二人の秘密
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十二月三十一日。
年の瀬が
エリザベーテとアンジェの二人は、多くの生徒たちが参加する年越しパーティーの会場──学校の大講堂に制服姿で現れる。
同じく制服姿の生徒がひとり、エリザベーテの入場に気づいた。
「ヴィランズ副会長様!」
「みんな、副会長様のおなりよ!」
たったそれだけのことで色めき立つ場内。
全寮制であるお嬢様学校ではあるが、親元に帰省せず、この年越しパーティーに参加するものは多い。会場はビュッフェ形式で、すでに
「ごきげんよう、皆さん。今日はクリスマスのとき以上に、楽しんでくださいね?」
「はい!」
公爵令嬢として身についている身振り手振りに、女生徒らは
女生徒らの注目の的となるエリザベーテは、後ろで粛然と
と、そこへ新たな黄色い声が奏でられる。
「生徒会長様もお目見えよ!」
エリザベーテは振り返った。
生徒会副会長を務めるエリザベーテは、彼女への挨拶を欠かすわけにはいかない。
「ごきげんよう。
「ごきげんよう、ヴィランズ副会長」
その人物は貴公子然とした、燃える炎のような赤毛の女生徒だった。
彼女たちのことは無論、日記帳から情報を得ていた。それによると、
(まぁ、私が本当にお付き合いしているのは、アンジェなんだけれど──それは二人だけの秘密なのよね)
そう思考しつつ、エリザベーテはお嬢様らしく優雅に一礼して、生徒会長と歓談する。
「今年もにぎわっておりますわね」
「年越しパーティー。クリスマス会ほど豪勢に──とはさすがにいかなかったけどな、副会長?」
「ええ。ですが、寮を離れていない生徒たちの、せめてもの
「ははっ。違いない! 帰省の難しい人たちの助けになっていることを願おう!」
「そうなって欲しいですわね」
「おお、
「きょ、恐縮です、生徒会長」
声をかけられることを
「では。私たち生徒会役員は、
「ええ」
エリザベーテは微笑みの底で、緊張する自分を自覚する。
同じ赤毛の貴公子たる彼が、もしも女性であれば、あるいは
「じゃあね、エリザ」
「すぐに戻るわ、アンジェ」
笑って手を振る彼女を残して、エリザベーテは咲守たちに随行する。
年越しパーティーは、咲守生徒会長のスピーチで、粛々と進行していく。
+
「ふぅ。──疲れた」
「お疲れ様、エリザ」
深夜零時のカウントダウンを経て、パーティーは無事にお開きとなった。
エリザベーテとアンジェは、学校の植物園に寄って、噴水のふちに腰掛け、暖かい缶コーヒーでささやかな祝杯をあげる。
「クリスマス会ほど豪勢にはならないって、言ってなかったっけ?」
「ああ、それね。殿下、じゃなくて、咲守生徒会長は
年越しパーティーでは吹奏楽部の演奏や軽音部のライブ、合唱部の聖歌斉唱のみならず、様々な趣向をこらして参加してくれた生徒たちを楽しませた。
「ねぇ、エリザ。ちょっと真剣な話、してもいい?」
「どうかした?」
アンジェは隣に座るエリザの左手を柔らかく握りながら、告げる。
「あなた、エリザじゃないでしょ?」
「────え?」
完全に
アンジェは続けざまに述べる。
「正確には、私の知っているエリザじゃない。──違う?」
「な、何を、言ってるの? お、お酒でも飲んじゃった?」
必死に隠し通そうとするエリザベーテであるが、アンジェの人差し指が唇を塞ぐ。
「じゃあ、質問。
“今年のクリスマス会で、私がエリザに
「そ──それ、それは……」
エリザベーテは沈黙を余儀なくされる。
そう。エリザベーテは自分の日記帳でこちらのエリザの情報を掴み、そのように演じることができた。
しかしながら、あの日記帳には、「クリスマス会」の情報が抜け落ちている。
まさにその日に、エリザベーテは階段から転げ落ちて、意識を失っていたのだから……
アンジェは眉根を寄せてみせる。
「やっぱり答えられない。ということは、あなたは私のエリザじゃないみたいね」
「ど、どうして、気づいて?」
「いやいや
アンジェは手を握ったまま、恋人の瞳を覗き込む。
「私たち、入学してからずっと一緒だったもの。クラスでも。林間学校でも。季節の行事でも。全部エリザと一緒だった」
「……」
この
まるで賢者のごとくエリザベーテの演技を見破ってみせた英知に、正直感服すらしてしまう。
「さぁ、エリザベーテさん。どういうことか、私に話してくれるかな?」
「……はぁ」
エリザベーテは肩から脱力した。重い荷物から解き放たれたように、すべてを話した。
「ふーん、そっか、ゲームのキャラクターか」
「馬鹿みたいに思われるかもしれませんけど」
「いや? 信じるよ?」
「──え?」
今度こそエリザベーテは絶句させられる。
「『アンジェ・メモリーズ』ってゲームは知らないけど。エリザベーテさんの言うことは、信じる」
「で、でも、こんな
「信じられるよ。だって」
アンジェはエリザベーテの両手を取って、悪役令嬢の前に片膝をついた。
「
「……ッ!」
不意に、エリザベーテの視界が、ぼやけた。
大量の涙が両目を濡らして、両頬を伝いだす。
「これまで無理させて、ごめんね?」
「──いいえ」
「いきなりこんなことになって、とても不安だったよね?」
エリザベーテは子どものように、黙って
怖かった。
怖かった。
怖かった。
自分がどういう状況に置かれているのか。
自分がこれから先どうなってしまうのか。
不安で不安でたまらなかった。
怖くて怖くて仕方がなかった。
そんなエリザを守るように、励ますように、アンジェは両腕で包み込み、背中を優しく撫で叩いてくれる。
「大丈夫。
「……ありがとう、アンジェさん」
「呼び捨てでいいよ、エリザさん」
「なら、私のことも、呼び捨てで」
「いいの? 公爵令嬢さまなんでしょ?」
「あなたになら、ぜんぜん構いませんわ」
「じゃあ、そういうことで。あ。でも、周りの人には秘密にしておこう。エリザが変な人認定されちゃうと困るしね」
「それは、同感ですわ」
エリザベーテは泣きながら笑った。
そしてアンジェの腕の中に包み込まれ、
彼女は年の変わったこの夜に、真に信頼できる人と巡り会うことができた。
ようやく泣きやんだエリザベーテは、ひとつ疑問を口にする。
「あの、そういえば。お聞きしたいことがひとつ」
「うん? 何かな?」
「クリスマス会で私、アンジェから何を
「うーん──それは内緒♪」
アンジェは
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