第5話 たんれんかいし

「魔法は大別すると二種類あります」


 カミトさんが良く通る声で説明を開始する。


 今俺がいるのは、俺が召喚された街から少し離れた荒野。

 この街の周辺は、俺達がいる訓練用と思しき荒野の他、森があったり、街道沿いは草原だったり、よく言えば自然に囲まれた、悪い言い方をすれば田舎の町めいていた。

 そして街の周りには魔物……魔素により進化した特殊能力を持つ動物、つまりモンスターである……がそれなりに生息している。


 もしかして俺達召喚者は隔離されているんじゃ、と冗談めかして呟くと、カミトさんは少し沈んだ顔で「当たらずも遠からずな面はあります」と語っていた。


 さておき、そんな場所に俺達がいるのは、他ならぬカミトさんによる修行のためである。


 カミトさん提案の『俺がある程度強くなるまでの修行』は「これもきっと何かの縁ですから」という彼女の言葉、思いによるもので、正直俺としてもそれは否定し難い……いや、ただただ肯定したいものであった。というか肯定したさのあまり、全力で首を縦に振っていた。

 それというのも一昨日まで暮らしていた俺の世界では、こんな縁は結べなかったからだ。

 ドラマティックと表現するには今でも痛みがぶり返しそうなトラウマ気味な出来事だったが、それでもカミトさんとの出会いは大事な、特別なものにしたかった。


 正直下心、というか、カミトさんともっと話していたいと感情も存在しているのは否定できないのだが、それ以上に彼女の申し出はありがたかった。

 昨日の出来事もあって、カミトさんとあの巫女さんを除くこの世界の人に若干警戒心を抱いてしまった今の俺としては、強くなるために他の誰かに指示を仰ごうとしてもおっかなびっくりになりかねない。


 ともあれ、そうして強くなる事を目指す事にした俺は、その為にひとまず、冒険者として暮らせるようになるのを目標にする事を提案した。

 一人前の冒険者になれたら、今の俺が考え得る最低限納得出来る強さをひとまず得られるだろうと考えたからだ。

 そんな俺の考えに、彼女も目標として適当だろうと肯定してくれた。


 なので、カミトさんの提案・了解をありがたく受けた俺は朝からお昼までの間に、冒険者としての、そして修行を始める為の準備を進めた。

 準備の為に預けていた残りのお金の一部を受け取りに行った際、昨日アパートに辿り着けなかった連絡を受けていた巫女さんから事情聴取をされ、事実を話したら、思いっきり怒られてしまった。

 ……反省しつつ、俺の為に本気で怒ってくれる彼女の善良さと優しさがとても嬉しかった。


 そうして巫女さんに平謝りした後、俺はカミトさんと合流。

 町の大広場で催されていた市場で、必要な部分を増設出来る特殊な形状の鎧――俺達の世界の知識から作られたものらしい――の一部、すなわち胸部と肩、兜に近いヘッドギア、ひざから下の部分を購入した。

 武器は一番安価なものを一通り、剣、槍、斧、弓矢などを買い揃えた。カミトさんが俺の動きを見て、一番適切な武装を考えてくれるとの事らしい。

 「私もこれで結構腕に覚えがありますから」と少し自慢げにするカミトさんがかわいかったです、はい。


 さておき、カミトさん曰く、適切な武装以外でもある程度扱いを習熟した方がいいとの事だ。

 それはそうだろう。

 戦ったことのない素人考えだが、戦いの場ではいつ何が起こるのかわからないのだ。

 いつも得意な武器だけ使えるとは限らない以上、出来る事は増やしておいた方がいいに決まっている。


 ちなみに、買い物の際に、あのお爺さんに持たされた小瓶……中にちょっとだけ何かの液体が入っている……の価値を遊び半分で(どうせ二束三文以下だろう)鑑定してもらおうと思ったのだが、カミトさんに全力で止められてしまった。


 なんでもあの小瓶は想像を絶するとんでもないアイテムだったらしい。

 あの老人がどうやってあれを入手したのかはわからないが、容れ物である小瓶の汚れや貧相さで正しい価値が分からなかったのだろうとカミトさんは推測している。

 下手に使えば命が危なく、普通に売り払うのは大騒ぎになりかねないとの事で、あの瓶を使用しない事、売り払うにせよ処分するにせよ暫く待ってほしい事を懇願された。

 カミトさんに頼まれた事を断る理由はなく、現在小瓶は使用予定のないままに俺の懐に入っている。



 そうして買い物を済ませた俺達は移動、今ここに、荒野にいる、というわけだ。

 ちなみに荷物の大半をカミトさんが運んでくれたお陰で、この時点での彼女の腕力、強さが大いに窺い知れました。


「憂治君、分かります?」

「魔法の種類、えっと、魔術と魔技、ですよね」 


 彼女への敬意と教えてもらうという立場から、俺は彼女への敬語を続けている。年上のようだしね、うん。

 彼女は「気が向いたら普通に話してくださいね」と言ってくれているが、暫くはこのままだろう。

 ちなみに彼女は敬語が基本スタイルなので、意識的に崩すとむしろ喋り難くなるとの事だった。


 閑話休題。

 俺はかつて遊んだゲームを思い返しつつ、言葉を続けた。


「俺達の為に作られたってゲームで、その辺りの知識はあるんですよ。

 呪文もしくは意識で形を構成して魔の力を解き放つ、式の体裁をとるのが魔術。

 そうした形を取らずとも、意識を、意思を込める事で発動できるのが魔技。

 で、いいんですよね」

「うん、そのとおり。

 魔術は適性の影響は少なくて、誰かに式や呪文を教えてもらって呟いても発動できます。さらに、式を細やかに組み立てる事で幅広い応用も可能です。

 ただ『式を組み立てなくちゃいけない』ってデメリットな部分がありますから、戦いの中でも冷静にそうできる状況を作るか、そういう精神を鍛え上げるかしないといけないんです。

 魔技は意識すれば即座に発動できるのは大きなメリットなんですけど、魔術程複雑な事はできないですし、適性の有無である人にとっては息を吸うように簡単な事が、別の人にとっては神経を研ぎ澄まさないとできなかったり、そもそも全く使えなかったりします。

 憂治君が最終的にどちら側を多用する事になるかはわかりませんが、最低限、ううん、絶対に習得、習熟してもらわなくちゃいけないものが一つあります」

「それは一体?」

「強化。魔術であり、魔技でもある、どちらとしても使用可能な、全ての基本となる技術です」

「強化……ゲームにはあったけど、ただのバフ……攻撃力アップだったような」

「そのゲームがどういうものか私にはよく分からないですけれど、再現しきれなかったんじゃないでしょうか? 

 強化はひ弱な人間が魔物と戦うために、最低限の能力を得るのに一番手っ取り早い最適解ですけど、あらゆる事に応用できますから、効果が多岐にわたり過ぎて、ゲームとして再現すると、ゲームを構成するものが複雑怪奇な事になるからかな?」

「……多分その通りだと思いますけど、カミトさん、理解度高過ぎませんか? 

 ゲームがどういうものなのか、ご存じとしか思えないんですけど」

「いえいえ。魔術に強化を組み込んだものは結構複雑になるから、そこからの類推です。解釈が合ってるなら良かった。

 で、ここからは私の経験談も含めたものになるんですけど、憂治君、戦いに一番大切なものって何だと思います?」

「……ちゃんと状況を認識、把握する事、じゃないかと思います」


 攻撃にせよ防御にせよ、可能な限り把握出来る状況から判断すべきだと俺は思う。

 俺は格闘技の経験はないけれど、格闘ゲームやFPS、様々なゲームを趣味としてプレイしていて、その事をいつも考えていた。

 相手がどんな攻撃をしてきて、どの程度の攻撃範囲なのか、防御できるか、回避できるか、カウンターが可能なのか。それらを余裕をもって感知できたなら、無敵とまではいかずとも、敗北する可能性がぐっと減る……と思う。

 そんな考えを含めて伝えると、カミトさんは嬉しそうに大いに拍手してくれた。


「まさにそのとおり! 私の考えそのまま! 

 ……憂治君達の住んでる国って平和らしいのに、よくそういう発想に至れますね。

 それだけ戦いのゲームとか娯楽が真に迫ってるって事なんでしょうか。

 じゃあ、それとさっきまでの話を踏まえて、憂治君に一番初めに明確に覚えてもらうのは、眼の強化。

 視界を強化する事で、自分に向かう攻撃を正確に認識、その捌き方を身に付けてほしいんですけど……まず、自分の魔力を認識してもらわないと始まりませんからね。

 ひとまずシンプルに、パンチ力の強化をしてもらおうと思います」

「できますかね……なんか今のところできる気がしないんですけど」

「大丈夫。貴方達異世界人は、この世界に来て、違和感を感じてるんでしょう?

 それは、新しく増えた感覚に戸惑っている、と同時に、魔力を確実に感じてるという証でもあります。

 今、憂治君の中はどんな感じです?」

「……なんというか、体の中心に熱がある感じというか」


 風邪とかの熱とはまた違う。太陽が自分の中に自然に居座っているような、今はそんな感覚だった。

 最初はただ酔っていた感じだったが、慣れてくると、その感覚が頼もしくさえ思える。

 そう答えると、カミトさんは頷いて自分の手をぎゅっと握りしめて拳の形にして見せた。

 直後、彼女の拳が薄ぼんやりと輝き始め、やがて白い光が完全に覆っていた。


「その熱を、手に集めるイメージを浮かべてみせて。こんな感じに」

「やってみます……ん……んんー!」

「んーと、なんというか、うん、物語の、英雄譚の主人公たちの、必殺の一撃をイメージするといいかもです。私も最初はそれでイメージしてましたから」

「……おお!」


 言われるがまま、自分の知るキャラクター達、好きなヒーローの必殺技……手から波動を放ったり、拳に炎を纏わせてみたりを脳裏に浮かべる。

 すると、驚くほどスムーズに、力が拳に漲っていった。拳に、薄ぼんやりとだが光が纏われる。


「おー! ホントだ……! 俺、魔法を使えてる……!!」


 正直、ちょっとした感動が芽生えていた。

 元の世界でごっこ遊びで、でも真剣に、いくらやってみてもうんともすんとも言わなかったことが、こうも簡単に……異世界はすごいとシミジミであった。


「お見事! 異世界の皆さんは、魔素や魔力を認識しやすいらしいから難しくないと思ってましたけどこうもあっさりなんて。

 私達の世界の人だと、認識する事すら結構難しいんです。私達にとって魔素は当たり前にあって、当たり前に感じるものですから、逆にね」

「でも、ちょっと光が弱い気がするなぁ……」

「ふむ。では……」


 そう言うと、カミトさんは俺の手に自分の手をふんわりと乗せてきた。めちゃ柔らかくてあたたかくて――


 「私の手を起点に、集中を……って早いですね!」


 直後俺の拳は爛々と青い光を放っていた。……我ながら極めて現金である。

 ちなみに、属性を……炎や水などのなにかしらの効果を付与しない状態での魔力の輝きの色は、それぞれの魂の色だという。


「……憂治君は、深い青空の色で素敵ですね」


 ちなみに、その言葉で、俺の拳の輝きはさらに強くなったのは言うまでもないことかもしれない。

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