第11話 ゆるせないこと、ゆずれないこと

 突然、ガチャンッ、と何かが割れる音が響く。

 それはカミトさんが、手にしていた湯呑を落としてしまった音であった。


「カミトさん……?! どうしたんですか……!?」


 俺・山田やまだ憂治ゆうじが尋ねるも、当のカミトさんは自分が湯呑を落としたことも気づかず、顔面を蒼白にしていた。

 それどころか、体をガタガタと震えさせて、誰かどう見てもただならぬ状態であった。

 ……こんなカミトさんを、俺は、俺達は――きっと宮高守みやこもり懸斗けんとも、アリスも――見た事がなかった。

 ひとまず椅子に座らせて落ち着いてもらおう、そうしようとしたまさにその時だった。


「おや? おやおやおや!? そこにいるのは、かの神の転生者の子孫!

 代々誇り高き神の代弁者たる僧の一族、トゥーミ家のカミト・トゥーミじゃないか!

 久しぶりだなぁー!!」


 いかにも無遠慮な、周囲のことなど考えてもいない大声でこちらに……カミトさんに話しかけてきたのは、灰色の全身鎧フルアーマーを着込んだ、頬に薄く傷跡が残っている、俺と同じ位の背の男。

 顔立ちは悪くない、むしろ美男子といってもいい容姿だったが、浮かべた笑みがどうにも歪というか……言いたくないが、いかにも下品な笑い方であった。

その男に、この場の人々の殆どが注目していた。

 そして、男が告げたカミトさんのフルネームに、周囲が大きくざわついていた。


 だが、そんな事は今はどうでもいい。

 カミトさんの具合をどうにかするのが俺にとっての最優先だ。


「……カミトさんの知り合いなら申し訳ないですけど、少し待っていただけますか?

 今彼女の具合がよくないので」


 こうしている間も、彼女は全身から滝のように汗を流し、視線を床に落としたままだった。

 ……らしくなかった。いつものカミトさんは警戒も含めて周囲に気を配る事を忘れず、視線は常に真っ直ぐなのに。

そんな彼女を見ているのが辛くて、でも見なくては介抱も出来ないので、男性への視線もそこそこにカミトさんへと集中する。

 二人も同様で、全く男を意に介さず、カミトさんに水を差しだしたり、汗を拭いたりしてくれていた。


 それが面白くなかったのか……いや、逆だ。

 カミトさんの様子を見る隙間に一瞥した瞬間、心底面白いとばかりに、歪な笑みの色を濃くして、彼は言った。


「そうかそうか、それは悪かったな。

 それで、何の病気だ? ある行為をすると伝染する類の病気なのかな?

 ここでもそういうふしだらな行為に及んでいたのかね? どうなのかな、カミ……なんのつもりだ?」


 彼が言葉を止めたのは、アリスが杖を突きつけ、懸斗がナイフを構え、俺が強化の拳を身構えたからだ。

 二人の表情を見る余裕なんかない。だけど、分かる。

 俺と同じ、ブチぎれた表情をしているはずだ。


「なんのつもり? その臭い息吐く口を閉じろ、に決まってんだろ」

「違うでしょう、ケント。言葉の全てを撤回して、土下座してカミトに謝れ、ですわ」

「ああ、そうだな。悪い悪い」

「お前達、俺が何者かを知っての事なのか?」


 鷹揚な態度を崩すことなく男は言う。

 ……いつもの俺なら、二人が何かでこうして怒る状況であれば、慌てふためいていたかもしれない。

 カミトさんが二人に落ち着くように宥めながら冷静に色々考えてくれるのを眺めているだけだったかもしれない。


 だけど今は停める気はないし、停まる気もなかった。


「アンタが誰かは知らない。

 ……もし仮に、有名な第一次召喚者の誰それだとしても関係ない。

 俺達が言えるのは、カミトさんに謝れ、それだけだ」


 バチバチッと魔力の光で拳を焦がす。脅しのつもりはなく、対応次第では……。


「三人共! お願いやめて! やめてください……!!」


 カミトさんの制止の声が響く。

 少し考えるも、申し訳ないが男への構えを解くつもりはない。

 未だ震えているカミトさんを見ていると、視線が泳いでいる彼女を見ていると、そんな気になれるはずもない。

 そうさせている輩から、なにかしら、納得できるものを引き出せるまでは。


「やれやれとんだ狂犬どもを飼っているな。俺は寛大だから、この程度なら許してやろう。

 だが生憎と謝る理由はないなぁ。だって俺は事実を言ってるんだからな」

「……アンタは何か勘違いしてるな」

「なに?」

「俺は……俺達は、カミトさんと出会ってまだ一か月位だ。

 アンタが語っている内容について、それまでのカミトさんの人生を知らない俺達が、カミトさんの行動について『するわけがない』と決めつける事は出来ないしすべきじゃない。

 その事については、いつかカミトさんが話したくなった時に訊けばいいし、話したくないならずっと話さなくていい。

 重要なのは、アンタがのカミトさんを嘲った事だ。

 俺はそれを謝れと言っているんだよ」 

「俺達だ俺達」

「私達でしょう私達」

「なるほどなるほど、そうきたか。確かに、彼女を嘲ったのも事実だな。

 だが、どちらにせよ俺は謝るつもりはない、どうする?」

「……逆に訊くが、どうやったら謝るんだ?」

「どうやっても謝る気はない、と言いたいところだが……面白い。興が乗ったぞ。ここまで食い下がったお前達に免じて妥協案を出してやろう。

 この町から少し離れたグリディードの森は知っているな?

 その奥に洞窟ががある……一見小さくて人ひとり入れなさそうだが、そこには実は火竜の住処がある」


 火竜、という言葉に、それまでざわついていた人々の声が更にざわついていく。

 口々に彼らは語る、火竜の恐ろしさ、性質、そして火竜が存在していたのならこの頃の魔物の活発さはおかしくない、と。


「火竜の存在を感じ取った俺はこの街の為に討伐しに来てやったのさ。

 だが、もしお前達がその火竜を倒せたら……俺は彼女に謝ってやろう。

 期限は明日から三日だ」


 男が言葉を発した直後、二人と顔を見合わせて即座に頷き合う。

 答なんか最初から決まっていた。


「……二言はないな?」

「ああ、二言はない……ぷっ、聴いたかよお前ら!」


 そう言うと彼は自身の後ろに控えていた冒険者と思しき面々に笑いながら告げた。


「こいつらのレベル、10、15、17! 職業持ちは一人だけで、しかも神事術士?!

 こんなんでレベル57の火竜に勝てるわけないだろ!」

「……やってみなくちゃわからないさ」


 彼がこちらのステータスを見る事が出来ているのは、明確な敵対者になったから、ではない。

 俺の側からは彼のスタータスは確認できないのだ。

 おそらく何かしら特殊な能力を持っているのだろう。


「分かるだろ。馬鹿かお前。

 さらに言えば、残酷な事を教えてやろうか?

 俺は初期組の特典として、敵対とかに関わらず見たいステータスを見る事が出来るんだよ。

 その中の隠し項目の中に、成長限界がある……お前の限界はレベル11。たった11だ。

 つまり、あと1しかレベルがあげられないんだぞ?!

 しかも使える魔法は強化と回復だけ! 多分覚えられる魔法もあと一つあるかどうか。

 こんなんで火竜に勝とうと思ってるとか……ホント、馬鹿を慕うのは同じ馬鹿……」

「……一つ、追加をお願いします」

「あん?」


  声を上げたのは―――――――――――カミトさんだった。

  何かで……いや、分かり切っている。

  俺達を馬鹿にされた事で、震えを吹っ飛ばし。怒りの炎を燃やしていた。


「私達が勝ったら、私たち全員に謝ってください。

 ……私は別にかまいませんが、特にこの三人には絶対に」


 ゆっくりと俯いていた顔を上げて、男を見据える。

 震えが完全に消えたわけじゃない。視線はいまだに揺らいでいる。

 それでも真っ直ぐに男を見つめるその顔は、俺達のよく知るカミトさんだった。

 だが、男はそんなカミトさんの視線を受けても小馬鹿にした態度を崩す事はなかった。


「ふん、いいぜ。

 じゃあ、俺も追加だ。俺が勝った時は……どうしようかねぇ?

 こいつら雑魚はどうでもいいけど、お前には価値があるからなぁカミトちゃん。

 まぁどうなるにせよこの街にもいられなくなるのは確かだな。

 せいぜい頑張るこった」


 そう言って男は、取り巻き連中と一緒に悠然と去っていった――――。

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