第1話 新しい場所
「さて、着いたよ。ここが上咲学園。異能者のための教育機関で、在籍者全員が異能者。一般教育に加えて戦術、戦略などの講義もある!って、まぁどこの異能者学校も一緒だよね」
団子を食べることに集中しすぎたのか、時間の流れは速く、気づくと学園にたどり着いていた。
「アリステアさん…… は学園に着いたらどこに行くとか聞いてる?」
「理事長室、職員室、それと司令室とそれから…… 」
「うん!覚えきれない!順番に行こっか!まずは理事長室だよね?」
「おや、彩芽くん。どうしたんだい。今日の講義は終わったはずだが」
背後から背の高い男性が彩芽の名を呼ぶ。彩芽ははっとしてお辞儀をした。
「あ、上咲理事長!こんにちは。今からちょうど理事長室に…… って、理事長じゃないですか!?」
「なぜ理事長室に…… ああ、なるほど。ⅡC教室の花瓶を割ったのは君か」
「どうしてそれを…… じゃなくて!こちら!ディア・アリステアさん!交換留学生の!」
「ん。ああ、君がディアくんか。初めまして。私は上咲薫。この学校の理事長兼司令官だ。本日から2年間在籍するのだったかな」
理事長は決して堅苦しくなく、それでいて態度を崩さない、不思議な雰囲気の人だった。
「はい。初めまして。ディア・アリステアと申します。その、アリステア家はご存じでしょうか」
「ああ。知っているとも。先天性異能者の名門で、基本的に能力はA級以上だと。君は確か”風の異能”だったかな」
「はい」
「そうか。その力をプシュケー駆除に最大限役に立ててくれたまえ。さて。今後のことをここで話すものでもないな。まずは理事長室に来てくれるかな。彩芽くん…… も同伴でいいだろう」
「本当ですか!よし、アリステアさん、行こう!」
「あっ、ちょっと待って、場所がまだ── 」
彩芽は1人で走って行ってしまった。
「ははは、相変わらず落ち着かないね。ディアくん、あの子は人懐っこくてとても寂しがりやなんだ。ぜひとも仲良くしてあげてほしい。さて、理事長室へ行こうか。ついておいで」
理事長室。本棚の本はきれいに整えられており、床はのぞき込めば顔が映るほどきれいに磨かれている。机の上にはユリの花が飾ってあり、清潔感のある部屋だった。
「さてディアくん。改めて、ようこそ上咲学園へ。書類は見させてもらったよ。風の異能を持ち、アシリア異能学院では双子型プシュケーの駆除指揮、大型プシュケー駆除に失敗した異能者の撤退戦支援といった実績を残している。風をまとって戦場を飛び回る姿はまるで蝶のようだ、と」
「い、いえ、そんな。わたしは、わたしのできることをしたい、それだけの思いでここまで戦ってきました。風の異能は確かに珍しい異能ですが、それでもただの異能者にすぎませんし、わたしの姉に比べたらまだまだ未熟です」
「へー、アリステアさんってお姉ちゃんがいたんだ」
「うん。リリアって名前のね。すごく強いんだよ」
「ふむ。確か彼女の異能は……」
「刻の異能です」
「それってS級の!?」
彩芽がキラキラと目を輝かせる。
「ああ、そうだ。単独で超大型プシュケーを相手できるほどの人物だと聞いている。さて、雑談は一旦この辺りにしておこう」
上咲理事長が立ち上がる。
「ディアくん、先ほどのティアフォス駆除、ご苦労だった。ディアくんはまだこちらの組織に登録していないだろう。登録を確認次第、報酬を送るとのことだ。ということで先に登録を済ませてしまおう」
壁にある端末を操作すると、棚が動いて下へとつづく階段が現れる。
「…… 驚かせてしまったかな。これはただの私の趣味でね。気にしないでくれ。さ、奥へどうぞ。彩芽くんは少し待っていてくれ」
「はい!」
上咲理事長とともに階段を下りる。建物の1階よりもさらに地下へ。
「さて。ここが司令室だ。どちらにせよ、後ほど来る予定だっただろう。先に登録を済ませるといい。オペレーターへの挨拶回りはその後で構わない」
上咲理事長が指す先にはアシリア戦術学院と同型── 心なしかこちらのほうが最新のように見える── の登録コンソールがあった。
コンソール前に立つ。画面ホログラムが浮き上がり、登録画面を操作する。名前、住所、異能、ランク、そして血を1滴。登録完了の画面が浮かび上がる。
「お疲れ。これで登録が完了した」
「ディア様ですね。ようこそ、極東へ」
よく通る女性の声。理事長がおっ、と声を上げる。
「連れて行く手間が省けたようだ。ディアくん。彼女たちがオペレーターのミーナとリーンだ」
2人が同時に礼をする。
「新顔か。私はミーナだ。オペレーターをしている」
「こんにちは。お会いするのは初めてですね。ティアフォス駆除の時のオペレーターをしていました、リーンです。」
「ディア・アリステアです。これからお世話になります」
「彼女らは双子で、そして2人とも異能者なんだ」
理事長がそっと付け加える。前線に立たないということは分析や指揮向けの異能なのだろう。
「プシュケー駆除の際には、私たちが全力でサポートします。戦況把握、敵戦力の分析など、情報が判明次第、迅速に更新していきます」
「さて。彩芽くんが待っているはずだ。理事長室に戻るとしよう」
司令室を去る理事長に続き、階段を上る。
「あっ、おかえり。登録終わった?ふふ、報酬金が楽しみだね!」
「彩芽くん、また食べ歩きをするのかい?たくさん食べることは構わないが、カロリーには気をつけたほうがいい」
「あっ、理事長!それ女の子に言っちゃいけないセリフですよ!」
「あっはっは。肝に銘じておくよ。ちなみに来週は健康診断がある」
うぐ、と彩芽が固まる。先ほどの団子といい、かなり食べている自覚があるようだ。
「そ、それより理事長!アリステアさんのクラスはどこになるんですか?」
「まだ決まってはいない。が、彩芽くんが望むならC組に入れても良いだろうね」
「本当ですか!」
目を輝かせて彩芽が立ち上がる。私としても彩芽が同じクラスにいてくれるほうが安心するし、わからないことも聞きやすい。
「私からもお願いします。ティアフォス駆除ではうまく連携も取れたと思いますし、私としてもやりやすいです」
「では決まりかな。本日よりディア・アリステアくんをC組へと編入、2年後までこの学園で学び、遊び、そして仲間と協力して戦ってもらう。より良い学園生活を送ってくれたまえ」
「ありがとうございます理事長!やったね、アリステアさん!」
「ディアでいいよ、栗原さん」
「ん!じゃあディアちゃん。私のことも彩芽って呼んで!」
「うん、わかった。彩芽ちゃん。よろしくね」
「へへへっ」
彩芽はまるで犬のようにぴょんぴょんと飛ぶ。
「……こほん。彩芽くん。一応ここは理事長室なんだ。貴重なものも多いので暴れるのは控えていただきたい」
「あっ。はーい」
少ししゅんとしてソファに座り込む。
「さて。私からの話は以上だ。次は職員室に向かうといい。すぐそこの階段を降りて右手側の二つ目の部屋だ」
「はい。ありがとうございます」
「どうか、学園生活を楽しんで。それが私、上咲薫の望みだよ」
そう言いながら、上咲理事長は微笑みながら見送ってくれたのだった。
「おう。お前さんが留学に来たっていう生徒か。細いな。ちゃんと飯食ってっか?」
職員室へとやってきたわたしたちは、彩芽の担任へと挨拶をしていたのだった。
「え、え?あ、はい、あの、人並みに食べてますが…… 」
「ガハハハ、そっかそっか、もっと食え食え!食ったらそれだけ元気が出るぞ!」
豪快に笑う大男。Cクラスの担当教員の
「ゴリ山!デリカシーなさすぎ!」
「ん?おお、栗原の嬢ちゃんもいたのか。すまんかった、よく考えたらこのお嬢ちゃんのこともまだよく知らないしな。ところで栗原の嬢ちゃん、最近太っ」
「ゴリ山?」
彩芽は力の限り山和先生を締め上げる。
「ちょ、ギブ!ギブ!!悪かったってば!!……ったく、嬢ちゃんの異能で締められたら命が幾つあっても足りやしねぇ」
ぜぇはぁと息を上げながら山和先生はこちらへ向き直る。
「あー、それでお前さん、名前は?」
「ディア・アリステアです」
「あいよ。しっかり覚えたぜ。そうだな、アリステアだからアリス嬢ちゃんでいいか。よろしくな、アリス嬢ちゃん。もしかしたら栗原の嬢ちゃんから聞いてると思うが俺はC組担当教員、剛力山和ってんだ。異能は“鋼の異能”、肉体を一時的に硬化させられる力だ。科目は主に実技系を担当する。さて、早速クラスに案内したいところだが生憎今日の講義は全て終わっててな。明日の朝、改めてここに来てくれ。教室を案内するぜ」
「はい。ありがとうございます」
山和先生が立ち上がる。
「よし、んじゃ、今日は帰れ帰れ。ティアフォスを殺ったのもお前たちだろう?疲れは良くないからな」
気遣いができるのかできないのか、不思議で熱い人だ。そんな印象を持ちつつ、今日のところは帰ることにした。
「明日からの学園生活、楽しくなりそう」
彩芽と別れて一人家路につく夕暮れ時、風が少し騒いだ気がした。
***
中型プシュケー、ティアフォス駆除の翌日。私は上咲学園の留学生として正式にCクラスの生徒となったのだった。山和先生の後について教室へと向かう。
「ってことで今日から2年間、アリスお嬢ちゃんがCクラスの仲間として加わることになった。まぁ、要はお前らの卒業まで一緒ってことだな。軽く自己紹介してもらうか。ほれ、どうぞ」
「初めまして。ディア・アリステアです。異能は風の異能、趣味はのんびりすることです。よろしくお願いします」
「グループは確か栗原の嬢ちゃんのところが空いてたよな?」
「はい先生!ウチだけ3人です!」
「ならグループ活動はあんまり困らないな!よし、それじゃあアリスお嬢ちゃん、ようこそCクラスへ!っと、席はとりあえず空いてるところを適当に使ってくれ。基本自由席だ」
彩芽が小さく手招きをする。隣を確保してくれたようだ。
「えへへ。よろしく、ディアちゃん」
「うん。こちらこそよろしく。彩芽ちゃん」
うん、と彩芽はうなずいた。1限目の鐘がなる。
「それじゃあ講義を開始するぞ。そうだな、一応基礎からおさらいしておくか。プシュケーってそもそも何なのじゃ?というわけで、ほい、栗原の嬢ちゃん」
「はい!人のもつ悪感情が具現化した不定形の怪物です。寂しい、とか、不安だ、という感情はもちろん、殺意や強い破壊衝動などもプシュケーを生み出す原因となっています。また、人を襲う性質があるので発生した周辺地域には避難命令が出ます。今のところ私たちみたいな異能者による駆除だけが解決手段で、具体的に発生する条件や場所、原理などは不明です!よね?」
山和先生が苦笑いする。
「最後が疑問形じゃなければ完璧だったな。ありがとう、栗原の嬢ちゃん。さて、プシュケーは核となる部位を破壊することで霧散することが発覚している。しかしまぁ核を破壊するのが面倒なもんでな。硬い殻に覆われていたり、体の深部にあったり、挙句複数ある時もあるときた。反則だよなあ。アリス嬢ちゃん」
「えっ、あっはい、そうですね。わたしたちの心臓のようなものですからね。2つ以上ある、って時点で厄介です」
「ああそうだ。しかも核ってやつがまた厄介でよ。俺たちみたいな人間は……まぁ、一部の異能者は除くとして、体を傷つけられると血が出るよな?俺たちは出血ってだけでも危険な状態なんだ。対してプシュケーにはそういう概念がない。体の中にある核を破壊することでしかプシュケーを完全消滅させることはできないんだぜ。失血死させることはできず、さらに心臓である核を全て破壊するまで止まることがない。厄介すぎんのよ。さて、おさらいはここまでだ。授業に入っていくぞ──」
***
学園での初授業は、何事もなく無事に終わった。授業終了の鐘が鳴る。
「お、今日はここまでか。各自復習は忘れないようにな。んじゃ、お疲れ」
「「ありがとうございましたー!」」
挨拶が終わるや否や、彩芽はおなかすいたから、と購買部に走って行ってしまった。
「んーっ。はぁ」
「あのー。アリスさん、だっけ」
「ちょっとアサギ!それはゴリ山が勝手につけた名前!ディアちゃんよ、ディアちゃん」
ぼーっと背伸びをしていると、彩芽と同じグループらしい二人がやってきた。
「いきなりごめんなさいね、この子は人の名前を覚えるのが苦手なの。ええと、私は
「はい、ミユさん。えっと、そしてそちらの方は……?」
「はいはいアサギちゃんだよ~。
「嘘言わないの。この子の異能は"砲の異能"。ちょっと特殊すぎる異能でね。殲滅力が高いけれど、エネルギー消費が莫大なのよ。まぁ実際に見れば分かるとおもうわ。そのせいでいつも眠いらしくて。講義中もよく寝ているから、気づいたら起こしてあげて」
ふふっ、と笑うミユ。眠たげにあくびをする優菜。
「アレ、使いたくないな~」
「駆除の時は必ず使わなきゃいけないから我慢しなさい。…… ああ、ええと、私とアサギは幼馴染なの。なんだかんだここまで介護……もとい、一緒に頑張ってるわ」
やや不満そうに話す隣で大きなあくびをする優菜。
「ミユ~。おやすみー。あとは説明頼んだ〜」
鞄から引っ張り出した枕を机に置き、そのまま突っ伏してしまった。
「ほんとにどこでも寝るわねアサギ…… 。ええと、私の異能は"幽撃の異能"。プシュケーに対して直接の攻撃力は低いけれど、誰かの異能力を高めたり、追撃したりする、戦闘支援系の異能よ」
「そ~。だからミユちゃんはみんなと仲良くなることが強くなるための手段なの~。アサギちゃんともどもよろしくね~」
枕に顔を埋めながら、もごもごと優菜が補足した。やれやれというような顔をしながら水優は手を差し出してきた。
「とにかく、これからよろしくね」
「うん、よろしく!」
「ごめんディアちゃん!お待たせ!ミユと優菜ちゃんを紹介しな……くても大丈夫そうだね!」
購買部から戻ってきた彩芽は両手に大量のパンを抱えていた。
「彩芽ちゃん!?」
「んー。彩芽ちゃんはいっぱい食べるよねー」
「あはは。食べても食べてもおなか空くんだよね」
「彩芽、次は実技よ?そんなに食べて大丈夫?」
「ん。どうせ終わったらまたおなかすくから大丈夫!」
席に着くや否や抱えていたパンをほおばり始めた。リスのように頬が膨らむ。
「ふぁ。ひずはっへふるほわふへは」
彩芽が何かを訴える。やれやれという顔をしながら水優は水の入ったボトルを差し出す。
「はあ。どうぞ」
「ん。ぷはぁ。ありがと、ミユ。さて、訓練場行こっか。今日はゴリ山実技かな、それともダミー実技かな」
「んっとねー、隣のクラスの子がゴリ山って言ってた~」
ぱぁっと彩芽の顔が明るくなる。
「やった!ダミー実技面白くないからゴリ山のほうがいいんだよねー」
「ほら、みんな。早くいかないと授業始まるよ」
「んー。彩芽ちゃん運んで~」
「お安い御用!」
彩芽は優菜を抱え上げると、そのまま教室を飛び出して行った。
「……いつもあんな感じなの?」
「うん。割とあんな感じ。まぁ、こんなのんびり適当なチームだけど、どうかよろしくね」
水優は微笑むと、2人を追いかけて廊下へと飛び出した。
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