第9話 あさのこうれいぎょうじ

「私達も少しは強くなりましたわね」

「まぁ少しはな」

「アリスと懸斗は確実に強くなってると思うよ。……俺はちょっと最近伸び悩んでる感じかな」


 ここは、この街に幾つかあるギルド管理下の事務所の1つ、真夜中の腰掛亭こしかけてい

 冒険者関係の依頼の受付などを管理するギルド事務所であり宿屋でもある、まさにファンタジーな場所である。

 一階は待合室的な食事処スペースもあり、外から食べ物を持ち込んだり、ここで注文したりで、受付待ちの冒険者達がいつも大騒ぎ、というほどではないが、楽しく賑わっていた。


 この町自体が異世界人のために用意されてはいるが、普通の、この世界出身の冒険者もそこそこいて、みんな出身世界を気にせず、普通に仲良くやり取りしている。

 なんでも、近場の駆け出し冒険者のスタート地点しても有効活用されていているのだとか。

 異世界人が世界の魔素を増やす為に呼ばれているのは、それなりに知られており、邪険にする人間はあまりいないようだった。


 閑話休題。

 そんなギルドの片隅で、それぞれの住処から集まった俺達――すなわち俺・俺・山田やまだ憂治ゆうじ宮高守みやこもり懸斗けんと、アリスは、互いのステータスを見せ合ってこの所の成長や成果を確認していた。

 毎朝ひとまずここに集まって、その日何をするのかを話し合うのがパーティーを組んでからの俺達の日常である。


 ちなみに、カミトさんはバーレト様にお祈りを捧げてからくるので、俺達より少し遅れるのが基本であった。

 というか、俺達が早めに集まってるだけというか。


「でも憂治は強化をきっちり鍛えてるじゃないか」

「まぁ俺は出来る事が少ないからね」


 相変わらず明後日の方向を向いたままの懸斗にはもう慣れたもので、違和感なく彼の言葉に頷きつつ、俺は自身のステータス画面を改めて眺める。


 レベルは10、力や素早さといったステータスは最初の数値に+50前後されている。

 魔法の欄には、強化と回復のみが記載されていて、強化の習熟度は98……100が最高値なのでほぼ鍛えられる限界近くまで鍛えている事になる。


 習熟度というのは、いかにその技能、魔術を使い込んだのかを表す数値で、使えば使うほど伸びるし、新しい使用法を編み出しても伸びる。

 俺はカミトさんの教え+俺の世界での強化……ゲームにおけるバフの掛け方を参考にかなり試していったので、それゆえの数値なのだろう。

高ければ高いほど、その魔法へのプラス補正が掛かるので非常にありがたい。

 

 カミトさんが全ての基礎というだけあって、鍛えれば鍛えるほど強化は便利な技術だと骨身に沁みた。

 五感そのものを強化する事で、認識能力を高めれば、圧倒的に格上でない限りは動きを見切る事が簡単に出来る。

 そうして見切った動きに合わせてカウンター気味に強化した攻撃を与えれば、かなりのダメージを与える事が可能なのだ。

 魔物相手には極めて有効だと使っていて思う。


 だけど、強化はどんな敵も倒せる無敵の能力という訳ではない。


 同じ人間相手であれば、得意不得意や習熟の差はあれど、強化が基礎なのは変わりない。

 つまり自分が使えば相手も使うという構図である以上、基本的には元々の地力の差を埋められないのである。


 どの程度強化するかをコントロール出来たら結果は違うのでは、との意見もあるだろうが、

 残念ながら基本的には強化は『二倍』が限度である。

 それ以上になると自壊しかねないので、普通に使用する場合は誰であれ本能的に限度を決めているとの事だ。

 魔術の式を構築して、意図的にそれ以上を引き出す事も可能だが、式が長くなる上に消耗も激しくなるので、実用的ではない。

 

 では更なる強化は出来ないのか、地力の差は埋められないのか、というと、それについては効果の重複が可能というメリットから、ある程度は解決できる。


 重複が可能、と言っても、例えば拳を強化して、その拳にさらに強化を重ね掛けする、という事は出来ない。

 だが、身体全体に強化を掛けた後で、拳に強化を付与する事は可能である。

 強化の効果対象、もしくは強化を掛ける術者が『異なって』いれば、結果として重複は可能なのだ。

 これが強化の重複の基礎である。


 これを使用すれば、強化の習熟度によっては、瞬間的には更なる強化が可能で、地力を上回る相手を上回れる、かもしれない。


 ただ、当然というべきかメリットばかりではない。

 そもそも強化そのものには、強化する際の身体の負荷への抵抗力もある程度引き上げている効果も付加されているが、元々本来の能力を無理に底上げしているのであくまである程度に過ぎず、それが多重に重なっていけば強化そのものは可能でも、抵抗力の増大が強化に追い付かなくなるのだ。

 また、そこまでの強化になると、魔力消耗もばかにならなくなるので、リスクやデメリットを考えるとバランスが合わないというか割に合わないというか、になってしまうのである。

 

 というかだ。

 強化は確かに基礎ではあるし、効果重複も知っておけば便利ではあるのだが、そもそもの根本となる基礎能力さえ向上させておけば、そこまで無茶な強化の重ね掛けの必要など全くない。


 実際、強化した俺よりも現状強化しないカミトさんの方が圧倒的に強かったりするという実例を知っていると、なんとも言えない気持ちになる。


 結局の所、基礎的な力、レベルアップしてステータスを上げる事こそが王道なのである。


 でも、だからこそ……王道として鍛え上げた結果の圧倒的に上の存在を知っているからこそ、強化でそういった存在にどこまで追随できるのかは俺的に興味があって、研究・修行した結果、結構強化で色々な事が出来るようになった。

 自分の肉体のみならず、武器や防具の効率的な強化や、仲間への強化、重複による瞬間的な破壊力の限界への挑戦成功などなど。


 俺が俺達4人の中でレベルは最低ながらも、なんとかサポートなども含めて追随できるのは、強化をきっちり磨き上げてきたからで、これまで付き合ってくれてきたカミトさんにはただただ感謝である。


「ユージの強化には大いに助けられてますわ。

 自分での強化が追っつかない時もあったりしますから」

「それを言うなら、俺も二人にいつも助けてもらってるよ」


 アリスの神事魔術……神事の演出として光や音を操るというのは、攻撃にこそ使えないが、魔物への攪乱としては恐ろしいほど効果的に作用する。

 光や音に反射的に反応してしまう、あまり知能がない魔物だと、突然の光や音がどういったものなのかを把握、理解するのが追い付かないのだ。

 つまり次の動作が確実にワンテンポ遅れてしまう訳で、一瞬が命取りになる戦いの場所では致命的な隙を生む事が出来る。


 そして、そこを狙い撃つのが、懸斗の操作魔術、すなわち、魔力により物体に干渉する術式による武器の投擲である。

 実際投げ放った武器の軌道や速度を自由自在にコントロールできる、というのは、圧倒的な実力差でもない限りかなりの脅威になる。

 俺が強化魔術を徹底的に練習したように、懸斗もまた徹底的に操作魔術の練習を重ねた結果、魔術関与のない純粋な投擲技術との合わせ技による魔力ローコストでの簡単なカーブ投擲から、高魔力による複雑な軌道コントロール、さらには直線であるなら音速を越える一撃など多種多様の攻撃を可能としている。

……懸斗の抱えている精神的な事柄ゆえに、実は真正面から攻撃が出来ないという欠点はあるが、今のところ問題はない。

 それどころか、むしろ的確に死角から攻撃をするという利点の方が強いと俺は思っている。


 ちなみに、懸斗が撃ち出すのは基本的には服の至る所に仕込んだナイフである。

 本人的にかっこいいので苦無が欲しいとの事だが、生憎この世界に、少なくとも俺達の住む町の武器屋では取り扱っていないのでナイフで代用しているらしい。一本だけ自作のそれっぽいものを作っているがなくしたり壊したくないので実践では絶対使わないと宣言している。


 さておき、そうして二人が作ってくれた隙を突く形で……懸斗の攻撃の時点で仕留めるケースもそこそこあるが……カミトさんと俺が突っ込んでいって倒していくのが俺達の基本的な戦い方である。

 ある程度のレベル差の敵には、直接攻撃の勘を忘れないようにというカミトさんのアドバイスゆえに、皆して殴りに行く事もあるが。


「みんなお互い様に、助け合っていく、悪くないな」

「まぁ私達はそれでいいんですけれども……もう少し、他の皆様も助け合えばいいのに、と思いますわね」

「ああ、最近魔物が活発だよな。明日辺りまたギルドからの依頼としての大型討伐がありそうかな」


 最近魔物がやたら高ぶっているというか興奮しているというか、魔物達が自分達の住んでいる場所から離れて街の近くまでやってくる事例が多くなり、この街の冒険者達はその対応に追われている……と言いたい所だが、追われているのは俺達のようにそこそこの魔物を倒せるようになってきた初心者から一歩進んだレベル帯の冒険者達ばかり。

 ある程度上のレベルの冒険者達は、そんなの知ったこっちゃないとばかりに、他の派手な依頼にばかりかまけている。

 レベルが高くなればなるほど高額報酬だったりレア素材だったりのイベントやクエストばかりこなすようになるのは、ゲームではよくある事だろう。


 だがこの異世界……ゲームなんかじゃない紛れもない現実で、簡単な、それでいて誰かがしなければならない事を放置されるのは、普通の生活をしている人には困ってしまう事態となる。

 その辺りを徘徊している、レベルが高くない、冒険者、特に魔力を鍛えた異世界人おれたちからすればそう強くない、魔素の影響を受けてちょっと強くなったぐらいの動物や魔物でも、鍛える必要なく日々を暮らす人や魔力を扱えない人々にとっては脅威でしかないのだ。


 アリスの言うとおり、今活発に活動している理由を調べたりできる余力を増やす為にも、もっと冒険者同士で協力して、もっと魔物を討伐できればいいのだがそう簡単にはいかないようだった。


「俺達の前の第12次召喚者、だっけ? あの連中はなんか非協力的だよな。

 異世界人の扱いについてのすったもんだがあったらしいって、カミトの姐さんは言ってたな」

「今度カミト様に詳しく尋ねてみましょうか。……それにしても今日はいつもより遅いですわね」

「カミトさん、時々朝が弱いからなぁ。今日もそうかもしれない」


 明確に予定が決まっている時は、ちゃんと約束の時刻前に現れるカミトさんだが、そうでない場合は人より遅れて朝を迎える事がそこそこあったりする。

 本人曰く「夜更かしさんですので」らしいが(かわいい)。


「じゃあ、せっかくの話の流れですし、やっちゃいますか……よろしいですか殿方お二人」

「異論はない。むしろどんとこい」

「オーケー。それでは第14回目、カミトさんが素敵な件について定例会議を始めよう」


 そうして始まったのは、俺達の最近の恒例行事。

 すなわち、カミトさんの魅力を熱く語る会議である――――。

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