番外編 静玖のぎこちなさ

(気まずい……)


 教室で静玖にされた事を思い出すと静玖の顔を見れなくなる。


 静玖の方もどこかソワソワしてる様子で落ち着かない。


(なんか嫌だな)


 元気がないとかではないけど、今の静玖を見ていたくない。


(日野ならもっといくよな)


 多分反面教師にする相手としては間違っているんだろうけど、とりあえず今の状況を変えたい。


「なぁ静玖」


「は、はい」


 静玖の名前を呼ぶと背筋を伸ばしてロボットのようにぎこちなくこちらを向く。


「静玖は後悔してるのか?」


「な、なにを?」


「俺にさっきしたこと」


「してない! それは絶対」


 とりあえずは安心した。


「りょ、良君は嫌じゃなかった?」


「嫌ではない。でも今の雰囲気は嫌かな」


 今だけは素直に自分の気持ちを伝える。


「ごめんね」


「別にいいんだ。さっきのは俺が悪かったんだし。それでも普通にはして欲しいんだけどな」


「良君、よーくんの真似してる?」


 真似をしようとしたけど、あんまり似せられなかったからあまり言われたくなかったけどバレた。


「私の前で演技なんてしてもバレちゃうよ」


「真似する相手を間違えた」


「うん。それによーくんなら『大丈夫?』って言ってむしろ見てくるよ」


(それが出来たら苦労しない)


 それは最初に思ったけど、顔を見れないから別の方法を探した訳で、出来たら最初からしている。


「でも良君はいつもの私が好きなのかぁ」


「そうだな」


(今なんて言った?)


 素直に言うと決めたから思ってることをそのまま言ったのは分かる。


 だけどなんて言った?


「しず」


 静玖の方を見たら思いっきり顔を逸らされた。


(余計に気まずくしてどうする)


 そのまま家に着くまで静玖はこちらを向いてはくれなかった。




「なるほど」


「なんだよ」


 家に着くと母さんが玄関に立っていて、俺と静玖を見て何かを納得した。


「初々しいなと。時間的に学校帰りでしょうからキスでもしました?」


「……」


「否定はしない。いや、したくないという感じですか」


 そうだ、俺は静玖にキスをされた。


 だからここでしてないと言ったら静玖からのキスを否定することになる。


「でも良が落ち着いているところを見ると……分かりました。それでは」


 母さんはそれだけ言って帰って行った。


「なんなんだよ」


「お母様何か勘違いしてる?」


 やっと静玖が口を開いてくれた。


 だけどここで変に反応したらまた黙ってしまうので普通にする。


「多分勘違いしてない」


「良君の反応だけで全部分かっちゃうんだ」


「俺ってそんなに分かりやすいか?」


「それなりに?」


 氷室と本田にも分かりやすいと言われたことがある。


 自分ではよく分からないけど。


「まぁいいか。行くぞ」


「う、うん」


 やはりどこかぎこちない。


 それは俺の部屋に来てからも同じで。


「少しは落ち着いてくれ」


「だってぇ」


「それは俺のことか? それとも本田のことか?」


 俺が放心してる間に本田から何かを聞かされたみたいだったけど、もしかしたらそちらでぎこちないのかもしれない。


「優正ちゃんのは大丈夫。同情とかしたくないから」


「そうか」


 それはつまり俺の方でぎこちなくなっているということだ。


「良君はさ」


「なんだ?」


「私にキスされたの嬉しかった?」


「……そうだな。嬉しいよ」


 一瞬いつものように否定しようかと思ったけど、今日は素直になると決めたから自分の素直な気持ちで答える。


「良君って、まだ私の気持ち信じられない?」


「静玖の気持ちか……」


 静玖はずっと俺のことを好きだと言ってくれている。


 だけど俺がそれを受け入れない。


 どうしても怖くなる。


 静玖が優しさからそう言っているのではないかと。


 俺が怖いと言われるのを気にしてそう言ってくれるのではないかと。


 だからずっと適当に流してきた。


 だけど。


「静玖の気持ちは今でも分からない」


「そっか」


「だから俺の気持ちを聞いてくれるか?」


「良君の?」


 これを言うのはとても怖い。


 だけど、静玖の気持ちが分からなくても俺の気持ちは伝えたい。


「俺、静玖のこと好きだ」


「……え?」


「静玖の気持ちが本心からなのかはまだよく分かってないけど、俺は静玖が好きだ」


 この気持ちに嘘はない。


 友達とか誤魔化す気もない。


「俺は静玖のことが異性として、一人の女の子として好きだ。それだけ」


 言いたいことは言った。


 後は静玖次第。


「良君」


 静玖が静かに近づいて来る。


「なんだ?」


「証拠をちょうだい」


 静玖が俺の目の前まで来ると、そう言って目を瞑った。


(しろってか)


「一つだけ確認していいか?」


「いいよ」


「それが好きの証拠になるなら静玖は俺のことは友達までにしか思ってないってことか?」


「教室で口になんて出来ないよ!」


 俺が教室でされたキスは頬にだ。


 友達だからってそんなことはしないのは分かるけど、少しだけからかいたくなった。


「私だってね、ここでならいくらでも口にするよ。でもね、最初は良君からが……」


 言い訳がうるさかったのでうるさい口を塞いでやった。


「最初はやったぞ。出来るんだよな?」


「良君のばかー」


 静玖が顔を真っ赤にして俺のことをぽかぽかと叩く。


「可愛くてついな」


「一回キスしたぐらいで調子に乗るなー」


 静玖はそう言うと俺に抱きつきながらキスをしてきた。


「どう? 私だって出来るんだからね」


「顔真っ赤にして何言ってんだよ。……俺は静玖の好きを信じていいんだよな」


「信じて。私は良君のことが大好き。ずっと言ってきてたんだけどね」


「ほんとごめんな。静玖が初めてだったんだよ。俺を俺として見てくれる人。だから怖かったんだよ、静玖を失うのが」


 人とちゃんと会話をしてこなかったから、どれがほんとでどれが嘘なのかの境目が分からなかった。


 静玖の好きが友達としてなのか異性としてなのか、それともただのノリなのかその区別がつかなかった。


 もしも俺が好きだと伝えて静玖の好きが友達やノリだった場合は静玖が離れてしまうかもしれないと思い無闇に好きと言えなかった。


「良君」


「なんだ?」


「これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 そう言って今度はお互いに顔を近づけてキスをした。


 これからがどうなるかは分からないけど、きっと静玖を幸せにしてみせる。


 その日の晩御飯は赤飯だった。


 どこか嬉しそうな母さんとは話さないようにさっさと食べて自室に戻った。

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