二人の秘密





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 十二月三十一日。

 年の瀬がせまった夜半過ぎ。

 エリザベーテとアンジェの二人は、多くの生徒たちが参加する年越しパーティーの会場──学校の大講堂に制服姿で現れる。

 同じく制服姿の生徒がひとり、エリザベーテの入場に気づいた。


「ヴィランズ副会長様!」

「みんな、副会長様のおなりよ!」


 たったそれだけのことで色めき立つ場内。

 全寮制であるお嬢様学校ではあるが、親元に帰省せず、この年越しパーティーに参加するものは多い。会場はビュッフェ形式で、すでに立食りっしょく満喫まんきつしている生徒らがつめかけている。そして、その生徒らから親しみを込めた眼差しを向けられる。この世界でのエリザベーテは、「高貴な黒薔薇」や「植物園の君」などという愛称で呼ばれているのだ。集まってくる女生徒たちに、エリザベーテは丁寧な挨拶と共に声をかけていく。


「ごきげんよう、皆さん。今日はクリスマスのとき以上に、楽しんでくださいね?」

「はい!」


 公爵令嬢として身についている身振り手振りに、女生徒らは快哉かいさいをあげてエリザベーテをもてはやす。あれこそがまさしく令嬢の中の令嬢、お嬢様の中のお嬢様だと褒めちぎる。実際の中身は〈悪役令嬢〉なのだが。

 女生徒らの注目の的となるエリザベーテは、後ろで粛然とたたずむ友人(のフリをする恋人)を連れて、会場の奥へ。

 と、そこへ新たな黄色い声が奏でられる。 


「生徒会長様もお目見えよ!」


 エリザベーテは振り返った。

 生徒会副会長を務めるエリザベーテは、彼女への挨拶を欠かすわけにはいかない。


「ごきげんよう。咲守さきもり生徒会長」

「ごきげんよう、ヴィランズ副会長」


 その人物は貴公子然とした、燃える炎のような赤毛の女生徒だった。随従ずいじゅうのように傍近くに控える眼鏡をかけた女生徒は、生徒会長の幼馴染にして、同生徒会メンバーの三枝さえぐさ庶務である。

 彼女たちのことは無論、日記帳から情報を得ていた。それによると、咲守さきもり生徒会長とエリザベーテは、女生徒たちの間では「赤薔薇と黒薔薇」と並び称される双璧の間柄で、生徒の間では「公認のカップル」とまで見做みなされ、もてはやされているほど。実際、同じ生徒会役員同士ということで親交もあり、こういった行事の席では必ずと言ってよいほど顔を合わせるのだ。女生徒たちの妄想がはかどるのも無理はない。


(まぁ、私が本当にお付き合いしているのは、アンジェなんだけれど──それは二人だけの秘密なのよね)


 そう思考しつつ、エリザベーテはお嬢様らしく優雅に一礼して、生徒会長と歓談する。


「今年もにぎわっておりますわね」

「年越しパーティー。クリスマス会ほど豪勢に──とはさすがにいかなかったけどな、副会長?」

「ええ。ですが、寮を離れていない生徒たちの、せめてものなぐさめにはなりましょう」

「ははっ。違いない! 帰省の難しい人たちの助けになっていることを願おう!」

「そうなって欲しいですわね」

「おお、片木かたきくん! 久方ぶりじゃないか! 息災そうで何より!」

「きょ、恐縮です、生徒会長」


 声をかけられることを微塵みじんも想定していなかったアンジェが、エリザベーテを真似まねて一礼を返す。


「では。私たち生徒会役員は、壇上だんじょうに上がろう。主催者の挨拶がなければ、パーティーにならんからな!」

「ええ」


 エリザベーテは微笑みの底で、緊張する自分を自覚する。

 咲守さきもり生徒会長──彼女とのやりとりで若干の緊張を覚えるのは、どこかゲームでの王太子殿下・アレクを彷彿ほうふつとさせるからだ。

 同じ赤毛の貴公子たる彼が、もしも女性であれば、あるいは咲守さきもり生徒会長と同じ姿になったのではないかと思えるほど、その雰囲気も言動も似通っている。


「じゃあね、エリザ」

「すぐに戻るわ、アンジェ」


 笑って手を振る彼女を残して、エリザベーテは咲守たちに随行する。

 年越しパーティーは、咲守生徒会長のスピーチで、粛々と進行していく。





 +




「ふぅ。──疲れた」

「お疲れ様、エリザ」


 深夜零時のカウントダウンを経て、パーティーは無事にお開きとなった。

 エリザベーテとアンジェは、学校の植物園に寄って、噴水のふちに腰掛け、暖かい缶コーヒーでささやかな祝杯をあげる。


「クリスマス会ほど豪勢にはならないって、言ってなかったっけ?」

「ああ、それね。殿下、じゃなくて、咲守生徒会長は催事パーティーが大好きだから」


 年越しパーティーでは吹奏楽部の演奏や軽音部のライブ、合唱部の聖歌斉唱のみならず、様々な趣向をこらして参加してくれた生徒たちを楽しませた。


「ねぇ、エリザ。ちょっと真剣な話、してもいい?」

「どうかした?」


 アンジェは隣に座るエリザの左手を柔らかく握りながら、告げる。


「あなた、エリザじゃないでしょ?」

「────え?」


 完全にきょを突かれるエリザベーテ。

 アンジェは続けざまに述べる。


「正確には、私の知っているエリザじゃない。──違う?」

「な、何を、言ってるの? お、お酒でも飲んじゃった?」


 必死に隠し通そうとするエリザベーテであるが、アンジェの人差し指が唇を塞ぐ。


「じゃあ、質問。

“今年のクリスマス会で、私がエリザにおくったものは何でしょう”?」

「そ──それ、それは……」


 エリザベーテは沈黙を余儀なくされる。

 そう。エリザベーテは自分の日記帳でこちらのエリザの情報を掴み、そのように演じることができた。

 しかしながら、あの日記帳には、「クリスマス会」の情報が抜け落ちている。

 まさにその日に、エリザベーテは階段から転げ落ちて、意識を失っていたのだから……

 アンジェは眉根を寄せてみせる。


「やっぱり答えられない。ということは、あなたは私のエリザじゃないみたいね」

「ど、どうして、気づいて?」

「いやいやわかるよ」


 アンジェは手を握ったまま、恋人の瞳を覗き込む。


「私たち、入学してからずっと一緒だったもの。クラスでも。林間学校でも。季節の行事でも。全部エリザと一緒だった」

「……」


 このは聡明に過ぎると思うエリザベーテ。

 まるで賢者のごとくエリザベーテの演技を見破ってみせた英知に、正直感服すらしてしまう。


「さぁ、エリザベーテさん。どういうことか、私に話してくれるかな?」

「……はぁ」


 エリザベーテは肩から脱力した。重い荷物から解き放たれたように、すべてを話した。


「ふーん、そっか、ゲームのキャラクターか」

「馬鹿みたいに思われるかもしれませんけど」

「いや? 信じるよ?」

「──え?」


 今度こそエリザベーテは絶句させられる。


「『アンジェ・メモリーズ』ってゲームは知らないけど。エリザベーテさんの言うことは、信じる」

「で、でも、こんな突飛とっぴな、珍妙ちんみょうすぎる話なんて」

「信じられるよ。だって」


 アンジェはエリザベーテの両手を取って、悪役令嬢の前に片膝をついた。


貴女あなたは、私のエリザを『演じよう』としてくれた。私からエリザがなくならないように『頑張ってくれた』──とっても強くて優しい、公爵令嬢さまだもの」

「……ッ!」


 不意に、エリザベーテの視界が、ぼやけた。

 大量の涙が両目を濡らして、両頬を伝いだす。


「これまで無理させて、ごめんね?」

「──いいえ」

「いきなりこんなことになって、とても不安だったよね?」


 エリザベーテは子どものように、黙ってうなずいた。

 怖かった。

 怖かった。

 怖かった。

 自分がどういう状況に置かれているのか。

 自分がこれから先どうなってしまうのか。

 不安で不安でたまらなかった。

 怖くて怖くて仕方がなかった。

 そんなエリザを守るように、励ますように、アンジェは両腕で包み込み、背中を優しく撫で叩いてくれる。


「大丈夫。貴女あなたのことは、私が守ってあげる。だから、安心して」

「……ありがとう、アンジェさん」

「呼び捨てでいいよ、エリザさん」

「なら、私のことも、呼び捨てで」

「いいの? 公爵令嬢さまなんでしょ?」

「あなたになら、ぜんぜん構いませんわ」

「じゃあ、そういうことで。あ。でも、周りの人には秘密にしておこう。エリザが変な人認定されちゃうと困るしね」

「それは、同感ですわ」


 エリザベーテは泣きながら笑った。

 そしてアンジェの腕の中に包み込まれ、せきが切れたように泣きじゃくる。

 彼女は年の変わったこの夜に、真に信頼できる人と巡り会うことができた。

 ようやく泣きやんだエリザベーテは、ひとつ疑問を口にする。


「あの、そういえば。お聞きしたいことがひとつ」

「うん? 何かな?」

「クリスマス会で私、アンジェから何をおくられたのです?」

「うーん──それは内緒♪」


 アンジェは悪戯いたずらっぽい口調と微笑で、返答を誤魔化した。






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