第13話 おそれをこえて
「深夜――誰の視線も浴びないように恐れ戦きながらの出立……それが私の旅立ちでした」
カミトさんは、俺・
かつて自分の身に起こった事と、抱いた感情について。
俺はただ、今はそれに耳を傾ける事しかできない自分が腹立たしかった。
だけど、それでも俺はただ沈黙した。それが今の自分のすべき事だと言い聞かせて。
その思いと共に見据える俺の視線に気付いていたのだろうカミトさんは、俺を一瞥した上で言葉を再び紡ぎ出した。
「私は――私は、嫌だったんです。
世界の醜さを許容できない自分が。恐れるだけの自分が。
もっと優しくなりたかった。強くなりたかった。許せるようになりたかった。
だから、旅立ちました。強くなるために。
そうして始まった十年の旅は、私に最初の旅、かの13人との旅とは全く違う世界を見せてくれました。
冷たく、残酷な……だからこそ、ささやかな優しさが命を救う事もある、白でも黒でもない世界。
この世界を神は私に見せたかったのかもしれません。
確かに、価値はあったのでしょう。
ですが、その為に受けた仕打ちを許容できるほど私は強くなく、旅の中で起こった決定的な出来事もあり、私はトゥーミを信じる事を辞めました。
そして、それと対照的に、とでも言えばいいのでしょうか。
かつてあの男に襲われた時に響いた声がバーレト様だと確信できる出来る事があり――私はバーレト様こそが私の仕える神だと信じるようになりました。
……愚かでしょう?
結局神そのものを捨てられず、今もなお縋ってしまう私は」
俺はただ首を横に振った。
誰が愚かだなんて言えるだろうか。
幼いころから信じてきた存在に裏切られて、過酷な仕打ちを受けて、誰が支えを要らないと言えるのだろうか。
信じられない思いもあった。
あんなにも気さくで明るかった、決して悪人には見えなかった神が、カミトさんを見捨てたなんて。
だが、ただ一度会った彼とカミトさん、どちらを信じるかといわれたら、答えは明らかだ。
「異世界人の事も、最初は視界に入れるだけでも嫌だったんです。
彼のような、彼のようになってしまった人間の方が少ないのは頭では分かっていました。
でも受け入れられず、拒絶するばかりでした。
時間により、少し消化できるようになったのがここ数年。
もっと異世界人を認められるように――許せるようになりたいと思うようになり、私はここにやってきました。
……召喚主流の場がここに移ったのはありがたかったです。
故郷がまだ主流の場所であったのなら、正直私はまだ向き合う覚悟が出来なかったでしょうから。
――話が長くなってしまいましたね。
総括すると、彼の語っていた、彼が想定しているような事柄は当時ありませんでした。
ですが、十年の間に、私は道を外れてしまったのです。
かつての私ではできない事で、苦しむ人を助ける為に、私は道を外れる事を選択したんです。
事情があって語る事は出来ませんが……私は、みんなが思ってくれるような綺麗で素敵な人間じゃないんです」
「……」
「そうなった事を私は全く後悔していません。
だから、その、こんな私の為に戦う……危険な目に遭う必要はないんです。
ただ、私は戦って、皆には絶対に謝らせますから、だから、だから……」
「……こりゃあ、鉄拳制裁が必要ですね」
「え? きゃうっ!」
カミトさんの頭をポカリ、と軽くはたくように殴る。
いつもカミトさんが俺を怒ってくれるように、今度は俺の……俺達の番だ。
「ゆ、憂治君?」
「カミトさん、一つ聞かせてください」
「え、ええ? なんですか……?」
「俺と出会って、懸斗やアリスと出会ってからのカミトさんに、嘘はありましたか?
軽いジョークとか茶目っ気とか、そういうの抜きにです。
俺らを騙すような傷つけるような、そんな嘘はありましたか?」
「そんな、そんな嘘はない、ですけど……昔の事を黙っていたのは……」
「それは抜きです」
「だとしたら、ないです。絶対にないです……!」
「じゃあ、カミトさんは、俺達が思っているままの素敵な、綺麗なカミトさんです。間違いなく」
「えっ……?!」
驚きと共に目を瞬かせるカミトさん。その眼は浮かべた涙で揺らいで見えた。
それを目の当たりにして――――やっぱり、
だから、カミトさんの涙を吹き飛ばせるように――そんな思いを込めて、俺は懸命に言葉を、心を、思うままに紡ぎ続けた。
「俺は、昔のことを知ったからって、カミトさんの全てを知った気になって全てを肯定なんかできません。
知り合って一か月も経たない人間がそんなの、ただの傲慢以外の何者でもないですから。
でも、俺達が出会って、憧れて、好きになったカミトさんなら、今まで俺達が見てきたカミトさんなら間違いなく迷いなく肯定できます。
だって、嘘じゃないんでしょう?
だったらそれは、間違いなく、俺達の好きなカミトさんじゃないですか。
だから、そんなカミトさんを侮辱しやがったあん畜生をぎゃふんと言わせて、カミトさんに謝らせてやる、そんだけのことです」
「で、でも、それで、いいんですか? 私、私は……綺麗じゃ……醜いですし、汚いですし……」
「いいんですよ。
何回も言いますが、俺の目の前にいるカミトさんは間違いなく、綺麗なままです。
俺を助けてくれた、あの夜からずっと変わらず。
あの二人にとっても、きっと同じですよ。
大体そんなことを言い出したら、俺も同じですよ同じ」
「え?」
「元の世界では、たくさん失敗して、勢い任せに誰かを傷つけたり……あの夜貴方に告白した通りですから。
貴方は、そんな俺でも一緒にいてくれて、抱きしめてくれて、鍛えて、今も一緒にいてくれるじゃないですか。
だったら、俺もそうありたいんです。あなたのように、なりたいんです」
助けられたからそうしたいという義務や義理でなく、カミトさんのようにありたいと自然に思えるからこそ。
「だから、俺達と一緒に戦ってくれますか?」
「……!!! 勿論ッ! 勿論ですとも!」
俺が差し出した手を、カミトさんは掴んでくれた。応えてくれた。
ならもう、怖いものなんか何一つない。
火竜とやらがどれだけ格上だろうが、あの男が俺よりどれだけ強かろうが、今の俺の心を――カミトさんと共にありたいという気持ちを揺るがせることは、どうやってもできないのだから。
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