第10話 おしについてかたるのはたのしいです

「じゃあ、せっかくの話の流れですし、やっちゃいますか……よろしいですか殿方お二人」

「異論はない。むしろどんとこい」

「オーケー。それでは第14回目、カミトさんが素敵な件について定例会議を始めよう」


 そうして始まったのは、俺達――カミトさんを除く、俺・山田やまだ憂治ゆうじ宮高守みやこもり懸斗けんと、アリス――の最近の恒例行事。

 すなわち、カミトさんの魅力を熱く語る会議である。


 俺達がパーティーを組んで、早一か月。

 今でこそ互いに砕けた呼び方をするようになり、基本的にはいつも和気藹々だったが、最初から全部が順風満帆という訳ではなかった。


 当初は互いの戦い方が噛み合わなかったり、思わず呟いた言葉で意図せず傷つけ合ったりもあった。


 だけど、俺達は今も仲良くパーティーを続けている。そうできている。

 その根本としては、初めて会った時の「こいつら根は絶対悪い人じゃないな」という確信、共感が大きかったが、それと同じくらい、カミトさんの存在の大きさがあった。


 初戦自分は外道僧と、本人は自嘲気味に語っているけれど、僧侶は元から人とよく話し、諭す事も多い職業であるらしく、そんな職業とカミトさんのあたたかでやさしい人格の噛み合いっぷりが半端なくて彼女は俺達の間をしかと取り持ってくれていた。


 そんな彼女の存在を尊く思っているのは、俺だけでなく、懸斗、アリスも全く同じだった。



『懸斗君、貴方は、その在り方ゆえに他の人が気づけない事に気づく機会が多いはずです。

 それは貴方にしかない素敵な一面なんです。

 ……貴方が悩んでいるのに、今のままでいいと決めつけるつもりはありません。

 ですが、同様に今のままの懸斗君が駄目だなんて決めつけなくてもいいはずなんです。

 少なくとも、今私達が見逃した死角を見破った事は、大いに誇ってください』


 懸斗は、背後から人を襲う悪霊討伐の依頼の際に、自分の在り方をそうして優しく肯定された。



 アリスは、ダンジョン冒険の際、女二人で話す機会があったらしく、そこで思わぬ共感と尊敬を得たとの事だ。

 詳しい話は正直気になったが「女同士の秘密ですから」と二人して素敵な笑顔で言われたら詮索できなかった。

 ……余談だが「女の友情に男が入るのは野暮」という意見の一致で懸斗とはより親しくなれた。



 俺に関しては――語るまでもないだろう。



 そうして俺達はすっかりカミトさんに惚れ込む様になっていて、彼女が今日のように遅れた朝にその事について意気投合してから、こうして熱く語り合うようになった。 

 さながら、推し――俺達の世界で、好きになった・応援したいアイドルやキャラクターの事をそう呼ぶようになったのはいつの頃だったか忘れたが――のよう、いや実際カミトさんは俺達にとっては推しに違いない――そう認識している訳なのだが。


「で、ユージは、カミト様の事どのくらいマジなんですの?」

「ぶふぉぉっ!?」


 アリスが突然切り出したその内容に俺は思わずお茶……緑茶と麦茶の中間の色と味をしている、この世界の市民が愛飲しているもの……を噴き出していた。

 慌てて周囲に彼女カミトさんがいないかを確認する。


 この会議は大体、彼女が朝のお祈りをしてくる間の待ち時間に行われるので、この時間帯はまだいないのがデフォルトなのだが、万が一がないとも限らないのでしっかと周囲を見渡した。 

 ちなみに爆弾発言をしたアリスの眼は爛々と輝いている。

 ……こういう話が大好きなのはいかにもティーンエイジャーだ。まぁ俺も他人ごとなら興味津々だけどね。


「えっ?! 憂治お前、そうだったのか?!」

「ケント気付いてなかったんですの? カミト様もですが、ケントも鈍いんですのね。

 私達と同様に敬意、あるいは尊さを感じるが故の愛情も十二分にありますが、ユージは恋愛感情の方が強い感じですわね」

「なんだ、そうだったのか、てっきり俺よりもずっと熱烈な推し的な感情かと思ってたんだが。

 水臭いな、言ってくれてたらもっとチャンスを作ってやってたのに」

「そうそう。私もそうしようかと思いまして。だからこの際ちゃんと確認しておこうかと」

「……えと、その……どう、なんだろうなぁ」

「どう、とは?」

「俺とカミトさんの出会いについては話しただろ?

 なんというか、ああいう特殊状況下だったから、吊り橋効果もあるんじゃないかなって俺は思うんだけど」


 吊り橋効果、すなわち不安を感じる場所で出会ったり知り合ったりした存在に惹かれやすくなるという心理効果、現象の事だが、あの時はまさに当て嵌まっているのではとも俺は思っている。


「なるほど、本人的にはそうなんですのね。……毎日あれだけ視線で追いまくっているのを見ていると、何言ってるんだこいつは、みたいな気持ちになりますが」

「確かにカミトの姐さんのことずっと見てるよなー、憂治」

「その事には気付いていたんですのね」

「さっきも言ったけど、推し的な感情だと俺は思ってたんだよ。

 で、どうなんだ? 関係進めてみたいのか?」

「……正直現状で満足してるというか、これ以上は怖いというか今でもいっぱいいっぱいというか。なので、暫くは現状維持でお願いします何卒」

「ふむ、わかりましたわ。……よーくね、ふふふ」

「そこ、怪しげな笑みを浮かべるんじゃない。あたたかい目で見守ってやろうぜ」

「何をですか?」

「ぶふぉぉぉっ!?」


 唐突に響いた声に、俺は再び口に含んだ――照れ臭さをなんでもいいから誤魔化したくなったゆえの動作――お茶を噴き出した。

 振り向くと、そこには俺と同じお茶の入った湯呑を丁寧に両手で抱えたカミトさんが立っていた。

 ……瞬間、湯呑になりたいと心から思った。


 さておき俺は懸命に取り繕いながらカミトさんに挨拶を送った。


「カカカ、カミトさん、今日は遅かったですね」

「すみません、いつもより寝坊してしまったものですから」

「えと、その、それでその、一体いつからそこに?」

「今さっきです。だから何を話してたのかなーと」


 その言葉に俺は、というか二人も安堵の息を吐いた。……アリスは小さくごめんごめんと手を合わせてもいた。


「勿論いつものカミトの姐さんの素敵な所談議だぜ」

「そのとおりですわ」


 と思っていたら即座に二人していい笑顔でサムズアップしていたので、俺もそれに倣う。

 ちなみに、この定例会議の存在はカミトさんにはとっくにバレている。今日の感じで気付かない内に近付かれていて、話の内容が筒抜けになった時があったのだ。――それを考えると、今日はホント危なかった。


 ただ、カミトさんへの尊敬の気持ち自体は隠すものではないというか、むしろどんどん伝えたい所であった。

 時折、なんというかカミトさんは自分を卑下する事がある。

 正直不思議でしょうがなかった。


 だから、カミトさんが卑下しなくていいように、彼女の素敵さを俺達から伝えていきたいと思っているのだ。


「えと、いつも思いますけど、私そんなに褒める所はないと思うんですけど。

 むしろ皆の方が……憂治君は毎日真面目に修行してるし、懸斗君の私達に見えてない所が見えてる所とか、アリスのストレートにかわいい所とか、素敵じゃないかと」

「そういう謙虚な所が素敵なんですわ、カミト様は」

「まったくだ。……元の世界での俺の知り合いの女共に爪の垢を煎じて飲ませたい」

「……。皆がそう言ってくれるのは嬉しいけど、私はそんなに素敵でも、ましてや綺麗な女でもないです。いい機会だから、少し話した方が……」


 カミトさんがそう言いかけた時だった。

 腰掛亭ここの空気が急にざわつき始めたのは。

 ここは日々いつも騒がしいが、そういった日常的なものとは違うざわめきであった。


「ん? なぁ、どうかしたのかー?」


 懸斗がそこそこの大きさの声で誰ともなく問い掛ける。

 すると、たまたま通りかかった、受付の時間が被ってたまに世間話する冒険者――こちらの世界の青年剣士である――が興奮した様子で教えてくれた。


「あんたらの大先輩の一人がここにやってきたらしいぞ……!」

「大先輩? 誰の事ですの?」

「知らないのか?! 第1次召喚者の事くらい聞いた事あるだろ!」


 第1次召喚者。

 10年前に正式に召喚された、俺達世界からの召喚者の第一陣にして、伝説のパーティー一行。

 計13人いたそれぞれがそれぞれに偉業を成し遂げており、こちらの世界の人々にとっても有名人だという。

 ただし、全員が善人というわけではなく、中には素行の悪さも含めて有名になったものも――。


 突然、ガチャンッ、と何かが割れる音が響く。

 それはカミトさんが、手にしていた湯呑を落としてしまった音であった。


「カミトさん……?! どうしたんですか……!?」


 当のカミトさんは自分が湯呑を落としたことも気づかず、顔面を蒼白にしていた。

 それどころか、体をガタガタと震えさせて、誰かどう見てもただならぬ状態であった。

 ……こんなカミトさんを、俺は、俺達は見た事がなかった――。

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