また明日、時計塔の下
水那月 ルシエ
序章
コーヒーの香りにつられて、街角のカフェへと入ったのがおよそ30分前。今、目の前の窓ガラスに映る景色は、サイレンの響く街を逃げる人々と、それをため息をつきながら眺めるミディアムボブの少女。諦めたようにヘーゼル色の瞳を閉じた。広域チャンネルのアナウンスが街中に響く。
「3番街方面にプシュケーの反応あり。付近4キロ以内の異能者は駆除に向かってください」
異能者。一般人と比べて何かしらの能力が飛び抜けて高い者や超能力を使える者、またはその両方を持つ者。その能力の強さからD〜S級の格付けがされる。先天、後天、能力の強さに関係なく異能者は国家の特殊機関に所属し、“プシュケー”という存在を駆除する義務が課せられる。
わたし、ディア・アリステアもまた先天性の異能者であった。使える力は“風の異能”。A+級に分類されるものの、異能の中では決して強くはない能力。風を自由に操り、自身やモノを浮遊させたり飛び道具の軌道を逸らしたりと、能力を直接攻撃に使いづらいもので、どちらかというと異能者自身の技量に依存する能力だった。
残っていたコーヒーを飲み干したわたしは、軽く伸びをすると通信機のチャンネルを設定した。
「…… わかりました。すぐに向かいます」
かたかたと机が揺れる。風が騒ぐ場所を感じ取った。
「んー。直線距離は四百メートルくらい、場所で言えば5つ先の交差点を左に曲がった辺り……かな」
支払いを済ませ、近くの戦闘待機ステーションを検索し使用する携行品を予約する。ステーションにたどり着いた瞬間、広域通信が入った。
「コール!こちら
活発で明るい少女の声。アヤメ、と言っただろうか。おそらくこの地域を担当している異能者の1人だろうと思い、広域通信に切り替え返答する。
「こちらディア・アリステア。現在ステーションにて戦闘準備中。あと数分持ちこたえてください。援護に向かいます。オーヴァ」
戦闘服に着替え、レイピアと投擲用のナイフを受け取る。
「コール。こちらディア・アリステア、現時刻をもって作戦行動開始します。オーヴァ」
ステーションを飛び出し、風をバーストさせる。地面を蹴り、空中へと飛び出した。姿勢を整える。
「目標確認。戦闘開始!」
大きな青い蝶の羽を持った鳥人のような生物。鋭い爪が一人の少女を狙い振り下ろされつづけている。ここまで移動してきた速度を乗せたレイピアの突きを羽へと打ち込む。プシュケーの上体が揺れた。
「大丈夫ですか!?」
攻撃を一人で受け流し続けていた少女へと駆け寄る。
「はい、この通り!ええと、あなたは?」
「ディアといいます。詳しい自己紹介はまた後で。反撃、来ます!」
レイピアを構えなおす。振り下ろされる爪を躱し、肘関節らしき場所を狙って斬り払う。形容し難い叫び声を上げ、プシュケーは羽を広げる
「そいつの鱗粉に気をつけて!吸い込むとピリッとくるよ!」
「うん!」
向けて風を操る。鱗粉をこちらに飛ばさないよう、風の流れで自分たちを包む。
「こちら栗原彩芽。オーダー情報更新要請!対象識別名、"ティアフォス"。種別、獣型プシュケー。特質は麻痺鱗粉。オーバー」
「こちら司令部。オーダー情報を更新します。当該エリアにあなたたち以外の異能者はいません。危険な相手ですが、被害が広がる前に駆除を頼みます。オーバー」
栗原彩芽と言った少女は通信を終えるとハンマーを担ぎ上げた。
「ディアさん…… でいいのかな?援護を頼める?見ての通り重撃しかできないから、動きが早い相手だと不利なんだ」
「ええ。任せてください!」
携行品のナイフを飛ばし、風で軌道を整える。上空から鋭く裂く刃がティアフォスの羽を捉える。同時に踏み込み、脚の殻にレイピアを滑らせる。しかし切っ先は届かず、脇腹に鈍い衝撃が走る。ティアフォスがカウンター攻撃をしてきたのだった。壁に叩きつけられる前になんとか風で勢いを殺す。
「爪だけじゃなく蹴りも要注意、かな」
痛みをこらえながら3本のナイフを投げる。1本は顔へ、1本は脚へ、1本は羽へ。大きな体では上手く避けられないのか、羽と顔を庇うように構える。その後ろにから、栗原彩芽は位置エネルギーを最大限に活用した、つまり高所落下のエネルギーをそのままハンマー越しにティアフォスの後頭部へとぶつける。よろめくティアフォスに3本のナイフが突き刺さった。それに続いて速度を上げ、レイピアを突き出す。
「てやぁぁっ!!」
ティアフォスの核を貫く感触。活動を停止したティアフォスは塵となり霧散していった。
「こちらディア・アリステア。対象プシュケーの駆除を完了。オーダーコンプリートを申請します。オーヴァ」
「同じく栗原彩芽。オーダーコンプリートを申請します。オーバー」
「こちら司令部。駆除対象プシュケーの消滅を確認しました。ご苦労様です。後ほど報酬を届けておきますね。オーバー」
2人残った街中の戦場で、私たちは顔を見合わせて笑った。
「すごい戦い方でした。エネルギーをそのまま打撃に使うなんて」
「あはは、打撃力を上げるには何かしらの物理エネルギーを使うのが一番だからね。速度とか高さとか。あ、そうだ、自己紹介がまだだったね」
ハンマーをゆっくりと下ろし、ぺこりとお辞儀をした。栗色のミディアムヘアが風に揺れる。
「栗原彩芽です。この辺りに住んでて、よくこの地域のプシュケー駆除を担当してます!ええとそれから…… あ、異能は“力の異能”です!重いものが持てて、ちょっと応用すれば鉄骨くらいなら片手で……」
確かに、華奢な身体で巨大なハンマーを振り回す姿は、どう見ても異能だった。それにしたって鉄骨を片手で持ち上げられるほどの怪力とは。
「あ、あと食べることが大好きです。プシュケー駆除の報酬金で食べ歩きするのが楽しくて!」
戦闘するとおなか空くんだよね、と無邪気に笑った。
「あ、それでえっと、アリステアさん?だよね。この辺りじゃ見ない顔だけど…… 旅行中とか?」
「いえ。私はアシリア異能学院からの留学生なんです。今日着いたばかりで、ちょうど喫茶店で一休みしていたら広域通信が入って。私も異能者だから手伝わなきゃって。ええと、改めて。わたしはディア・アリステア。異能は“風の異能”で……」
「風の異能!?それってA+級の!?」
彩芽は目を丸くして叫んだ。
「えっと……うん。そんな凄いものではないと思うけど、その異能で間違いないかな?」
「わわわわ、すごいすごい……!ねぇ、空飛んでたのって異能の力?」
彩芽は目をキラキラと輝かせてこちらをじっと見つめた。
「ふふっ。じゃあ、ちょっとだけ」
彩芽と自分を風で包み、持ち上げる。少し高く、建物の三階相当の位置へ。
「えっ、わ、あわわわ」
「落ちないから大丈夫だよ。歩いてみて」
恐る恐る足を前に出す彩芽。ふわりと風が吹き、足元を支える。
「まるで魔法みたい……!」
「ふふふっ。異能自体が魔法みたいなものでしょ?」
「たしかに!もうちょっと歩いてみていい?」
「いいよ。でも離れすぎると力が届かなくなるからそれだけは気をつけてね」
楽しそうに歩き始める彩芽。少し慣れてきたのか、踏み込んで前に飛んでみたり、宙返りで飛び退いてみせたり。
「ほえー。なるほどなるほど。ところでアリステアさん、さっき留学生って言ったよね。もしかして留学先って上咲学園だったりしない?」
「うん。そうだよ。これから挨拶に向かうところだったんだ」
彩芽はぱぁっと笑顔になり、わたしの手をつかんだ。
「だったら連れて行ってあげる!私、そこの2年生なんだ」
「いいの!?じゃあお願いしちゃおうかな」
「よし!じゃあ行っちゃおう!あ、途中でお団子買って行ってもいい?モチモチしてて美味しいし、アリステアさんもきっと気に入るよ!」
「ありがとう!じゃあお言葉に甘えて!」
こうして私の未来の大親友となる少女は、元気よく駆け出したのであった。
***
「やー、やっぱり団子は美味しいねぇ」
団子セット、とやらを4つほど買い込んだ彩芽は、すでにその半分を平らげようとしていた。一方、私はというと初めて食べる団子という食べ物に苦戦していたのであった。
「…… 一番下、食べづらくない?」
「ふぇ?ほんはほほはいよ」
団子を頬張りながらきょとんとする。
「棒が邪魔で正面からは食べられないし、下から引っ張るのは難しいし。最後の1つ、どうやって食べればいいのかわからなくて」
「横からこう……歯でガッてして引っ張る!」
あまりにも抽象的なアドバイス。とはいえ、横から食べるというのは合理的な気がした。
「うん、美味しかったな。ありがとね、栗原さん」
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