第7話 はじめてのぼうけん

 そうして俺達――俺・山田やまだ憂治ゆうじとカミトさんは、揃って冒険者としてギルドに登録し、パーティーを組む事となった。


 果たしてどんな日々を過ごす事になるのか、初日はトラブルなく終える事が出来るのか、正直ワクワクしつつ同時に緊張もしていた俺だったのだが。


「初日から予想外の展開だなぁー!!」


 その緊張は初っ端の初っ端からのトラブルで吹っ飛ぶこととなり、俺はそれに見舞われた動揺を少しでも抑えようと半ば叫んでいた。


 俺達はひとまず、ごくありきたりで簡単な、ある地域内での魔物の討伐依頼……街に入ってきそうなモンスターへの日々の牽制やある程度の数減らしは冒険者の基本的な仕事だという……を引き受けて、意気揚々と依頼の場所、街道から少しずれた草原へと足を踏み入れた。


 そこで魔物はいないかと視界を広げた矢先で、俺達はを目撃した。

 すなわち、巨大な魔物に追いかけられる少女……おそらく冒険者……の姿を。


 巨大な魔物は、エビルグリズリー。

 魔素に影響された事で狂暴化、巨大化した熊の慣れ果ての種族である。

 基本的に森にいるモンスターで、この辺りでの目撃情報はあまりない。

 なのだが、エサを求めてなのかここまでやってきていた。


 女の子は、一件巫女や僧侶といった神職なのかと思える白い衣装を纏っていたが、よく見ると微妙に派手だし、足元や肩が俺達の世界の、夏ごろの女の子かと思えるほど露出している。

 彼女は「ひょえー!」だとか「わぎゃー!!」だとかとても騒がしい……ごほん、元気な声をあげながら回避を続けていた。

 普通の、冒険者ではない一般の人に可能な動き、速さではないので最低限の強化を掛けているのだろうけど、このままでは大怪我するのも時間の問題だろう。


 そんな危機的な状況の彼女が視界に入った瞬間、俺はカミトさんと顔を見合わせ、すぐさま駆け出していた。

 ……その際、身体の動きに躊躇いや澱みがなかったので、もうちゃんと人助けへのトラウマは払拭できてるな、と内心ホッとする。


「これも縁なのかもしれませんよ!」


 もっと早く走れるのに、パーティーとして俺と足並みを揃えて走ってくれているカミトさんが俺の叫びに笑顔を返す。

 そうして二人揃って駆けていると、そんな俺達に並走するように、一つの影が飛び出してきた。

 顔立ちや容姿から察するに、俺と同じ異世界人……きっと同じ国出身の青年だろう。

 黒い軽装の鎧を身に纏ったその青年は、走り続けたまま、俺達に言った。

 ――何故かその視線、というか顔は、俺達でも彼女でもない明後日の方向を向いていた。


「あんた達もあの子を助けようとしてるって認識でいいのか?!」

「……あ、ああ!」

「そうです」

「じゃあ詳しい事は、あの熊をどうにかしてからだな! 人命優先!」

「異議無し!!」

「よっし、じゃあまず牽制だ!」


 そう言うと彼は懐から取り出したナイフを、あらぬ方向に投げ捨てた。

 何をしてるんだと思った矢先、ナイフは空中に制止、直後熊目掛けて不規則な軌道を描いた後に、背後に回り、後頭部へと突き刺さる。


「操作の魔術か……!」

「お見事です!」

「ゲームそのままのモーションだったからな! 動きが読みやすかったのさ!!」


 思わず感嘆の声を上げる俺達……が、事態が解決したわけではなかった。

 ナイフの小ささゆえか、グリズリーは仕留めきれておらず、僅かに足を止めただけだった。


「私も続きます! 皆様、3秒だけ目を瞑ってくださいまし!!」


 だが、その一瞬で猶予を得た少女は体勢を立て直し、手にしていた小ぶりな杖をグリズリーへと突き出し、可愛くも勝気さを感じさせる強い口調で叫んだ。


「神事魔術、光球乱舞っ!!」


 直後、杖から解き放たれた複数の光の玉が強い光を放つ。

 その瞬間に目を閉じていたので最高潮の状態は見ていないが、魔力を攻撃光弾としたものとしては光が派手過ぎる気がした。


「憂治君っ! 一撃を!」

「――了解!!」


 3秒経つか経たないかで目を開くと、カミトさんが彼女を庇っている姿を確認した。

 おそらく、目晦ましの魔術だったのだろう、激しい光をまともに受けたグリズリーは顔を覆い隠し、叫びながらたたらを踏んでいる――――隙は十分だった。


 強化を全身に駆動させ、大きく振りかぶり……さらに右腕に強化を重ね掛けしつつ硬く硬く握った拳を、一歩踏み込むと同時にグリズリーの腹部へと解き放った。

 普通の人間の拳では、普通の熊にさえ通用はしないだろう。

 だが二段階の強化を重ねた、青い光纏う右ストレートは、ボッ!、ガスバーナーが火を発した際のような音と共に、腹部を抉り取り、風穴を開けた。


「よし……っ!?」


 確実に死んだだろうと思った直後、グリズリーはギラリと俺を睨み付けた。

 マジか、と思いながら再度攻撃を繰り出そうとした瞬間、再びグリズリーの後頭部にナイフが突き刺さり続けていく。

 一緒に助けに入った青年によるナイフの連撃が止めとなり、グリズリーはグラリと体勢を崩し、やがて地面に仰向きに倒れた。


「……死んだ、よな?」

「……多分……うん」


 警戒しつつ、足を延ばして蹴る形でつついても、グリズリーは何の反応も示さない。

 こうして俺の冒険者としての初めての魔物退治はひとまず溜息と共に幕を下ろした。

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