二人の訪問





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 翌日の早朝。

 エリザベーテとアンジェの姿は、文化部部室棟・パソコン研究部の部室前にあった。


「ここで、『アンジェ・メモリーズ』が作られている?」

「どうやら、そのようですわね」


 いわゆる“自作ゲーム”というものだ。

 乙女ゲーム『アンジェ・メモリーズ』が、一個人が創りあげたゲームであれば、市場しじょうに流通せず、ネットに情報がないことにも説明がつく。

 だが。


「本当に、ここで、エリザの知るゲームが?)

「作られている最中さなか、ということでしょうね」


 にわかには信じがたい話だ。

 アンジェと共にエリザベーテも顔色を曇らせる。

 しかし、生徒会長と庶務がエリザベーテたちに届けてくれた書類の内容を信じるに、この部室で、パソコン研究部の部長・根津ねづによって、『アンジェ・メモリーズ』は製作されていることは事実らしい。来年度の新入生歓迎会に発表するゲームとして。部員確保の勧誘のために。


「でも、それだとなんで、エリザベーテが、こっちの世界に来ることに?」

「わかりませんが。会ってみる必要は十分にあるかと……」


 エリザベーテは決意を固める。

 パソコン研究部の扉をノックしようと片手を上げて深呼吸した時。


『うがぁあぁあぁあぁあぁ、なんでだああああああああああああっ!』


 室内から野獣の咆哮ほうこう彷彿ほうふつとさせる叫喚きょうかんが響く。


『なんでエラーエラーエラー! なんでエラーが出るのよおおおっ!』

「ええと……」


 思わずのけぞりかけるエリザベーテ。

 入ってよい空気でないことが一発で理解できる。

 部屋の中で専門用語を並べ、ゲームが起動しない理由をしらみ潰しに探し出そうとする女生徒の声。バタバタと書類や備品が散乱する音。

 エリザベーテは居住まいを正した。ここで後退はありえない。

 決意を込めて扉をノックする。


「ごめんくださいまし。生徒会副会長、エリザベーテ・ヴィランズです。少々お話があって参りました」


 令嬢らしい口上の直後、女生徒の声が途絶えた。

 長い沈黙のとばりがおりるが、ややあって扉が静々と開く。

 短めに切り揃えた茶色の髪。両目にくまが浮かぶ不健康そうな生徒が、扉の隙間からおどおどとエリザベーテたちを見上げる。


「は、はい……生徒会の方が、な、なんの御用でしょう、か?」


 明らかに人見知りっぽい挙動と瞳の動き。

 だが、エリザベーテは初対面でない彼女に、毅然と向かい合う。


「お久しぶりです、根津ねづ部長。文化部部費の相談会以来ですわね」

「は、はひ……その切は、ご、ご迷惑をおかけして……あ、もしかして、増額して、もらえるんでしょうか?」

「いいえ。残念ながら」

「そう、ですか、はぁ」

「今回は別件です」


 エリザベーテは冷静に、一枚の書類を彼女に突きつける。


「あなたが今現在、開発製作している新歓用のゲーム──『アンジェ・メモリーズ』について、お聞きしたいことがありますの」

「──ふへ? あの、えと、今は忙しくて……ていうか、“金髪の天使”──片木かたき氏も一緒? な、何故なにゆえ?」

「お時間はとらせないつもりです、が、込み入った話にはなるかと」

「と、とりあえず。中の方へどうぞ。あ、あ、少し片づけますので、少々お待ちを、ふへっ」


 相談会の頃と同じく挙動不審な態度が目立つ女生徒だ。

 だが、これが自分の創造主と呼ぶべき人の姿かと思うと、別の感慨が湧き起こる。

 しばらくして、ようやく扉は開かれた。部室内に乗り込むエリザベーテ、そして彼女の付き添いのアンジェは、部室内の薄暗さのなかで、煌々と青い輝きを放つモニター画面・十基ばかりに出迎えられる。巨大なハードディスクの筐体きょうたいが数台、机の下にのきを連ね、冷却ファンの唸り声が静かに轟く。


「あ、わ、私が作った、自作パソコン、です……でも最近、調子が悪い? みたいで……マザボが悪いのかなぁ……」

「なるほど。それで部費の増額依頼を」

「でも、やっぱ、駄目ですよね……私ひとりの部活じゃ」

根津ねづ部長」

「いえ、いいんです。でも、増額してもらえたら、少しはエラーが減るんじゃないかな、なんて──ふへへ」


 公爵令嬢は少し探りを入れてみる。


「──パソコンの調子が悪いというのは、いつの頃からですの?」

「え、えと。去年の十二月下旬。ク、クリスマスの頃だったかな」


 エリザベーテはアンジェと目を合わせた。


「それは、先ほどの『エラー』というのと、かかわりが?」

「あ、き、聞こえてました? すいませんすいません! 部室で大声あげちゃって……ふへぇん。私のアホたわけ」


 気弱な声と共に肩を落とす女生徒は、人数分のお茶を用意する。

 根津が用意してくれたコーヒーのかぐわしい香りが、部室内に満ちた。

 お茶請けには、切り分けられたパウンドケーキが皿の上に並べられる。


「よ、よろしければ、どうぞ」

「お気遣いありがとうございます──大変おいしいですわ」

「さ、さようで。ふへへ」


 長テーブルをはさんでお茶をたのしむ三人。

 しかし、エリザベーテ達はお茶をしにここへ立ち寄ったわけではない。


根津ねづ部長」

「は、はひ」

「先ほども述べましたが。あなたが現在制作中の『アンジェ・メモリーズ』について、お聞きしたいことがありますの」

「あ、……えと、あのぉ」

「どうかなさいまして?」

「で、できないん、です」

「? できない、とは?」


 根津ねづ部長はキョドキョドと視線をさまよわせて、現在の製作進行の状況を正直に語る。


「“黒薔薇”様、じゃなくて、ヴィランズ副会長。あ、あなたが言ってる『アンジェ・メモリーズ』──今、プレイ、できないん、です」

「それは、どういう?」

「見てもらえば分かるかと」


 言って、根津ねづは論より証拠と、自作パソコン内で製作したゲームソフトのアイコンをクリックした。

 だが。


「ご、ご覧のとおり、です」

「これは──」


 ゲームのスタート画面に不気味なノイズが走っている。

 ところどころ文字化けし、プレイボタンを押すこともできない。


「どうなってるんですの、これは?」

「お恥ずかしいことで……私にも原因はさっぱり分からず。デバッグも何回してみても、エラーが連発する始末でして」


 これじゃあ新歓に間に合わないと泣き言をこぼす製作者。

 それに対して。


「少し失礼」

「?」


 エリザベーテはパソコンに近づき、バグりまくったゲーム画面に触れて熟考じゅっこうにふける。


「もしや。これは」

「エリザ?」


 アンジェが隣まで近づき令嬢の裾を小さく、けれどしっかりと引く。

 エリザベーテは頷き、彼女と共に椅子に座り直した。

 そうして、根津ねづ部長に質問をぶつける。


「部長。このゲームの製作進捗は?」

「え、えと、なんでそんなことを?」

「教えてください」


 エリザベーテの懇願に、根津ねづ部長は自分のコーヒーを一気に飲み干した。

 摂取したカフェインが脳に染みわたるのを感じつつ、彼女は話し始める。


「きょ、去年の五月に製作を開始して、十二月には完成してたんです。一通りプレイも可能で……けれどクリスマスから動作不良が相次いで。正直、もうお手上げという感じです」


 部長は肩をすくめ、企画書類の山を軽く叩く。

 パソコン付近には様々なプログラミングや個人ゲーム制作の書物がうず高く積み上げられ、彼女が心血しんけつを注いでゲーム作りに没頭していた様子がうかがえる。

 人付き合いの苦手そうな少女は、岩のように固まった溜息をひとつ吐く。


「す、すいません。最近このゲームのことで頭がいっぱいで」

「いえ。ところで、もうひとつだけ質問させてもらっても?」


 首肯する根津ねづに、エリザベーテは唇を震わせかけつつ、明晰めいせきな音色で告げる。


「あなたが作った『アンジェ・メモリーズ』──〈悪役令嬢〉として私が登場しますわよね?」

「……へ?」

「〈悪役令嬢〉の名は、エリザベーテ・ヴィランズ。間違いありませんね?」

「な、なんで知って?」


 先生にも秘密にしてたのにと呟く少女は、震える声でたずねる。


「じゃあ、まさか、主人公の名も?」

「ええ。勿論もちろんわかります──主人公の名は、アンジェ・ピースウッド」


 女生徒はくまだらけの眼を瞠目どうもくする。


「あなたは……いったい……どうして……」


 信じられないことかもしれませんが、と前置きして、生徒会副会長の公爵令嬢は、悠然と語りだす。


「私は、貴女あなたが作ったゲームの〈悪役令嬢〉──エリザベーテ・ヴィランズ本人・・なのです」





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