二人の生活





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 高校二年の三学期が始まった。

 生徒会役員として本格的な業務に追われるエリザベーテは、そのすべてを完璧にこなした。

 副生徒会長として会計のミスを修正し、生徒会誌の作成を書記と共に行い、各種部活動や委員会との折衝せっしょうを庶務と共に行うなど、万事において有能な働きぶりを行使する。これらすべてと並列して、学校中央部に建設されている植物園の管理運営にもたずさわる(これには植物委員会に属しているアンジェも手伝ってくれるので大いに助かっている)のだから、いかにこちらの世界のエリザベーテ・ヴィランズが生徒や教師たちの信頼を勝ち得ていたかがうかがい知れる。


「おつかれさま、エリザ」

「ただいま、アンジェ」


 そんな労苦の日々も、寮の部屋で待っている同居人──恋人の笑顔を見れば、一発で吹き飛んだ。

 無論、アンジェの恋人──エリザベーテ・ヴィランズは自分ではない。

 この世界に住まうエリザベーテの意識を、〈悪役令嬢〉たるエリザベーテの意識が上書うわがきしているような状況下だ。

 本当に、考えれば考えるほど珍奇の極みである。たかがゲームキャラクターの自分が、現代を生きる人間として生きるなど。


「今日のお仕事はどんな感じだった? 一番きつかったのは?」

「ええ。とある部活が人員の都合で来年度には廃部しかけているのに『部費を上げて欲しい』とせがんできて、本当に困りましたわ」

「へぇ。それって何部、って聞いちゃダメだっけ、こういうの?」

「大丈夫ですわ。パソコン研究部。通称PC研ですわ」

「ふーん。何はともあれ、おつかれさま」


 エリザは鞄を置いて、制服のリボンを外す。学校帰りに風呂へ直行するのが、最近のエリザベーテの日課──ルーティーンと化しつつあった。

 アンジェも風呂へ行く準備をしつつ、ぽつりと呟く。


「部活か……そういえば、ウチの学校、ゲーム同好会あったよね?」

「ええ。それが何か?」

「その同好会なら、『アンジェ・メモリーズ』ってゲームのことも知ってたりしないかな?」


 わずかな可能性の芽を見つけた気分のアンジェであるが、エリザベーテはその可能性がない事実を告げねばならない、


「ゲーム同好会の部長は、生徒会の三枝さえぐさ庶務です。彼女が知らない以上、その望みは薄いでしょう」

「あ~、そっか。うーん。でも明日、友達に聞いてみるよ、ダメもとで」

「──ありがとう、アンジェ」


 アンジェの心遣こころづかいに感謝しつつ、複雑な心境をいだくエリザベーテ。

 彼女が、多忙なエリザベーテに代わり、帰還の糸口を探ってくれていることに深く感謝しながら、一方で、この生活から引き離される恐怖とも格闘せねばならない。

 まったくもって浅ましいと自己嫌悪を覚える公爵令嬢。

 この世界のアンジェには幸せになって欲しい──でも見捨てられたくない・離れたくないとこいねがうなど、言語道断ではないか。


「エリザ?」

「あ。今いきます」


 すっかり準備を整えているアンジェに続き、エリザも寮の大風呂へ行く準備を整える。

 共に風呂をたのしむ相手がいることに最初は戸惑いもしたが、今ではすっかり同じ湯につかることへの抵抗がない。日本の大衆浴場というシステムは本当におもしろいと今でも思うエリザベーテは、自販機でフルーツ牛乳を購入、アンジェはコーヒー牛乳を。二人は牛乳ビンの中身を一気に飲み干す。この喉越しと冷たさがたまらない。「ぷはぁ」と自然と吐息がもれる。


「エリザ、エリザ。部屋で髪、乾かし合おうよ」

「ええ、もちろん」


 ドライヤーという文明の利器にも驚かされたのもなつかしい。

 部屋に戻った二人は、互いの金髪と黒髪を乾かし合う。それが常となって久しい。


「エリザは、夕ご飯は何にする?」

「『せえの』で言い合いましょう」

「よぉし。今日こそ当てにいく!」

「なんのゲームですの、それは?」


 勝負でも何でもないのに、二人は「せえの」と同時に食堂の料理名を叫ぶ。


「オムライス!」

「お好み焼き!」


 今日も見事にハズレ。

 いっそ清々すがすがしいほど、二人の料理当てゲームは当たらないのだ。

 すぐさまアンジェは頬をふくらませる。


「ええ~! お好み焼きぃ?」

頭文字かしらもじだけは当たりましたわね?」

「むぅ、お好み焼きもナイフとフォークで食べる気ぃ?」

「あら、いけませんか?」

「そうは言わないけどさ~」

「それに、そろそろ“おはし”とやらにも挑戦してみるのもアリかと思ったので」

「いいね! じゃあさ、私が握りかた教えてあげる!」

「ええ、お願いしますね、アンジェ」


 二人は笑い合って食堂を目指す。

 お腹を一杯にして、二人の部屋に戻り、今日の復習と明日の予習に専念する。

 互いに分からないところを教え合い、おぎない合いながら。

 それが終わると、二人でまったりとくつろぐ時間だ。

 背中から抱擁し、互いの手先を握りあいながら雑談にきょうじる。最近のファッション誌を共に眺めたり、新しくできた喫茶店の情報を交換したり、それはもう色々。

 消灯時間を迎えると、アンジェは二段ベッドの上段、ではなく、エリザベーテのいる下段に潜り込む。

 いわゆる同衾どうきんであるが、二人とも互いにそれが自然なことのように馴染なじんでしまっている。

 そうして二人は、今日あった出来事を話し、明日の予定を教え合う。互いに疲れ、眠くなるまで、ずっと。

 そして。


「おはよう、エリザ」


 幸せな朝を迎える。

 早起きが得意なアンジェの微笑みに起こされ、エリザも微笑みを浮かべる。


「おはようございます、アンジェ」


 二人は早起きして髪をかし合い、制服に着替え、植物園の世話のために寮を出る。

 どちらからともなく手をにぎり合って、誰もいない校内を早足でける──


 本当に、エリザベーテ・ヴィランズは、自分が〈悪役令嬢〉であることを忘れかけるほど、充実した日々を過ごしていた。 







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