬢ちゃん!!」
「グッジョブアリス!」
「当然ですわっ!!」
アリスによる幻影はこれ以上ない、これまでで最大の隙を生み出す事に成功していた。
「アリス、憂治君、懸斗君……! ありがとう!
皆への感謝を込めて……今可能な最大の、この一撃を! ……神具、顕現!!」
跳躍したカミトさんが手を頭上にかざした瞬間、膨大な力がこの場に解き放たれる。
魔力……いや、それを超越した、力の奔流が、形となる。
顕現したのは、薄く――しかし神々しい光を放つ巨大なメイス。
ここにいる火竜でさえも仮に手にするには巨大過ぎる……そのあまりの大きさゆえにこの空間にさえ収まり切れないほどの、規格外のメイス。
にもかかわらず一部触れている岩肌を破壊したりせず、何の影響も与えず溶け込むような状態で中空に浮かび上がっていた。
……カチリ。
それを目の当たりにした時、俺の中で何かの音が響いた。
扉が開くような、鍵が回るような、そんな音。
だが、その事を気にしている暇などなかった。
「……将来的な危機の芽を摘むために、貴方を討つ愚かさを、どうかお許しください」
眼前で展開されている凄まじい状況を――ただ見守りたくて、そして何故かどうしても目が離せなかったがゆえに。
俺達は知らなかった、というか鏡の精は情報が双方向受信式ではなかったし、見る余裕もなかったが、その頃腰掛亭では皆大興奮だったらしい。
低レベルの俺達が、カミトさんを中核にしているからとは言え、レベル57の、それも火竜(ドラゴン)を相手に渡り合っている姿は、ギルドを訪れた皆の足を止め、大半を……男の取り巻きやファン、カミトさんへ良からぬ視線を向けていた者達以外を……応援させていたという。
「あいつら、やるじゃねーか!」
「おいおい、初手ブレスで終わりかと思ったのによ……こりゃあ応援したくなるな」
「神事魔術ってあんな使い方出来たのね……!」
「操作魔術の野郎も中々やるな」
「私は地味な援護を続けている彼も結構すごいと思いますよ」
「やっぱカミトのねーちゃんはすげぇな! やっちまえー!」
「彼女ここまで強いだなんて……レベル40以上は確実だな」
「あ、あんなの大したことないさ……所詮あの女は……」
「チッ……興が削がれる事言うなよ」
「つまんねーな、第一次召喚者様の取り巻きはよ……って、おいぃぃ!!」
「やべぇもん取り出したぞ、あの女……!!」
「あれ、まさか……神具?!」
「や、やばいんじゃ……このままじゃ、あの火竜が、賭けが……ど、どうしましょう――?! ……え?」
そして、状況を一緒に観戦していたはずの男が、いつの間にか姿を消していたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます