第8話 つどうなかまたち

「憂治君?」

「あいたぁっ! すみませんっ! 確認怠ってましたー!!」


 互いに怪我などないかを確認した直後、カミトさんの鉄拳制裁、もとい、鉄拳教育が俺・山田やまだ憂治ゆうじの頭に炸裂した。

 後に残るようなものはないけれど痛い――絶妙な加減の一撃、流石である。


「もう……練習したじゃないですか。他ならぬ憂治君の命が掛かってるんですから、私は今後もちゃんと怒りますからね」

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します」

「ん。わかればいいのです」

「……これカップルの惚気ですの?」

「……いや俺に訊かれても」

「いや違うから。仲間だから。俺の先生だから。恐れ多いから」


 カミトさんの表情は見る事ができないままに二人の言葉を否定する。

 いや、どんな顔してるのか、照れていたら嬉しいけど、他の表情だとどんななのか考えると怖いので。


「ごほん、えっと、その……俺は、憂治。山田憂治。二週間位前にこの世界に召喚されて、今日冒険者になったばっかりの未熟者。こちらは俺の命の恩人で、先生の……」

「カミトです。この世界で生まれ育った旅の外道僧ですが、今は憂治君と一緒に冒険者をしています」


 そろそろいいかな、とここでようやく振り向くと、カミトさんは普通の、穏やかな表情をしていた。

 そうして視線を向けた事に気づいて、小さくこちらに向けて微笑んでくれているので、ひとまず安堵する俺であった。


「えっと……俺も召喚者で、宮高守みやこもり懸斗けんと

 召喚されたのは一週間位前かな。向こうでは大学生だった」


 自分を親指で指して、黒い鎧の下にこれまた黒い衣服を着込んだ青年は言った。

 先程戦闘の時もそうしていたように、彼はまたしてもこちらとは全く違う、明後日の方向へと顔と視線を向いていた。


「……えっと」

「なんでそんな変な方向向いてますの?」


 いい加減尋ねた方がいいだろうか、と口を開きかけた矢先、皆で助けた少女の方が先に突っ込みを入れてくれた。ありがたい。

 すると青年――宮高守くんは、視線はそのままに恥ずかしげに頭をかきつつ、応えてくれた。


「すまんね。人と真正面から向き合えない性質たちなんだ。

 だからというか、戦闘もああいうスタイルで、この世界では忍者的な職業があるかまだ知らないがそういう形での冒険者を目指してる。

 説明しようかとも思ったが、そういう意味でも向き合えてなかった。重ねてすまん」


と、言葉の内容の割には堂々と、むしろかっこよく言い放つ宮高守。


「……ああ、うん、そういう時ってあるよな。そのままでいいよ」

「……そうですわね、ええ、ありますわね。こちらの事はお気になさらず」

「世界には直視したくないものがたくさんありますからね」

 

 俺達はというと、そんな彼に全員頷きつつ、肯定の言葉を返していた。

 いや、実際気持ちはわかる。すごくすごく分かる。人と真正面から向き合えない時、というのは確かに存在していると思うのだ。


「お前達……! 良いやつらだな……!!」


 とは言え、彼のこういう形を否定する人がいるのもまた分かる。

 状況というかスタイルというか、それだけ見たら失礼でしかないのは事実だ。

 だから、彼はこれまであまり他の人に受け入れられなかったのだろう……それゆえか、彼は嬉しそうな声を零しつつ頷いていた。


「じゃあ、私の番ですのね! こういう自己紹介、コミックで見て憧れてましたわ」


 さっきまで面白い……失礼、個性的な悲鳴を上げていたとは思えない優雅さを感じさせる言葉で彼女は名乗った。


「アリスと申します。ファミリーネームはこんな素敵な世界で名乗る気分でないので、ご勘弁くださいね」


 せっかく異世界に来たのだから、向こうの事は忘れていたいという気持ちなのだろう。

 ……配慮が足りなかったかもしれない。


「そういう事なら、苗字名乗って申し訳ない」

「む。確かに。右に同じく」

「あ、いえいえ、皆様は全然お気になさらず。私個人のこだわりですので。

 繊細過ぎるのはどうかと思いますが、配慮に欠ける輩よりは好感が持てますわね。

 まぁもう少しかっこいい殿方であればなおよかったですが」

「……そ、そうだな、うん。申し訳ない」

「すまん」


 遠慮のない彼女の言葉に我々男二名は頭を下げた。

 ただからっとした言葉、雰囲気だったし、悪気は微塵も感じられない素直な感情だったのがストレートに伝わってきたので、悪感情はまったく抱かなかった。

 それが間違いでない事を強く思わせるように、彼女――アリスさんは「ごめんなさい、嘘が吐けないもので」とはにかみつつ謝罪を口にしてくれた。


「えっとどこまで話しましたかしら?」

「まだ名前の事しか聞いてないぞ」

「ああ、そうでしたか。

 えーと――あちらでは、私はハイスクールに通っておりました。お二人はあの島国のご出身で間違いなさそうですね。私は……」


 そう言って彼女の語った出身国に頷く。

 目鼻立ちに加え、金髪碧眼の美少女なので、多分同じ国出身じゃないだろうとは思っていたので、納得の意味で。


「不思議ですわね。私は英語をしゃべっているつもりで、皆様の言葉もそう聴こえております。

 皆様はどうなんですの?」

「私はこの世界の共通言語を」

「俺は日本語を。そっちもそうだろ?」

「ああ」


 宮高守くんの言葉を頷いて肯定する。

 説明は受けていたが、システムのお陰で何不自由なく会話できているのは不思議で、それ以上にありがたい。

 ……そう考えると、彼女のお嬢様めいた言葉遣いは一体どういう判断でこの形として聞こえているのかは不思議である。


「で、その折角話せる恩恵を使って訊かせてもらうが、どうしてあんな事に?」

「別段複雑な話じゃありませんわ。もう少し先の森の入り口で遭遇して、私では対処に難しい相手ゆえに、ここまで命からがら逃げる羽目になったそれだけの事です。

 ……んふっ」


 唐突に彼女がなんというか、変な声を上げた。笑いを堪えるような、というのが一番近いだろうか。

 とほぼ同時に彼女の服の中を何かがもぞもぞと動く。

 俺達が目を丸くしている中、その動きの主……真っ白い犬、犬種としてはシベリアンハスキーが近い印象のある、そんな子犬が服の中から転がり落ちた。


「あ、ちょ……あなた、後で出してあげるって……むぅ、なんですの」


 俺達がそれぞれに微笑ましいものを見る目で眺めていると彼女は不機嫌そうに、むー、と唸り声のようなものを零した。


「ごめんなさい、いえ、からかう意図は全然ないんです」

「うん、なんというか……理由が分かったからさ」 

「そいつを庇って戦いになったんだろ?」

「……そ、そうですわよ。わ、悪いですの? 魔物かどうかも判断付かなかったのに、つい助けちゃったんですの」

「いや全然悪くなんかないよ」

「優しくて、とても素敵だと思います」

「ああ、そういうの俺は好きだぜ。だけどなんつーか、もっとうまく出来なかったのか?」

「……むむ、私が直接攻撃のできる魔術が使えればよかったのですが」

「使えないの?」


 純粋に不思議に思って尋ねると彼女は俯いて体を震えさせた。

 かと思いきやバッと顔を上げて、大仰な身振り手振りと共に半ば叫んだ。


「そう、そうなんです!私がこんな状況になるに至ったお話、聴いていってくださいまし!」

「あ、うん。いいけど」

「……話長くならねーかな」


 そうして彼女が悲しそうに(話せるのが嬉しいのか少し楽しそうでもあったけど)語った内容は次のとおりである。


 一か月前、異世界に召喚された彼女は、ゲームやアニメなどで知ったファンタジックな世界に感動、本気でこの世界の住人になろうと、折角だからと冒険者を目指す事に。

 まず最低限の強さを身に付けようとした俺とは逆に、彼女は形から入ろうとしたらしく、剣士や魔術師、僧侶といった、所謂職業(ジョブ)、専門職を先に選択したのだが、神事術士という職業を、神術士と間違えて、めちゃかっこいいやつだと決定。

 後に間違いに気付くも、職業を変更し直すには様々な条件が必要で、少なくとも最低レベル20は必要らしい。

 で、その為のレベルアップの為に、こうして魔物狩りに奔走しているのだが、神事術士には、戦闘におけるある重大なデメリットがあり、中々上手くいかないのだという。


「神事術士は、神事の為の術……お祝いの花火のような、場を彩る魔術が主軸なんです。

 そして神事用ゆえに、その魔術での攻撃行為は職業倫理に反するというか、ルール違反になってしまうので、そうしたが最後、魔術が使用できなくなってしまうんです」

「はぁ!?」

「いやいやいや、いくらなんでもデメリットが重過ぎる……攻撃に使うのが許されている魔術とかないの?」


 あんまりにもひどいので、話の途中かもしれないと思いながらも俺は思わず口を挟んでいた。

 彼女は気にした様子なく、俺の疑問に丁寧に答えてくれた。


「神に敵対する存在、魔王を頂点とする魔族という種族、あるいは明確な悪であれば、攻撃は許されますし、それ専用の魔術もあります。

 ……ただ、この近辺に魔族はいませんし、今は人と魔族は微妙な関係性らしいですから、こんなところまでわざわざ魔族が来訪するとも思えません。

 そして明確な悪、というのは、これが中々難しいというか、私達側から見てあくどくても、本人から見れば正しい、なんて事はよくあるでしょう?

 そう言った場合がセーフなのかアウトなのかの判断がつきませんから、どのみち迂闊には使えませんし。

 後から相談に行った際、巫女の方から抜け道として、さっき使ったような牽制としてなら使用は可能と聞いて、目晦ましとか音による偽装とかで魔物を騙して、その隙に殴り倒して、少しずつレベルをあげようとしているのが現状なんですわ……」

「なんというか、そいつは気の毒にな……」


 心底可哀そうと思っているであろう表情で宮高守くんが頷く。いや本当に気の毒としか言いようがない。

 カミトさんはというと、考え込んでいるような渋面を表情にして、こう呟いた。


「この世界の人間ならもう少し自由は効くんですけど、こと貴方達の場合だとそうもいかないんですよね……」

「どういうことなんです?」

「貴方達やこちら側の一部の人間にはシステムが魂に刻まれていて、色々便利になっていると思います。

 自分には何が出来るのか、今どういう状態なのか、理解して把握できます。

 職業選択についても便利な部分があって、自ら職業を選んで決定した場合、ちょっとしたボーナスポイントがついて、それを自分のステータスのどれかに自由に割り振れるはずですよ」


 そうそう、そうなんですのよ、とアリスさんが子犬を抱きかかえたまま肯定する。


「ボーナスポイント……ゲームだとありそうなシステムだけど、現実的に考えるとなんか違和感あるなそれ」


 宮高守くんが素直な感想、というか疑問を口にした。

 俺達から見ると俺達の方ではなく横を向いているため表情は見えないが、考え込んでいる様子で顎に手を置いているのはかろうじて分かった。


「私達も何かやるぞと決意したら、ある程度仕事とかにとっつきやすくなるでしょう?

 職業選択によるボーナスポイントは、そういう心の動きを応用した形のシステムなんです。

 ただ、職業選択を多用する事でポイントをかすめ取ろうとする行為も懸念されたので、レベルを上げてようやく職業変更できるようになるのはその辺りを踏まえてのものだと伺っています」

「カミトさんって言ったっけ。この世界の人なのに、あんたやたら詳しいな」

「……以前は僧侶で、ちょっとこのシステムについても関わった事があるんで。試験的に導入されたものを私も使用しています」


 宮高守くんが口にした疑問は、修行中俺も同じように気になって尋ねた事だった。

 昔の事はあまり話したがらないカミトさんなのでそれ以上の突っ込んだ事は訊けなかったのだが。

 それは、カミトさんが「あまり見せたくない項目があるので」という理由で、パーティー間なら互いに開示する事が多いらしいステータスを伏せているからでもあった。

 ……正直気にならないわけはない。でもカミトさんに暗い顔はさせたくなかったので、俺は大丈夫、お気になさらずと笑って了解していた。


 閑話休題。

 そうして話が一段落ついたタイミングでアリスさんは大仰に頭を抱えて見せた。

 なんというか演劇でもやっていたのかと思わんばかりの、堂に入ったものだった。


「あーあー! 私一人だと時間が凄くかかってしまいますわー!

 誰かがパーティーを組んで、一緒にレベル上げをしていただけると助かりますわー!」

「婉曲的に見せかけて、これ以上なくストレートな要求だな……」

「そうだなぁ」


 嘘を吐けないという彼女の言葉に間違いはないと改めて納得である。

 チラリチラリとこちらを見やりつつの嘘泣きめいた言葉に、俺達は顔を見合わせていった。

 ――カミトさんは苦笑して頷いてくれたし、宮高守くんも明後日の方向を向きつつも同様に頷いている。


 カミトさんの言葉どおり、これも乗り掛かった舟、きっと縁なのだろう。

 でなければ、冒険者生活第一日目にこんな出来事に遭遇するはずもない……メイビー。

 ちょっと面倒臭いと思ってしまった分の詫びも含めて俺も協力を決意した。

 もっと警戒心を持った方がいいんじゃないのか、という言葉は、こちらを信じてくれているのだろうと呑み込む事にしよう。


「……そうだな、俺もそろそろ一人じゃ大変だと思ってた頃だ。そっちはどうだ?」

「そうだな、パーティーバランスを考えると、支援してくれる誰かがいてくれると助かるからな」


 宮高守くんの言葉に、頷きつつカミトさんを見やると、グッと小さくサムズアップ……かわいい。大人びたカミトさんがやるのがまたかわいいのだ。


「確かに私も憂治君も近距離戦闘が主体ですから、サポートがあればさらに万全に戦えますよね」


 俺は様々に武器の練習をしたが、今現在は一番しっくりくるカミトさん直伝の格闘スタイルに落ち着いている。カミトさんも現状はそれがいいと肯定してくれているし。

 技能欄にはちゃんと格闘レベル3の数値があるのだ、と誰かに自慢げに語りたい気持ちになったりならなかったり。

 その気持ちは置いておいて、俺はカミトさんの言葉に「うんうん」とハッキリと頷いて見せた。

 ――――そんな俺達の言葉を聴く度に、パァァァと表情が明るくなっていくアリスさんの様子に微笑みを零しつつ、カミトさんは言った。


「これも何かの……いえ、折角のご縁、ここにいる皆でパーティーを組んでみますか」

「異議無し」

「いいと思います。……どうかな?」

「そ、そうですかー! そんなにも皆様一緒に戦いたいのですかー!

 せ、折角のご縁ですからね、ええ。

 えと、その……もしよかったらお願いいたしますわ……」

 最初は元気に、最後の方は恥ずかしそうにモジモジしながら小声で呟くアリスさん、この中で最年少な彼女のそんな姿に可愛さ(親目線)を感じないものはおらず、ここに俺達は期限こそ設けていないが一時的にパーティーを組む事と相成った。


 ちなみに子犬はカミトさんの見立てで僅かに魔素を帯びている事が分かり、今後どうなるか分からない事もあり、野に返す事となった。

 ここで始末する、という選択肢もあったと思うが、将来的に魔素が消える可能性もあったので、今回はナシの方向で。

 もし何かあった時のため、魔術によるマーキングを施し、俺達には彼が彼だと分かるようにした上で解き放つと、彼は名残惜しそうに時折こちらを振り返りながらも荒野の彼方へ去っていった。


 ……その際アリスさんは大泣きし、カミトさんは悲しげに目を伏せ、宮高守くんはうんうん頷いていた。

 二人共絶対善人だな、これ。


 そんな二人と出会えた冒険者初日、その幸先の良さに、その日の俺はずっと心の中で笑顔を浮かべていた。

 ――かつていた世界では感じられなかった充実感が、そこにはあった。


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