第12話 おもいだしたくないかこ

「ふん、いいぜ。

 じゃあ、俺も追加だ。俺が勝った時は……どうしようかねぇ?

 こいつら雑魚はどうでもいいけど、お前には価値があるからなぁカミトちゃん。

 まぁどうなるにせよこの街にもいられなくなるのは確かだな。

 せいぜい頑張るこった」

 

 そう言って男は、取り巻き連中と一緒に悠然と去っていった。

 下品で小物臭いが、威風は確かにある。


 その後、周囲の人々が俺達を『見て』いた。

 有名人に逆らう様を面白げに見ている者、男のファンか何かなのかこちらを半ば睨む者、そして……良からぬ目で、カミトさんを見る者。見るようになってしまった者。


 中には、心配して声を掛けてくれた人もいた。

 あえて詳しい事は訊かず、自分に出来る事があればと協力を申し出てくれる人も。


 カミトさんは、いつもそうしているように、穏やかに言葉を交わし、感謝の言葉を告げ――騒ぎが一段落すると、カミトさんは俺達に向けて「場所を変えてもいいですか」と静かに言った。

 ……その声が震えていた事に、俺・山田やまだ憂治ゆうじは気付いていた。




「……アリスと懸斗けんと君は?」

「ひとまず、俺だけの方が話しやすいだろうからって」


 昼下がりの陽光の下、俺とカミトさんは、カミトさんが仮住まいしている神殿の廃墟にいた。

 正確に言えばアリスと懸斗もいるのだが、離れた所で待ってもらっている。

 一番付き合いが長い俺には多少なりとも話しやすいだろうから、そうして話してもらった後だとさらに話しやすくなるだろうから、今でなくてもいつか改めて事情を聞かせてくれればいい、との事だった。


「嫌な女です、私は。

 皆に聞いてほしい気持ちに嘘はないのに、今はその方が確かに楽だろう、そう思ってしまいました」

「そんなの普通ですよ。あと、無理に話して互いに負担がかかるよりずっといいです。

 きっと二人もそういうのを込みで言ってくれてるんですよ」

「ええ、そうでしょうね。みんな優しいです。勿論憂治君もですよ」

「俺はそうなりたいと思ってるだけで、今一つ優しくないと思いますけどね」

「そんなことはないですよ。ええ。

 じゃなかったら、あんなに怒ってくれるわけないじゃないですか」


 ……あの時はただ純粋に怒りたくて怒っていたわけだが、正直下心が微塵もないかと問われると自信はない。

 だが、今ここでそれを言っても話の腰を折るだけなので、ないですないです、と手を振って否定するに留めた。


 カミトさんはそんな俺に苦笑してから表情を改めた。覚悟を決めた、そんな顔をしていた。


「では昔の事を少し語ります。

 そのまま聞いていてくださっていいですからね」




 カミトさん……カミト・トゥーミは、トゥーミ家というかつて神が人としての肉体を得た時の一族、その末裔であるという。

 その真偽については――いくつかの証拠があり、ほぼ真実だろうとされている。

 そしてそれゆえに、トゥーミ家は神との距離が近く、神託を受ける事が多く、かつごく稀に神がその肉体を使って転生する事も幾度かあったらしい。

 そして、カミトさん自身、不思議な記憶の夢を見たり、神の言葉を幼いころから何度も聴くに留まらず、会話すら交わしたことがあるという。

 ……確かに、召喚の際出会った彼なら、その距離の近さも納得できる気がした。

 そうして神に近い人、神と話す事の出来る人として成長していくカミトさんは、ずっと幸せだったという。


 自分を含む誰かが道に迷った時は神託を受ければよかった。

 そうする事で誰もが笑顔になっていった。

 これが自分の為すべき事であり、人生なのだと迷いはなかった。

 

 11年前に世界を救う計画として、異世界人召喚計画が始まった時もそうだった。

 当時はここでなく、この町のある国の首都で行われていた計画。

 時に神託を受けながらこちらとあちら二つの世界で協力し合い、準備を進めていく時間は、世界の為に生きているという充実感があった。


 そうしてカミトさんはトゥーミ家当主たる、彼女の父を支えながら、ついに召喚計画を実行……第一次召喚を成し遂げた。

 召喚された面々は、今とは比較にならない高い初期能力を備えた者達ばかりで、

 カミトさんは彼らと共に冒険し、世界を駆け抜けていった。


 そんな幸せな日々の中で、唐突にその出来事は起こった。

 彼らの中の一人、今日遭遇したあの男が……カミトさんへの懸想を暴走させ、襲い掛かったのだ。


 当時、こちらの世界の人間、特に神職者達は「いかなる事があっても、異世界人に従順たれ」とされていた。 

 こちらの都合で呼びつけて、保証・承諾されているとはいえ危険な目に遭う彼らを守り・導くのが最優先だと。

 だが、女性としての危機に追い込まれてまで、遵守すべき事なのか、当時のカミトさんには分からなかった。

 だからカミトさんは神に求めた。神託を。どうすればいいのかを。


 しかし、神は答えなかった。何も。

 せめて何か答えてくれたら、と何度も願っても、答えてくれなかった。


『抗って! 悪意には抗っていいんです!』


 そうして追い詰められた彼女の頭に響いた声が自分自身の声だったのか、もっと違うものだったのかはわからない。

 ただ、気付けば彼女は抵抗していた。持てる力の全てで。

 当時、素の肉体能力では拮抗していため、彼は彼女を完全に押し倒す事は出来なかった。

 その事に苛立った彼は、あろう事か武器を取り出そうとしたが、その際の隙をついて、カミトさんは空いた右手の手刀で彼の顔面を切り裂いた。

 想定上の反応に彼は悲鳴を上げてのたうち回り……騒ぎが周囲の人間の知る所となった。


 当初彼女は正直に全てを話せば、丸く収まると信じていた。

 彼も一時の気の迷いで、話し合えばちゃんと分かり合えると信じていたのだ。


 だが、結果から言えば、それら全ては裏切られ、叩き壊された。


 彼に買収された周囲の人々は彼女に不利な証言を繰り返した。

 絶対の味方だと思っていた父は『神託が聞こえなかった』事を理由に、カミトさんに問題があったと判断した。

 彼女を擁護、信じてくれていた人々も、時間が過ぎるにつれて意見を塗り潰されていった。

 さらに、外部に事件の事が漏れ、それに伴いカミトさんが不純異性交遊をしていたなどと、事実と全く異なる風説が流れ出した。


 カミトさんは懸命に否定するも、13人のリーダーを主軸とした良識派がほぼ不在中に起きた事であり、当時の彼女は気付かなかった、彼らの対立に巻き込まれる形で起きたその事件をひっくり返す事は、若く未熟な彼女にはできなかった。


 彼女は何度も何度も問い掛けた。トゥーミに何度も神託を願った。

 だが、神託はついぞ与えられず、それにより彼女こそ罪人であるという風潮が時が過ぎるごとに強まり。


 あたたかったはずの人々の、冷たい視線、好奇の視線に耐え切れなくなり、彼女は生まれ育った世界を捨てて、逃げ出した――――。

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