二人の提案





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 珍妙ちんみょうを越えた事態の発生に、パソコン研究部部長──『アンジェ・メモリーズ』製作者──根津ねづは、椅子に座ったまま腰を抜かした。


「そ、そんな馬鹿な話」

「信じられないのは道理です。ですが、それが真実です」

「しょ、証拠は?」

「証拠と言えるかどうかはわかりませぬが……」


 エリザベーテは訥々とつとつと語った。

 ゲームに登場する人物や設定──公爵家の紋章。王太子殿下の生い立ち。死刑執行人の出生の秘密。各種ルート分岐の方法。主人公アンジェを巡る骨肉こつにくの争い。王国軍と革命軍の衝突。王立魔法学院の試験内容。御伽噺に聞かされる“禁呪”の存在──語り出したら止まらなかった。

 呆然と聞き入る根津ねづ部長。

 エリザベーテが語る内容は、すべて『アンジェ・メモリーズ』で、彼女が製作した内容そのものであった。未発表の、自作した乙女ゲームの内容を、だ。

 彼女はもはや、疑う余地のないことを知らしめられる。


「ほ、本当に〈悪役令嬢〉、ヴィランズ公爵令嬢、なの?」

「はい。そう言っております」

「うそ……嘘、うそ、ウソでしょ?」

「事実です」


 意識が混沌と化し、こめかみをきつく押さえるパソコン研究部の部長。

 さもありなんと思うエリザベーテ。彼女本人も、三ヶ月が経った今でも信じることが難しい事態だ。

 しかし、これこそが現実なのである。


「私からも質問いい?」


 アンジェはたたみかけるように根津ねづ部長を見据えた。


「なんで私たちの名前をゲームに使ったの? 偶然にしては出来過ぎだと思うんだけど?」


 金髪碧眼の少女は、まるで責めるような語調で問いただす。問いたださずにはいられなかったというべきか。


「主人公の名前はアンジェ・ピースウッド。敵役はエリザベーテ・ヴィランズ──こんなのどう考えたって」

「す、すみませんでした!」


 根津ねづ部長は椅子を蹴倒けたおす勢いで土下座どげざした。


「ゲーム制作・シナリオを書くにあたって、勝手にお二人の名前を拝借はいしゃくしました! 平に、平にご容赦ようしゃをぉぉぉッ!」


 女生徒の平謝りする姿に唖然となるアンジェとエリザベーテ。


「それは別にかまわ──いやかまうけど──なんでなの?」

「えと、実は私、お二人のこと、その、ストーカーと思われるかもですけど、入寮式の時から、絶対、ぜったいゼッタイ、お、お似合いだなって」

「……え?」

「まさか気づいて?」

「──気づく? 何に?」

「あ、いや、こっちの話」


 アンジェが間一髪のところで隠し通した。

 根津ねづは気づいた様子もなく、早口に説明する。


「えと、ですね。とくに印象深いのは一年の時。副会長さんがアンジェさんのために切った啖呵たんか、『アンジェのことを知らない人が、アンジェのことを悪く言うな!』には、正直、その、か、かか、感動、しました!」

「は……はぁ」

「それに、植物園で樹木や花畑を世話してらっしゃる時の二人と言ったら! もはや天使降臨! みたいな!」


 根津ねづは「ふへへ」と笑いながら、床の上で指先をつんつん突き合わせる。

 実にいじらしく、純な乙女の仕草である。


「そ、それで、その、お二人がそういう関係に、な、なれないかなって、イラストとか夢小説っていうの書いてて、二年になったら絶対に自作ゲームの看板かんばんキャラにしようって決めてたんです」

「な、なるほど?」


 彼女の情熱の炎が、乙女ゲームを自作させるほどの熱量を発し、昨年の十二月には完成を見た、ということらしい。


「でも、まさか、私ごときが作ったゲームのキャラクターさんが、実際に目の前にいるなんて──とても信じられない、き、奇跡です!」

「──ええ、それは本当に」


 エリザベーテは思い知った。

 目の前にいる彼女こそ、自分たちの世界『アンジェ・メモリーズ』の、いわゆる創造主である事実を。


「待って、エリザ。私はこの人に言っておきたいことがある」


 アンジェは許しがたいものを見る瞳の色で、床に座る少女を睨みつける。


「私たちをモデルにしたことは、この際だからんでもいい。でも、エリザを〈悪役令嬢〉に設定したのは、納得できない」


 彼女にしては強い拒絶の発露だった。

 アンジェは恋人の代わりに、創造主である少女に歩み寄って不満の怒声を発する。


「どうしてエリザを〈悪役令嬢〉なんかにしたの? そのせいで、ゲームで彼女がどれだけつらひどい目にってるか、知らないとは言わせないよ?」

「そ、それは、乙女ゲームの〈悪役令嬢〉ですから。それに、最後のトゥルーエンドだと」

「〈悪役令嬢〉なんかにするなって言ってるの!」


 金髪碧眼の激昂げきこうが部室内に響いた。


「私、エリザから聞いたよ。エリザはゲームの世界で、延々えんえんと殺されるしかないキャラクターだって! 処刑されて、謀殺されて、──そんな役に、──よりにもよってエリザを!」

「アンジェ、落ち着いて!」


 エリザベーテの方が体格が良くて助かった。アンジェは体ごと制止され、一旦いったんは振り上げたてのひらを下ろす。

 安堵の息を吐いて、〈悪役令嬢〉は自分の創造主の手を引いて立ち上がらせる。


「創造主さま、いえ、根津ねづさん。私は自分の、〈悪役令嬢〉としての役目を、運命を、宿命を受け入れています。ですからどうか、私を元の世界に帰してはいただけないでしょうか?」

「も、元の世界って言われても」


 彼女自身にも、どうやってエリザベーテを元の世界に、ゲームの中に帰せるのか、まるで判然としない。

 被造物ひぞうぶつたる公爵令嬢は端然と答える。


「おそらく、あなたがゲームを、『アンジェ・メモリーズ』を完成させれば、きっと帰還の糸口となるはずです」

「でも、動作不良から三ヶ月経っても、その、原因が」

「それなら大丈夫。

 先ほど画面に触れて、少しだけですがわかりました・・・・・・

「ふへ?」


 疑問符を浮かべる製作者。

 おそらく、エリザベーテだけが、この事態の真相──真実に一番近い場所に立っている。

 エリザベーテは創造主に告げた。


「私が、ゲーム制作のお手伝いをいたしますわ」

「え?」

「エリザ!」


 アンジェが悲鳴にも似た声を発するが、エリザベーテは柔らかい笑みを浮かべる。


「大丈夫です。私は公爵令嬢──ゲーム制作とやらでも、この能力を遺漏いろうなく発揮できるはずです」

「でも……それじゃあ、エリザは!」


 泣きじゃくるアンジェの涙を、エリザベーテはハンカチでぬぐい取っていく。


「こうすることが、私たちがあるべき姿に戻れる唯一の方法なんです。わかってくれますわよね?」

「…………わかった。でも、その代わり、私も手伝うから」

「ありがとうございます、アンジェ」


 エリザベーテとアンジェは、『アンジェ・メモリーズ』の創造者へと、改めて振り向く。


猶予ゆうよは新入生歓迎会のある四月下旬まで。それまでに、私たちの手で『アンジェ・メモリーズ』を完成させましょう!」


 エリザーベーテは宣言した。

 それに対し、『アンジェ・メモリーズ』の創造者は、なんとも覇気のない声で「は……はい」と答えるのが精一杯だった。






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